椿峰のまち

所沢・椿峰ニュータウンでのまちから見えてくるものをお伝えするブログです。

11月25日のまち クモの観察

2018-11-27 15:29:32 | 環境を考える

今年、玄関前にクモの巣がありましたが、よく見ると2階の屋根から糸が伸びているではありませんか。

11月にもなると、巣そのものはかなりボロボロです。この場所につくるという判断はなかなかのようにも思います。

昔は雨が予想されると、巣を軒下に付け替えたりするのを見たような気がするんですが、このごろは雨に打たれても平気のようなところがあります。

クモの種類が違って大型種なのか、巣も大掛かりになっているようにも思います。

クモが糸を出しながら巣をつくっている動画を見つけました。

ヤマオニグモが巣を張る(正常円網)Araneus uyemurai spinning its web

 クモは複数の糸を使い分けているとか。粘るものとか粘らないものとか。

配合の調整ができるということなんでしょうか?

ちょっと巣をつっついてみると、2階の屋根から伸びている糸をすばやく昇ろうとしました。逃げ道をしっかり考えているということがわかります。


11月20日のまち その2

2018-11-25 13:53:05 | 日本を元気に

午後2時から、椿峰小学校体育館で4年生の学年行事があり、その見学に出かけました。

つばきみね 子どもワークショップ

挨拶・講師紹介/講師自己紹介・内容説明/椿峰中央公園改修計画を提案する/休憩/結果の共有/子どもたちから

まずいつもの遊び場所は?

ということで地図の描かれた模造紙を前にウォーミングアップ。

そのあと、アイデアを出し合い、ほかのグループをのぞいたりしてグループの

提案をまとめるという作業をしていました。

Wi-Fiとかドッグラン、プラネタリウムとか、あるいは食べ物屋さん、屋根付きの場所などさまざまなアイデアがありました。

こういった話し合いでまとめていく場が多くあることが大事なのかもしれません。

 4年生が2時間ほどの時間をしっかり集中できている、ということに安心いたしました。

実は、この講師役をしているのが椿峰小学校の出身の建築家である長男であり、父兄参観?まちづくり広報をかねて見学をさせていただきました。長男が椿峰小学校の4年生であったのは31年も前になります。

NHKのテレビ番組で「ようこそ先輩」という、先輩が母校で授業をするといったものがありましたが、そのミニ版といったところでしょうか。

先生方、PTA学年委員の方、お世話になりましてありがとうございました。

椿峰小学校の校庭です。子どもは走り回るのが大事ですよね。

 

椿峰小学校では下校時に見守りの方たちが付き添ったり、課外活動に参加したりする高齢の男性の方たちがおられます。

自治会では、小学校や中学校の広報誌が回覧でまわってきます。

監視カメラよりも、地域の目というものの活用が大事かもしれません。

子どもには、子ども時代しかできない体験というものをしっかりさせる、という意味で椿峰は恵まれていると思います。

午前中の視察された方からも、意外に子どもたちの多いところだとのご感想をいただきました。

椿峰は子育てに向いているところだ、といえると思います

  

 

 


11月20日のまち その1

2018-11-24 12:57:44 | 椿峰ニュータウン

午前中に国家公務員の方たちの人事院研修の視察があり、別館ホールで椿峰まちづくり協議会のKさん、所沢市役所のIさん、Mさんが椿峰の現状についてお話されました。

その後、40分ほどの予定で3班に分かれて椿峰ニュータウンを視察。

その後に質疑応答があって終わりました。各省の方たちが参加されているようで、皆さん、さすがにしっかりした方たちに感じられました。

この機会にあれこれ訴えようにも、この日、ゴミ当番だったため遅れて出かけることになって、残念

厚かましく、このブログ名を紹介することだけは忘れませんでした☆

これから予想される荒波に

ぜひとも公務員の皆さんのご健闘を期待しております。

 


11月8日のまち 三内丸山遺跡 その4

2018-11-22 15:34:59 | 青森

三内は小学生にとって遠足の場所であり、また青森市営三内霊園があって、父が眠っているところです

三内丸山が面している沖館川は陸奥湾に注いでいますが、その途中に私が子どものころ過ごした製材所がありました。

ドジョウを取ったり、キクイモを掘り出したりして走り回っていました。縄文人の体験をしていたことになります。

さて、三内丸山は植生環境の復元にも取り組んできたのだとか。

三内丸山遺跡公園から青森県立美術館へ至る道です。

 

現代人にとって、 三内丸山遺跡公園のどこかに立ってみることで、はるか遠くの記憶が呼び起こされ、知恵と知識が融合することがあるかもしれません。

試してみるのはいかがでしょうか。

 

 


11月8日のまち 三内丸山遺跡 その3

2018-11-22 12:19:39 | 青森

ガイドの方の説明で最も興味深かったのはやはり食に関することでした。

クリが栽培されていたとのこと。道の奥にクリが落ちていました。

クルミ、イモ類、山菜も利用され、マメ類、ヒョウタンも栽培されていたんだとか。

ニワトコ、サルナシ、クワ、キイチゴなどでお酒をつくってもいたようです。

三内丸山ではシカやイノシシは少なく、ムササビ、ウサギといった小動物、魚類ではマダイ、ブリ、サバ、ヒラメ、ニシン、サメ類、フグなど種類が多いとのこと。

調理法は煮るものが多いとか。

クリ、マメ、イモなどが主食で、あとはなべ料理のような感じなんでしょうか?

なべ料理ならば海水をそのまま利用したりできるのかもしれませんが、保存などには塩が必要であったはず。

古代の塩はどうやって作られたのか?  そういえば鹽竈(しおがま)神社が・・・・・

鹽竈神社HPから こちら

簡便な方法として、海藻を焼いて、それを塩とすることができるようです。なるほど。


11月8日のまち 三内丸山遺跡 その2

2018-11-22 00:12:09 | 青森

そのほかの復元された建物です。一部には入ってみることができました。

ついつい影の自撮りをしてしまいます。

 

多人数での共同作業が必要であったことでしょう。

図面は描いたのでしょうか?

あるいはマニュアルのようなものはあったのでしょうか?

 

現代においては、こういった建物の維持管理は、考える以上に経費がかかるようです。

帰る頃に防虫のための燻蒸の車が来ていました。


11月8日のまち 三内丸山遺跡 その1

2018-11-21 20:47:28 | 青森

初めて青森の郊外にある三内丸山遺跡に出かけてみました。

縄文前期から中期(約5500年~4000年前)の大規模な集落跡とのこと。

1995年(平成7年)から遺跡の整備、公開が行われたようです。

2002年(平成14年)に建てられた縄文時遊館という建物がありました。ミュージアム、シアター、体験工房、レストラン、土産物店などがあります。

発見された土器の展示です。

 

 

この時遊館から時遊トンネルを抜けると遺跡公園へと出ます。そこはなだらかな丘陵地帯で、そばには沖館川があり、海に出られるところです。

遺跡をボランティアガイドの方に案内していただきました。

上の写真の右にあるドーム状の施設に発掘された大型建物跡が保存されていて

6本柱で、柱穴は直径・深さとも約2メートル、穴の間隔はすべて4.2メートル

中には直径約1メートルのクリの柱が残っていたとのこと。

隣に復元した建物があります。クリ材の柱はロシアの間伐材だとのこと。

岡田康博著「日本の遺跡48 三内丸山遺跡 復元された東北大集落」同成社 2014年 より

・この六本柱については現在のところ建物説と非建物説がある。建物説は、弥生時代の吉野ケ里遺跡に見られる望楼のような、高層の建物とするものであり、非建物説は、諏訪の御柱や柱を立ててまつりを行った北米北西海岸のトーテムポールとか、柱を建て聖なる空間を作ったという、木柱説である。

・調査所見からは単に巨木を建てたトーテムポールや御柱のような巨木柱ではなく、上屋構造のある大型高床建物と考えるのが妥当で、しかも相当の高さを想定する必要がある。物見やぐら、灯台、祭祀施設などが想定されるが、やはりムラ全体の構造の中で検討する必要がある。ただ、他に例を見ない大型建物であり、特別な用途を考えるべきで、祭祀に関係する施設である可能性は高い。今後、周辺の調査が進むことによってその用途・目的が具体的に見えてくるものと期待される。

 


第60回山口地区文化祭 その7

2018-11-13 22:39:22 | 山口地区文化祭

どういうお祭りにも後片付けという仕事があります。

後片付けは、参加してみる価値のある仕事だったりします。

展示会場の後片付けの様子です。

 

こうして第60回山口地区文化祭が無事終了しました。

どうぞ山口地区にお住まいの方はこの文化祭にお出かけください。


第60回山口地区文化祭 その6

2018-11-12 16:22:02 | 山口地区文化祭

2日間で25組の舞台発表がありました。

どちらかというと女性の活躍が目立ちます。

 毎回、参加してみるたびに、この文化祭が始まったという昭和30年代に戻るような気分になります。

青森で小学生であった私は、そのころ平和の喜びや新しい自由の模索といった中にいて、作りたいものを工作をする、描きたいものを描くといったことができたような思い出があります。

とりわけ地域の婦人会の集まりで、かっぽう着姿できびきびと動く40代、50代の女性の姿が思い出されます。

今思えば、まだそのころは女性にとっての楽しみは少なかったのかもしれませんが、戦争が終わってほっとした時期であり、あちこちに小さな幸福感とでもいえるものがあったような気がします。

また、女性の地位が今よりも高かったような・・・・・

 


第60回山口地区文化祭 その5

2018-11-12 14:48:24 | 山口地区文化祭

毎年、炊き込みご飯をお父さんたちが作って販売しています。

カレンダーや陶芸品なども販売されています。

福祉バザーや休憩所などたいへん賑わっていました。

菊花展も毎年力作が展示されています。

イベント部会は、トコろんぬり絵や子ども囲碁・将棋教室、パソコン体験、健康チェックなどがあります。

 

 毎年開催されてきたので、準備や分担などそれほど負担なく参加できるようになっています。