どっと屋Mの續・鼓腹撃壌

引き続き⋯フリーCG屋のショーモナイ日常(笑)

セロ弾きのゴーシュ、鑑賞+なみきさんのトークイベント(1)

2018年08月16日 20時00分00秒 | アニメ
テアトル新宿を後にして、新宿駅から中央線に乗って阿佐ヶ谷駅へ〜。

たい焼きを食べるために、ともえ庵さんへ...パリパリ香ばしい皮とギッチリ詰まったアツアツの餡、そして絶妙な組み合わせでチョイ病みつきとなっている げんまいジュースとの組み合わせを楽しみました〜(*´艸`*)

...と、もちろん主目的はユジク阿佐ヶ谷での「セロ弾きのゴーシュ」鑑賞です(^_^;

そして本日のお楽しみでもある上映後の、なみきたかしさんによるトークショーも。

上映時間20分ほど前に現着するとロビーは待っている人でいっぱいになってました。

グッズも前日まで上映していた「パンダコパンダ」と合わせて賑やかに(^_^)

今回は新たに発行されたパンフと、パパンダ出勤バージョンの指人形をチョイスです(*^m^*)


上映5分前に入場開始、今回は整理番号1番でしたので、どこでも選び放題でしたが、前回同様お気に入りとなった4列目の右端をチョイスです。

作品の時代的に音質云々言うものではありませんが、やはり最前列で鑑賞した時とは印象が違い、特に演奏シーンにはさらに広がりを感じることができました。

しかしこの作品は夏真っ盛り、時間的にも宵の口あたりから見ると最高ですねぇ...オープニング、スズムシが鳴く中での子供の合唱で一気に作品世界に引き込まれ、椋尾篁さん入魂のトロッとした朝焼けや薄暮が見ているこちらを優しく包み込まれ染み込んでいく感覚で...(*´д`*)

高畑さんは野外上映での鑑賞を推進していたそうですが、大自然の中で観たら何倍も威力を発揮しそうです。いつか機会あれば観てみたいものです。

さて終了後、場内アナウンスの誘導でロビーへ移動、すでにスタンバっていらっしゃる、なみきたかしさんとアニメ研究家・原口正宏さんによるトークショーへ。


なみきさんのお話しを聴くのは先週11日(土)に引き続きの事となります(^_^)

以下トークの要約を。
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オープロダクションには最初アニメーターとして入り、「山ねずみロッキーチャック」から名作モノだけでなく「ゲッターロボ」など5〜6年やっていた。そしたらキミは広報・宣伝向きだから、そっちを頼むと。それまで会社は社長はじめオールアニメーターでその他の部署がなかった。当時は3本並行の製作体制(東映動画・東京ムービー&日本アニメーション・その他)で、ナックとかで「ドンチャック」とかもやった(笑)

広報だけでなく、印刷とか上映の段取りとか営業ふくめ色々やった。「セロ弾きのゴーシュ」もメジャー映画会社の配給でやると思い、高畑さんの紹介で松竹でかなり具体的なところまで話しが進んだが、ダメになり自主上映で行こうと。学校などの教育機関や公会堂での上映となり、細々と続けた。

フィルムはオープロダクション内の一室で管理されていたが、47本もあって仰け反った(笑) 高畑さんも野外上映にふさわしいということでポスター作成も協力いただいた。

オープロ企画に行ったら固定給となり一年間だったが、心豊かになった。

各アニメ5誌にも座談会とかフィルムストーリーとか振り分けたりした。

地方に行くと他社の映画会社の作品を観たいので映写機を操作してくれとか言われて、なんで他社のためにとか思ったりも。当時はフィルムリールの映写機だったので、調子悪くなったりすると手動で回したりと色々あった。

当時のオープロは辞めても怒られたり脅されることはなかったので、楽に辞めることができた。

その内に外部としてDVD制作とかも任されたりして、それが現在のオープロ社長就任にも結びついている。

高畑勲の呪いを受けている感じもあって、それは「セロ弾きのゴーシュ」を試写した時に高畑さんから感想を問われ、今より正直だったため「これはつまらない作品ですね」と言ってしまい、「そうですか」と一言あってニヤニヤされた(笑) それ以来、ここまでの経緯は呪いと感じていると。

DVDもできるだけ映像特典として椋尾さん・村田さん・小松原さんも遺しておきたかったが、その時期亡くなってしまい、その分もジブリさんに協力いただき高畑さんに沢山しゃべってもらって2時間にもなってしまったが、編集で着ることができず、本編よりも長いじゃないかと言われてしまった。

「ゴーシュ」の魅力は大きく、VHDから始まって、LD・DVDとか続いて有り難いなと。最初期には1万5千円もしたβテープを直接買ってくれた人もいた(その人はパイオニアの担当の人だったそう)。

DVDの時にイラストを才田俊次さんに頼んだが、似ても似つかぬものになってダメだししたが、海外の海賊版でボツになったイラストを使われて驚いた(笑)

BDの時にはジブリからも出そうということになったが、パイオニアの人に酷いじゃないですかと言われてしまったが、シェアの大きさは絶大だった。4K修復も自分が立ち会い、セルの浮きやゴミも頑張って除去したが、背景パンで折れ目があって難しかったが消してくれた。監督なのかと言われるほどだった。

社長職には興味なかったが、恩義があったので引き受けた。今思えば会社唯一の資産である「セロ弾きのゴーシュ」を守りたかったから。上映の機会は今も耐えなくて、高畑さんの追悼の意味もあってパンフも新しくしたと。


最近ネットで話題になった例のネットインタビューについて一言いいたいと。これについてはご本人がツイートしてますね。


まぁこれについては話半分に聞くべきだし、ご本人も自虐的に言うとおりプロパガンダ的であると。オープロとの関わりも小さな会社であるゆえに無理を言わずに引き受けてくれた。高畑さんや椋尾さんもギャラをもらっていたのかも謎だと。
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...確かに鈴木敏夫さんの語りっぷりってセンセーショナルだし、どこか演出されているのを感じもしますが、高畑さんも組む相手や時期によって感覚や考え方も微妙に違うんだろうし、一括りにすることはできないかなぁと思います。

ということで、なみきさんの語りも濃くて面白いのでなるべく書き残したい次第。

これも次回に続けます(^_^;

「もりやすじ童画展」対談トークイベント(3)

2018年08月16日 16時00分00秒 | イベント・ライブ
前回、アニドウ出版の紹介で、最後に小田部羊一さんの本「小田部羊一アニメーション画集」に触れ...

なにしろ高額なため、学生など本当に見てほしい人に届かないのが残念だと仰ってました。

なみきさんも自嘲っぽく「アニドウ値段」を繰り返してましたが、コストのかかる装丁へのコダワリと発行部数(1500〜2000部)で積み上げるとどうしても高くなってしまうと。

立派な本に仕上げてもらいビックリし、それまで「なみきくん」と言ってたが、「なみきさん」に変わったとのことでした(^_^;

その小田部さんの画集がキッカケで、思い出深いイタリア旅行のお話しから、本論に入りました。

以下、小田部さん・なみきさん対談トークの要約です。まずは高畑勲さんとの想い出から...。
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イタリア・フィレンツェのアニメーション専門学校の校長先生が画集を購入、好きな作品ばかりだったので、是非イタリアに呼びたいと。海外と言えば生まれた台湾と、ハイジの時にロケハンで行ったスイスしか知らない。フィレンツェと聞いて是非行きたいと。

そして2012年にフィレンツェでの講演の後、観光もさせてくれて、ミケランジェロ・ダヴィンチなど本物を見て感激した。2013年にはシエナの世界一美しいというカンポ広場を見たり...そこでの夏の競馬が時代絵巻のようで凄かった。

その時、地元の新聞に取り上げられて、自分の事と「パパ・ハイジ」と呼ばれて、とても恥ずかしかった。本当の生みの親はパク(高畑)さんだと行ったら、パクさんも呼んでもらうことに。

その時ちょうど「かぐや姫の物語」ができたころで、出品のためカンヌに呼ばれていたが、小田部さんとイタリアに行きたいと言ってくれた。で...パクさんを「ママ・ハイジ」と納得してくれた上でイタリア行きが実現した。しかし皆ハイジの話しを期待していたのに頑固で全くしなかった。

絵を描くだけの自分と、監督の違いがあって、イタリアでは随分と内容が変えられていて、パクさんは不満に思っていた。現地では歓迎のためにイタリア版ハイジの主題歌(日本版とは全く別モノ)を皆で歌ってくれるのだが、これがとても辛いもので、パクさんには聞かせなくて良かった、そんな事で激怒されたら大変だったと(^_^;

ただ「かぐや姫の物語」の主題歌はイタリア翻訳されたもので演奏してくれたので、大変喜んでいた。その後の観光も嬉しそうでクルマには助手席に座り、あれこれ見たいと率先、「最後の晩餐」も最初「こんなの修復ではない」とけなしていたのに、見た後は「この度のハイライトでしたね」と絶賛していたと(笑)

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やはり高畑さんが今年お亡くなりになったばかりなので、本題の話になかなか行きつかないという感じでしたが(^_^;、ここで区切りとし、いよいよ森康二さんの話しへ。

まだまだ長いので、次回に続きます(^_^)