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守ってあげたい

もう何年前になるだろうか、突然、左手薬指に嵌めていた結婚指輪が変形し
たのは。



一応ちゃんとした指輪で、それなりの値段もした丈夫な指輪。
それが、気付いたら妙な形に歪んでいた。

特に強い衝撃を与えたお覚えはまったく無い。

そして更に一年ぐらい後だったか、修理した指輪を無くしてしまった。




なんだかその頃から歯車が狂い出したような・・・




・・・  ・・・  ・・・

今月18日が20回目の結婚記念日になる。


平成元年の、まさにバブルの真っ只中に結婚した。

それ以来、妻にはなんだか苦労ばかり掛けてきたような気がする。




結婚一年目には転職、転職先でも超多忙の中、建築士の資格勉強には一年間
を費やし、決して広くない部屋で妻はイヤホーンでTVを観て、その年二人
で遊んだのはたったの一日だけ。(GWの一日だけだった。)


同年秋には長男が生まれ、子育てに追われる中、6年には独立。

そんな中、妻は足でゆりかごを揺らしながら仕事を手伝ってくれていた事も。



翌年次男が生まれた頃からは景気が徐々に下がり始め、拓銀の破綻により更
に悪化、我が家も金銭的にも楽ではなくなり、その後共働きを続けている。



子供が小さかった頃は、旅行、キャンプ、サッカー、スキーなど色んな事も
出来たが、子供の成長と共になかなかそれも出来ず、逆に子供たちに振り回
される日々が始まる。


それでも仕事は、経済が収縮する中でも色んな事を模索、ようやく軌道に乗
り始めていた。



大変でも、それなりに充実した楽しい毎日を送っていた・・・はずだった。



それが・・・

2005年夏、生活が激変する。

それからはこのブログの内容通りだ。




前にも書いたが、悪夢の病気を克服・・・した本人はそれなりに達成感とい
えるものもある。

でも・・・妻を含め家族にはおそらくそれは無い。

共に闘病生活を送ってきた共有感はあったとしても、それはそれ。

あんな状況、無ければそれに越したことはないはず。




病人を持つ家族の大変さも、逝ってはいけない大切な人を失なう辛さも味わ
ってきたから、そう思う。




これから・・・多分、病気によりかなり短くなってしまったであろう自分の
残りの人生の中で、これまで味わせてしまった苦労をどれだけ返していける
だろうか。

それがどんな形のものだろうか。





『守ってあげたい』~ユーミンのこの曲、20年前の結婚披露宴の入場曲だ。

でも、「守ってあげる」はずが、今は「守られて」いる・・・





・・・  ・・・  ・・・

無くしてしまった結婚指輪、20年目にまた揃えようと思っている。

そうしたらまた歯車が噛み合いそうだから。


でも、二人の好みと、予算が・・・合わない・・・。





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