Fさんの日々の記録と山歩き

 山歩きが生き甲斐の団塊世代オッサン、ある事無い事日々感ずるままに綴っていこうと思います。

日本三百名山回顧№67、会津朝日岳(2百名山)

2019年07月15日 | 三百名山回顧

平成3年4月28日(日)~30日(火)  

 只見川の上流部奥深くに聳える会津朝日岳へ登ったのは、28年前の話になります。この時は当時所属していた山岳会の会山行で、私が計画して妻と会員のF君が参加した。

 F君は私より10歳若く心優しいイケ面青年だったが、沈着冷静で細身の身体に強靭な体力を秘め、私の頼もしい山仲間でもあった。そんな彼と妻との3人パーティだったから楽しく無いはずが無く、忘れ難き思い出の詰まったメモリアム山行になった。

 私が書いたこの時の山行記録が当時の会報に残されていたので、以下はその記録を転載したものです。

 

会津朝日岳登山

 

期日=1991年4月28日(日)~30日(火)「2泊3日」

コース=白沢~会津朝日岳~丸山岳~白沢

4月28日(日)  天気=快晴

07:50いわなの里→ 09:04~20滝返り沢出合→ 12:04~20叶ノ高手→ 12:57朝日岳避難小屋(泊)

 只見駅からタクシーでいわなの里まで入る。装備を整えてすぐに出発。赤倉沢の道は最初から雪面である。滝返り沢に入るとズーッと急登が続く。しばらくして右手の尾根に取りつくと、更に傾斜がきつくなる。幸い好天の為クサレ雪で、滑落の心配はあまり無い。

 叶ノ高手への登りからいわなの里方面を振り返る。

 登山道から浅草岳方面?

 叶ノ高手付近

 人見の松から痩せた尾根となり、だんだん緩やかな登りとなって叶ノ高手に着いた。初めて朝日岳が豪快な姿を現す。西の方向には浅草岳の堂々とした山容が見える。ここからなだらかなピークを一つ越えて避難小屋へ到着、まずは雪で冷したビールで乾杯。今夜の同宿は我々の他、単独の男性が一人だけだった。

 叶ノ高手から会津朝日岳

 叶ノ高手から避難小屋への道

 

 

4月29日(月)   天気=曇り一時雨

05:25避難小屋→ 06:05~17会津朝日岳→ 06:49白沢ノゾキ→ 08:32~45大幽朝日岳→ 10:45丸山ノ肩→ 12:03~15白沢ノゾキ→ 15:00避難小屋

 避難小屋からいきなり急登が始まり一気に朝日岳まで登る。曇り空ながら視界は良く浅草岳、越後三山、会津駒等が見える。そして目指す丸山岳がゆるやかな巨体を見せている。

 会津朝日岳山頂

 山頂から丸山岳方面

 登山道から越後三山方面

 ルートはこれ以降岩稜の道となる。藪っぽい踏み跡が幾つものピークを越えたり巻いたりしながら続く。中間点の大幽朝日岳は小さなピークである。此処まで3回程カモシカに遭遇できたのは嬉しかった。

 少しづつ丸山岳が大きくなってくる。(丸山岳手前の小さなピークが大幽朝日岳)

 場所不明?

 丸山岳の登りにかかる頃から雨が降り始めた。丸山岳の肩に着いた時には本降りとなったので、帰りの険路の事も考え残念ながら引返す事にした。

 丸山岳への登り

 丸山岳の肩(引き換えし地点)

 場所不明

 場所不明

 会津朝日岳の南面

 

4月30日(火)   天気=雪後晴れ

08:00避難小屋→ 08:45~55叶ノ高手→ 09:46~55滝返り沢出合→ 10:40いわなの里

 昨夜からの雨が今朝は雪に変っていた。しかし叶ノ高手に着く頃は雪も止み、一昨日苦労した急坂を一気に降って行く。滝返り沢へ着く頃には陽も差してきた。前日の雪も随分減ったようだ。いわなの里でタクシーを呼んでもらい、只見からバスで会津田島へ出て東武鉄道で帰宅の途についた。

 会津朝日岳は約1600mの標高ながら、雪多く峻険な山であった。又登山者も少なくカモシカなどの野生動物が多く住む、豊かな自然が素晴らしい山でもあった。目標だった丸山岳の山頂を踏めなかったのは残念だったが、充分に満足できる心に残る山行でした。

コメント
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