透明な気圏の中から

日々の生活の中で感じたこと、好きな作家についての思いなどを書いてみたいと思います。

『 ワルトラワラ第50号』届く

2023-02-13 21:23:22 | 日記

曇り時々雪。最低気温−10.3℃、最高気温−0.9℃。

『 ワルトラワラ第50号』を拝受しました。この度の『 ワルトラワラ第50号』の刊行を心よりお祝い申し上げます。

以下は発行所・「ワルトラワラの会」の主宰である松田司郎氏による編集後記の冒頭部分です。


1994年創刊の本誌は本年2023年でようやく50号を迎えることができた。20年務めた編集職を辞して歩きだしたイーハトーブの大地、疲弊し生きる意味を失くしてしまった自分を立て直すための旅であった。その旅で私は多くの出会いに恵まれた。


松田司郎氏について~本誌より~

イーハトーブ撮影行も37年。賢治を解く鍵としてゴッホとユングを研究中。

『宮沢賢治の童話論』(国土社)

『宮沢賢治の深層世界』(洋々社)

『宮沢賢治・イーハトーヴ図誌』(平凡社)

『宮沢賢治 イーハトーヴへの切符』(光村推古書院)など。

第12回宮沢賢治賞受賞、シリトンの会主宰。大阪国際大学名誉教授。大阪府富田林在住。


本誌に掲載されている『宮沢賢治と心象スケッチ』(松田司郎)の扉には次の言葉が綴られています。魅力的な文章なので全文を載せたいのですが、こちらも冒頭部分のみをアップします。


宮沢賢治が心象スケッチによって写しとったイーハトーブ世界には、不思議な情景が登場する。天気輪の柱、燐光の三角標、そらの孔、底なしの谷、開けても開けても現れる扉、水製の大気・・・・・私たちの存在の芯を揺さぶるこれらのあやしい幻想は、一体何を表そうとしているのか。以下略


最近、賢治が来道した際の動向に興味を引かれています。例えば、開拓の村にある札幌停車場は明治41年から昭和27年まで使われた3代目の札幌駅舎です。賢治は3回(大正2・大正12・大正13)来道しているので、その際、この駅舎を見ているだろうし、そうだとしたら、どういう感想をもったのだろうなどと思っているところです。

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散歩の途中で

2023-02-12 18:23:00 | 日記

曇り時々雪。最低気温−5.6℃、最高気温1.5℃。

今日は最高気温がプラスに転じました。車道の雪が解けだして水たまりができている所も。

埋蔵文化財センター付近で、木々に留まっていたヒヨドリなどを見かけました。

凍るような連日の寒さに耐えていた鳥たちも、少しリラックスできたでしょうか。

 

そして、本日の新北のうた暦の掲句に登場の「頬被」とは久しぶりに目にした味わいのある言葉です。解説を読んで、この句の状況をよりリアルに思い浮かべることができました。

雪だけではなく、風も加わると、顔の周りを手持ちの何かでつい覆いたくなるものです。それは襟巻やショール等々。

とはいえ、厳しい雪と寒さの日々も三月の声を聞く頃には、収まってくるものです。

その時まで、倦まず弛(たゆ)まず一歩一歩。

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「エキテラin2023」のアイスキャンドルなど

2023-02-11 21:20:15 | 日記

曇りのち晴れ。最低気温−12.1℃、最高気温−1.0℃。

JR江別駅前の江別駅前公園(三角公園)を中心にアイスキャンドルに火が灯されるイベント「エキテラin2023」へ出かけてきました。

「エキテラ」とは、商店などが減り夜の明かりが少なくなってきた江別駅周辺を照らそうと、2019年に市民有志が始めた活動で、それを引き継いで昨年、結成された実行委の名称です。

今日は最高気温が−1.0℃とこの時期としては暖かかったので、肩をすぼめずにリラックスして楽しむことができました。

アイスキャンドルは一つずつ手作りで、揺れるローソクの火が幻想的で、暖かみを感じました。

市コミュニティセンターでは地域おこし協力隊により甘酒の無料提供が行われ、頂くことに。これが甘くて、温かくでとても美味しかったのです。

17時頃から、ホールで女性4名による弦楽四重奏の演奏が始まり、耳を傾けてきました。甘酒を片手に美しい演奏が聴けるとは、思ってもいなかったことで、至福のひとときとなったのです。

市民の手による、冬ならではのこうしたイベントに参加して、それぞれの取り組みに人の「心」を感じました。その「心」にはぬくもりとともに過疎化に抗う静かで強い力がこめられていたように思います。

そして、本日の新北のうた暦の掲歌です。解説を読み、ユニークで奥深い作品だと思いました。

「簓電車」ですが、雪国暮らしが長いのに一度も見たことがない、ということに気がつき、驚いています・・・・。

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網走に「流氷接岸初日」

2023-02-10 20:11:16 | 日記

曇り。最低気温−11.9℃、最高気温−4.4℃。

〈北海道新聞本日付け夕刊〉

いよいよ、本日、網走で「流氷接岸初日」を迎えました。網走地方気象台の職員が午前8時40分、気象台の屋上から目視で網走港周辺で流氷が広がっているのを確認したとのことです。

「流氷接岸初日」は平年より6日、昨年より7日遅いとニュースは伝えていました。

衛星写真には接岸の様子がはっきりと映し出されています。

ところで、流氷は誕生から終焉に至るまですべてが解き明かされているわけではなく、未だに神秘的なままです。

もちろん、科学による流氷の謎解きは大切ですが、謎の部分はそのままベールに包まれたままでも良い気がします。

何となく流氷に心惹かれ、ロマンを感じるのは、例えばオホーツク海の厳しい寒さの中で一瞬見せる美しい姿や、春めく頃に黙って消えていく潔さだったりするのですから・・・・・。

本日も北海道内は厳しい冷え込みだったと新聞は伝えていました。

新北のうた暦の掲句は「睫毛きらりと」とかなりの冷え込みを感じさせる作品です。

さて、コロナ禍でのマスク着用が雪解けと時期を同じくして解禁される気配。

暖かい春にはどのような景色が眼に映るのでしょうか・・・。

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外は吹雪~♬

2023-02-09 18:39:46 | 日記

曇りのち吹雪。最低気温−10.8℃、最高気温−4.2℃。

夕方から本格的に吹雪模様となりました。

断続的にホワイトアウトになり、数メートル先が見えない状況です。

しかも、気温が氷点下と冷え込みも伴っているので、手ごわかったです。

 

さて、そこで、新北のうた暦の掲句登場。

ワカサギ釣りが詠まれた句です。網走の女満別湖畔を思い出しました。

ワカサギ釣りが解禁となるこの時期にはたくさんのテントが張られていたものです。

女満別町にも5年間、住んでいたことがありました。

懐かしい限りです~。

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冬将軍のお仕事

2023-02-08 19:26:13 | 日記

晴れ時々雪。最低気温−18.9℃、最高気温−3.7℃。

 

立春を過ぎても、まだまだ冬将軍が采配を振るっている当地です。

そのような中だからこそなのか、札幌市では4日から11日までさっぽろ雪まつりが開催中。

「雪像を叩き人間臭くする」

この句を読んでから見る雪まつりは、味わい方も違ってくる気がするのですが、今年も札幌の雪まつりはバーチャルでと考えているところです。

コロナ禍のうえにインフルエンザが猛威を振るい始めているようなのです。

 

ところで、ショパンの「ノクターン第21番ハ短調(遺作)」ですが、本日も先生宅でレッスンして参りました。先生には長~い目で見て頂いています。

冬将軍にはあきれられていそうな気もしますが・・・・。

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新北のうた暦に流氷の歌が

2023-02-07 21:53:41 | 日記

晴れ時々曇り。最低気温−13.8℃、最高気温−1.5℃。

〈2016年2月23日撮影〉

写真は7年前の流氷の様子です。オホーツク海に漂う流氷は遠目にはモザイクのようです。

この流氷が接岸し、海の彼方まで隙間なく連なると陸地との境界線がなくなり、まるで陸続きの白い大地のように見えるのです。

本日の新北のうた暦の掲歌に詠まれた「流氷原」です。

網走に住んでいた頃、大量の流氷が接岸すると、一夜にして気温がぐんと下がるので、流氷が来たのではと思ったものです。今より、流氷の規模が大きかったからか、予感はほぼ的中でした。

流氷は一時期、港が氷で塞がれて漁ができなくなるなどの理由で厄介者扱いされていました。でも、後に解説にあるように「静かに海の生命が育まれてゆく」ことが分かったのです。

今は、冬季間の観光の主役としても注目されるようになりました。

本日の掲歌はそのような流氷の特性をおおらかに詠われていると思います

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「ヒグマに生まれて冬眠したかった」の記事

2023-02-06 20:28:43 | 日記

曇り時々晴れ。最低気温−3.7℃、最高気温0.1℃。

  

 

当地は17日ぶりに最高気温がプラスに転じました。また、最低気温が氷点下3.7℃となり、北海道のこの時期としては暖かな日と言えます。

とはいえ、一日中、ストーブはつけたまま過ごしました。

このような寒さの中、隣町と言っても過言ではない白石在住のAさんの声明が北海道新聞に掲載されていて、目が釘付けになりました。(北海道新聞「言葉の現在地2023」)

Aさんは札幌白石区に住んでいる56歳の男性。心臓に持病があるので働けず、10年前から生活保護を受けて一人で暮らしているそうです。自宅のストーブが壊れ、2017年12月、購入費用1万3590円の臨時支給を札幌市に請求し、却下されました。

19年に生活困窮者向けの弁護士費用立て替え制度を使って提訴。3年かかった裁判で裁判長は不支給を決めた札幌市や国の考え方も「不合理ではない」としてAさんの訴えを退けました。

裁判長は「生活保護を受けていない家庭も、家具の買い替えのために家計をやりくりしている」と指摘。

この記事を書いた記者さんは、これまで生活保護関連の取材を手掛けたことはほとんどなかったそうです。先輩記者さんが言うには、生活保護利用者の窮状を訴える記事を書くと、「わたしの生活のほうが苦しい」「もっと生活費を削っている」「甘えているのではないか」等の批判の声が多く寄せられるのだと。

それでも書きたかった理由は「ヒグマに生まれて・・・」の言葉が刺さったこと、昨年12月、政府が防衛費を増やし、23年度から5年間で約43兆円とすると決めたこと。ミサイル1発分のお金でストーブは何台買えるのかと。

記事にはさらに日本の国内総生産に占める生活保護費(社会扶助費)が先進国の中で極端に低いこと、生活保護受給率が低く、保護すべき生活水準の人を把握している割合(捕捉率)も欧州が6~9割とされるのに対し、日本は2割程度なことなどが記されています。

私がこの記事に注目したのはやはり、Aさんの声明に心を動かされたことです。


私はヒグマに生まれたかった。

ヒグマになって冬眠したかった。

ヒトとして生きることは苦しく、悲しく、痛い。

 

 人は本来、お互いに助け合って生きる、社

会的な生き物だと私は思います。

 助け合いが不足したこの社会は、互いの

命を奪い合い、強いものが強くなり、弱いも

のはより弱くなって死んでいく、獣の集団と変わ

りありません。

(2022年11月30日、札幌地裁判決後のAさんの声明より)


Aさんの言葉はまるで一編の詩のようでもあり、心に突き刺さってくるものがあります。それを、このような記事に取り上げて発信された記者さんの気概にも感じるものがありました。

そして、本日の新北のうた暦の掲句です。

キタキツネは実際しわがれた声で、「コン」という鳴き声ではないのです。

数年前には我家のベランダで寛ぐキツネを見ましたが、あのキツネは今、どうしているのやら・・。

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寒さの中にある春のきざし

2023-02-05 19:34:29 | 日記

曇りのち晴れ。最低気温−17.0℃、最高気温−0.9℃。

本日の新北のうた暦の掲句です。「堅い結び目が冷気の中できらりと輝き、そこに注ぐ光にいちはやく春の予兆を見る」と読み解かれています。

立春から一日目の今日、野幌森林公園を散策してきました。その中で見つけた春の兆しのいくつかをアップします。

夕方には明日、満月となる月の姿も。

特に何というわけではないのですが、雪も降らず、風もない穏やかな今日という日に感謝です。

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立春の日に「しかけ絵本と大型絵本展」へ

2023-02-04 20:57:13 | 日記

晴れ。最低気温19.8−℃、最高気温−2.6℃。

市情報図書館

北海道新聞本日付け

野幌末広町7にある市情報図書館で開催されている、「しかけ絵本と大型絵本展」へ出かけてきました。

しかけ絵本のページをめくる度に「えっ!」と仕掛けに驚くばかり。会場に訪れていたお母さんと小学校4年生くらいの男の子が「凄いね!」と言い合っていたのが印象に残りました。

一番、驚いたのは「動く絵本」です。これをどう説明したらよいのか・・・・。一枚の絵(写真だったかも)がページをめくる瞬間に光の加減か何かで絵の一部が動くように見えたのです。

面白いことを考えて創り出したものです。すっかり感心して、会場を後にしました。

本日の新北のうた暦の掲歌です。北海道の立春は春というより冬の真っ最中で、雪との格闘があと1か月は続くという解説にその通りだと納得でした。

また、「蝦夷地の冬はかくてあるべし」に道民の気概を感じるとの解説に同感です。

さて、今日は立春。穏やかに暮れていく空には月齢13.3のお月様が顔を見せていました。

明日からは厳しい寒さに見舞われても、春に向かっていることを思い、笑顔で一歩一歩です。

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厚別東小学校バス停から歩いて開拓の村へ

2023-02-03 20:10:36 | 日記

雪時々晴れ時々曇り。最低気温−12.1℃、最高気温−4.0℃。

厚別東小学校前バス停から

昨日のことです。

我家へ除排雪車が一日前倒しで来てくれたので、ご近所の皆さんと除雪作業に取り掛かることに。

13時半から開拓の村ボランティア木曜班の学習会があり、それに向けて予定していたバス時刻(11時39分)が迫るも作業が終わらず、次のバス(12時43分)に乗車することにしました。

開拓の村行きのバスに乗車するために新札幌まで行こうと最初思っていたのですが、そうすると村で行われる木曜班の学習会の開始時刻13時半に間に合いそうもないなと。

思い切って、厚別東小学校前のバス停で降りることにしました。この時点で12時55分。

歩けるだろうかと少々心配だったのですが、約25分かかって、無事に開拓の村に到着することができました。喉はカラカラでしたが、そのまま学習会に参加。休憩時間に自動販売機で水を購入し、やっと喉を潤して一息つくことができたのでした。

このように予想外の展開になり、バタバタ感があったものの、何とか間に合って参加した学習会は大いに刺激的であり、楽しいものでした。

最後まで諦めなかった!ことが良い方向へ導いてくれた鍵だった気がしています。

解説に柳田国男氏の「遠野物語」に登場する雪女の例が取り上げられています。

寂しいときにどこかの誰かの戸を叩いてもよいなら、そして、おおらかに受け止めてくれるなら、誰しもが心を凍らせたままにならずに済むのだろうと思います。

その誰しもが雪女であっても。

今日の新北のうた暦の句は、民の暮らしの圏内に雪女が存在しているように詠まれていて、興味深かったです。


此の話はすべて遠野の人佐々木鏡石君より聞きたり。昨明治四十二年の二月頃より始めて夜分折々訪ね来り此話をせられしを筆記せしなり。鏡石君は話し上手に非ざれども誠実なる人なり。自分も亦一字一句をも加減せず感じたるままを書きたり。思うに遠野郷には此の類の物語猶数百件あるならん。我々はより多くを聞かんことを切望す。国内の山村にして遠野より更に物深きところには又無数の山神山人の伝説あるべし。願はくは之を語りて平地人を戦慄せしめよ。此書の如きは陣勝呉広のみ。

— 柳田國男「序文 『遠野物語』」


ウキペディアより『遠野物語』の序文とその解説をここにアップします。


あらゆる事象を西洋的な解釈でもって説き伏せようとする明治にあって、未だ前代的な精神で生き続けている人たちが日本に存在している「現在の事実」を当時の社会に知らしめんとする柳田の考えが書かれている。これまでの考えを否定するかのような都市部に生活する一部の「平地人」に対する警告とも、あるいは山中には列島渡来の民族とは異なる先住異民族がいまだに生存していると考えた柳田の、山人論を立証しようとする意気込みが窺える


現代にあっても、理屈通りに収めようとして無理がある時には、先人から受け継がれた言い伝えに耳を傾け、そこから叡智を得ることがあっても良いのではないかと思います。

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網走市で流氷初日の報道

2023-02-02 20:47:17 | 日記

曇り時々晴れ時々雪。最低気温−8.3℃、最高気温−1.8℃。

夕方のニュースでも網走市で流氷初日を観測したと伝えられていました。

網走地方気象台によると網走市の流氷初日は平年より11日遅く、昨年より9日遅かったとのこと。

流氷初日が2月2日に観測されるのは、統計開始以来5番目に遅いのだそうです。

今年、網走沖に流氷がやってくるのはいつなのかと気になっていたところだったので、何となくホッとしました。

それにしても、流氷は風来坊のようです。いつ来るのかも気まぐれで、来たと思えば風の吹くままどこかへ行ってしまうのですから・・・。

明日もそこにいるとは限らないのです。

この謎めいた生態をもつ流氷を間近に見ながら青春時代を過ごしました。

流氷を映像等で見てことさら懐かしく思えるは、それが故郷の一風景といえるので、郷愁のようなものが湧き上がってくるからなのかもしれません。

明日が節分、明後日が立春と春待つ気分が右肩上がりになってきました。

ただし、本日、当地は現在吹雪模様。

現実はさておいて、暦に記されている立春の春の文字から暖かい風景を想像することにします。

知的でありながら、春を待つふんわりした雰囲気を感じさせる美しい句だと思いました。

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旧永山武四郎邸・旧三菱鉱業寮へ  

2023-02-01 21:25:11 | 日記

晴れのち雪。最低気温−17.4℃、最高気温−3.4℃。

ビーフシチュー

旧永山武四郎邸・旧三菱鉱業寮へ足を運んで来ました。

先ずは建物内を一巡り。和洋折衷の歴史を感じさせる造りは今も魅力が褪せるどころか増しているように感じました。驚くことに参観は無料です。

ランチタイムは旧永山武四郎邸の一角にある「和洋折衷喫茶ナガヤマレスト」にて。ビーフシチューを頂きました。彩もよく、ビーフは柔らかく煮込んであり味わい深かったです。

何より、歴史的建造物内にカフェが開かれ、そこでランチタイムを過ごせたことを嬉しく思いました。


永山邸とは?

明治・昭和、二つの時代を体感する空間

旧永山武四郎邸は、明治10年代前半、屯田事務局長時代の永山武四郎が私邸として建築しました。その後1911(明治44)年、三菱合資会社が永山邸の土地・建物を買収、1937(昭和12)年頃に三菱鉱業寮部分を増築しました。旧永山武四郎邸と旧三菱鉱業寮は、明治前半期・昭和期の時代様式をそれぞれよく表しており、それらが共存している点でも建築的価値が高い建物です。二つの時代の建物が共存する空間で歴史の物語を体感してください。

 

旧永山武四郎邸

明治前半期の北海道の和洋折衷上流住宅の好例であり、日本近代住宅史を考える上で高い価値を有しています。三菱合資会社の買収後は、重役専用の宿泊や札幌出張員事務所として使われました。重厚かつ簡素な意匠で、和洋折衷住宅成立の模索過程をよく伝えています。

 

旧三菱鉱業寮

炭鉱経営、金属鉱業などを行っていた三菱鉱業株式会社によって昭和12年頃に建築されました。このような民間企業の倶楽部が現存する例は道内に少なく、高い産業・文化史的価値を有しています。妻破風のハーフティンバー・モチーフ、丸窓など、昭和前期のモダンな洋館デザインが見られます。

 

旧永山武四郎邸及び旧三菱鉱業寮・ホームページより


 

本日の新北のうた暦の掲句です。

「十勝川音楽は凍るまいとする」

透き通った十勝川の水の流れや美しい白鳥の群れ、奏でられる「音楽は凍るまいとする」意思があるように思えました。その音楽は人智を超えたものかと。

「音楽は凍るまいとする」という表現に目を見張りました。

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