学校プールの水流しっぱなし、教諭と校長への95万円弁償要求に「かわいそう」の声400件超
川崎市立小学校でプールの水を6日にわたり流し続けるミスを犯した教諭らに市が弁償を求めている問題で、市に400件超の意見が寄せられ、その多くが「かわいそう」などと市の対応に批判的な内容だったことが5日、わかった。市は対応について「教諭側は納得している」と説明。この日までに弁償は行われていないが、納入期限の今月末まで静観する構えだ。
この問題は、市立稲田小(多摩区)で5月、プール開きに備えた作業の際に発生。教諭が注水を始めたところ、警報が鳴ったため電源ブレーカーを落とした。その後、止水したつもりだったが電源喪失状態でスイッチが機能せず、別の職員が気づくまで6日間にわたり注水が続いていた。
市は教諭と上司の校長に過失があったとして、損害額約190万円の5割にあたる約95万円を2人に請求したことを8月10日に発表。それに対し、同月末までにメールなどで431件の意見が寄せられた。市は比率を明らかにしないが、「個人ではかわいそう」「教員のなり手不足に拍車をかける」と市を批判する声が多く、「税金を使うのはおかしいのでやむを得ない」との賛同もあったという。
市教委によると、教諭らに弁償を求める根拠として、東京都など他の自治体で起きた同様の事例を検討。損害の半額を教諭らに求めることが適当と判断し、9月末を期限とする納入通知書を2人に手渡した。約95万円の分担割合は「当事者間で決めること」としている。教員など公務員を対象とした賠償責任保険制度もあるが、2人はいずれも加入していなかったという。
市の対応に賛否が寄せられていることについて、福田紀彦市長は5日の定例記者会見で「(市民に)丁寧に説明する」との姿勢を強調した。
「かわいそう」って何?
普段、教員嫌いのわたしはそう思いこの記事を読んだ。
確か、先生がプールの水出しっぱなしにして損害出した問題でしょ?
こんな凡ミスいくら何でも許されないでしょう。
昨今、イジメ問題など、生徒児童に向き合わず、喧嘩両成敗みたいなやり方で、被害児童生徒は自殺へと追いられる。絶対に教師の責任は大きいと感じている。
そんな折、プールに水入れることもまともにできないアホ教師!
と思っていた。
が・・・
別の記事で水が出しっぱなしになった経緯を読むうち、確かにこれは酷なことかもしれないと思い始めた。
そう考えるうちに 公立の教師への同情が湧いてきた。(いじめ問題で先生=悪になっていた)
この記事を読むと、最近のプールは完全に電気コントロールされているらしく、昔のように大きな赤いハンドルでバルブを閉じたり開いたりするような単純なものではない。
教員は注水スイッチを入れただけのつもりが、いつのまにかろ過装置も同時に作動させてしまい、警報が鳴った。その警報音を止めようとして電気ブレーカーを落とした。すると電気制御されている注水止水の作動も出来なくなる。それに気づかない教員はその後注水スイッチを切った。しかし、電気が止まっているのでそのスイッチは作動せず注水したまま。教員は注水口を確認しなかったため、別の教員が気づく6日後まで水が出しっぱなしになっていたという事でした。
これを知って、馬鹿な教員だなと思った直後気づいた。
ちょっと複雑?このプール。たかが水入れたいだけなのに…こんな展開になってしまうなんて。
これって、これ専用に従事する人が必要なレベルなんじゃないかな~?
つまり、現在学校自体がいろいろ電化しているならば、いろんなシステム付いてくるし、複雑化してくるから、それに従事する人が必要なんじゃないかなと。
教師はこんなことまでやる必要ないと思うんですよね。
私立であれば雇ってると思います。
そう考えるうちにはたと感じたのは、公立の教師は税金をもらう労働者なのではないかということ。それはまるでプチ奴隷。
事実、記事によれば、教員と学校側のミスとされ損害賠償請求されています。税金では賄えないという事でしょう。その判決に尤もだという人もいますが「かわいそう」という声も上がり、皆さんどう思いますかと記事にまでなったという。
公務員のミスに税金払うな!で済ましていい問題なのでしょうか・・・
幸福の科学では、教師は本来聖職者ですと教わっています。
しかし宗教教育が行われない結果。教員が現状、この国でどう扱われているのか。
税金で働く労働者になっている。
志を持って教師になっても、そう扱われているうちに、そのようになってしまうのは必至なのではないかと思い始めています。
つまり「親が税金払っているのだからその子供たちをちゃんと教育しろ」と、どこか価値観の低い馬鹿親に常に言われているような気がしてくるのではないでしょうか。実際そう思う親は少なくないでしょう。しかしこれではまるで、安い報酬で勘違いしている人たちに使われているように感じ、人によっては、イジメに加担したくなったり、自分から進んでイジメる教師も出てくるはずだなと思い至りました。
この教員を可哀そうだという声が上がるならこう言いたいと思います。
教員は本来の志のままで仕事をしていただくべきですよね。税金使うなら敬える聖職者としていて存在していただきたくないですか?
そうなると国全体に宗教的概念が必要。
教員が税金で働く労働者でなくすには、これは教員だけではなく公の(本来)聖職者全員に言えることですけど、
国が宗教を持つ必要があるのではないでしょうか。