◆LGBT「理解増進」法案への反論
LGBTなど性的少数者に対する理解増進を目指す、いわゆる「理解増進」法案について、通常国会での成立が見送られました。
国会への提出が見送られた理由は、法案に「差別は許されない」という文言が入っていることで、「行き過ぎた運動や訴訟につながるのではないか」「自分は女性だと主張する男性が、女湯に入ることを要求するようなケースが生じかねない」といった逆差別が起こる懸念が出たためです。
◆「同性婚」を容認する風潮
幸福実現党は、自由や多様な価値観を尊重する立場であり、LGBTの人たちの自由や幸福追求権も尊重されるべきだと考えます。
ただし、それは法的規範や社会秩序を乱すところまで認めるべきではありませんし、LGBTの人たちの権利を拡大しすぎて、それ以外の人たちの権利を侵害するようなことがあってはなりません。
戸籍上は男性で女性として生きるトランスジェンダーの経産省職員が「職場の女性トイレの使用が制限されているのは不当な差別だ」と国を訴えた裁判で、今年5月、二審の東京高裁はトイレの使用制限は違法ではないとの判決を下しました。
女性の心を持ち、姿は女性であっても、やはり男性の体を持つ人が女性トイレに入れば、不快に思う女性も多いでしょう。
LGBTの権利をすべて認めれば、多くの女性に不快な状態を強いる「逆差別」も起こりかねず、判決は妥当なものと言えるでしょう。
さらに、心と体の不一致で深刻な悩みを抱えている人がいる一方、なかには「私は女性の心を持っている」と虚偽の主張をして、女子トイレに入り込む犯罪行為を行う男性がいたとしても、その判断は難しくなります。
また、今回の理解増進法案が国会で可決、成立した場合、同性婚の法制化に道を開きかねないという懸念もあります。
現在日本では、自治体レベルでは、同性カップルを結婚に相当する関係と認める「パートナーシップ制度」を導入しています。
現時点で100を超える自治体が導入していますが、同性婚は認められていません。
マイナビニュースが2015年に行った調査によると、同性婚に7割が賛成し、「個人の自由として尊重すべき」「いろいろな愛の形があってよい」という賛成意見がありました。
一方、反対意見としては「家制度の破壊になる」「子供が減る」「倫理観が日本には合わなさそう」といった声が上がりました。
海外では、アメリカやイギリス、フランスをはじめ28の国・地域で同性婚が認められており(2020年5月時点)、日本でも寛容になるべきだという考えが増えてきました。
しかし、この潮流に流されて本当に良いのでしょうか。少し踏み止まって考える必要があります。
◆同性婚は国力衰退につながる
そもそもなぜ、結婚という制度があるのでしょうか。
結婚は私的な関係であり、カップルのためのもの、という考え方があります。
一方、「家庭は社会の最小単位」と言われるように、そのはじまりとなる結婚は社会的な制度だとみなす考えもあります。
ドイツの哲学者、ヘーゲルは『法の哲学』において、「家族とは、普遍的で永続的な人格である」として、家族を形成することで、それまで欲望やエゴイズムに基づく個人の資産が、配慮を必要とする共同財産となり、倫理的なものへと変わるという趣旨のことを述べています。
また、子供は家族の資産で扶養され、教育される権利を持っているとも指摘します。
ヘーゲルの考えに基づけば、家族は、倫理観を身に着ける場であり、次の世代の子供たちを教育する公的な場であると言えます。
結婚は完全に私的な関係であるとみなすならば、同性婚もあり得るかもしれません。
しかし、公的な精神を身に着け、子孫を教育していく場として家族をとらえた時、同性婚に道を開くことには極めて慎重でなくてはなりません。
同性婚を認め、家庭制度が崩壊に向かえば、公共心や倫理の乱れ、そして子孫の減少によって、国力が弱まる可能性が高まります。
私たちは、LGBTの人たちが個人の幸福を追求することに反対しているわけではありません。気の合う同性で一緒に暮らし、支え合う関係を持つことはあってもよいと考えます。
ただし、結婚の法制化までは認めてしまえば、長い目で見て国力の衰退につながりかねないため、反対です。
◆LGBTの奥にある魂の真実
そもそもLGBTの問題について考えるには、魂の真実について考える必要があります。
幸福実現党は宗教政党として、霊的人生観に基づいて政策を考えています。私たちは「人間の本質は魂であり、永遠の生命を持って転生輪廻を繰り返している」という人生観を持っています。
長い転生の過程では、男性に生まれることもあれば、女性に生まれることもあります。たいていは生まれてくる前に自分の性別を自分で選びます。
そしてこの世における、数十年の人生で新しい個性を獲得します。このように、自分を成長させる「魂修行」の為に、人はこの世に生まれてきます。
ただし、長く男性の転生を経験した魂が、珍しく女性の肉体に宿ると、女性の体に違和感をおぼえたり、同性である女性に惹かれたりすることもあります。
その結果、LGBTと呼ばれる形で現れたりすることもあるわけです。
このような霊的真実を抜きにしてはLGBTの議論を正しく行うことはできません。
霊的真実から見れば、LGBTの人たちは決して「おかしな人」「特殊な人」ではありません。ただ、大切なことは、今世、与えられた性で生きることが、魂の向上になるということです。
また、一人ひとりの魂修行を応援する観点からも、LGBTの人たちへの行き過ぎた配慮や、結婚の法制化は慎重であるべきです。
世界の潮流に流されるのではなく、神仏の願いを知った上で、この問題を考えていきたいものです。
執筆者:瀧川愛美
http://hrp-newsfile.jp/2021/4096/