産経抄の1文で、ネットニュースの利用について自戒を新たにした。
1文は、MIT教授の著書「つながっているのに孤独」を引用する形で、『ネット上では違う意見や文化に触れる機会が少なくなる』との警鐘部分である。確かに自分でも、気になるニュースについて検索する場合、意に添うであろうタイトルを選んでクリックしていることに気付かされた。TVは放送法4条で不偏・公正が求められているために不十分ながらも賛否両論を放送し、新聞も極端な偏向報道を自制するために、好むと好まざるに拘わらず賛否両論を知ることができる。官製ニュースが無い自由社会でニュースの真実・本質の見定めは視聴者や読者の手に委ねられているために反対論拠にも耳を傾ける必要があるが、放送法の改正による4条廃止や報道資本の自由化が進めば、これまでマスメディアが担ってきた両論併記というシステムは崩壊するために、賛否両論を各人がネットで探して理解しなければならなくなる。イギリスのEU離脱が国民投票で決定したのは、離脱することでEU拠出金の全てが国内政策に転用できるとのフェイクニュースがネットで拡散したことが大きいとされている。現実には離脱交渉で明らかになったように離脱には拠出金に数倍する関税負担が必要となり、当初は論点とみなされなかったアイルランドとの国境問題には解決の糸口すら見出せず、更には北アイルランドの独立運動が再燃することすら懸念されている。このように、ネット上で心地よい主張をクリックすることは簡単であり、反対意見を検索する労力は放棄されがちになると思う。
日本でも憲法改正の手続きを定めた国民投票法の改正案が論議され、政党のCMやネット利用の拡大等が話題となっている。もし、自衛隊の廃止が国民投票に委ねられた場合、6兆円以上の防衛関係予算を社会福祉事業に転用すれば年金が現在の1.5倍になるというような主張がネットで拡散すれば、賛否に大きく影響するものと思われる。ネット上の主張は責任が無く国会論戦とは異なり反論することは不可能である。自分も、これからは気になるニュースについては、意に添わないであろうタイトルをクリックするようと思った一文であった。