もうチョットで日曜画家 (元海上自衛官の独白)

技量上がらぬ故の腹いせにせず。更にヘイトに堕せずをモットーに。

太田光氏の勝訴に思う

2020年12月22日 | 芸能

 爆笑問題の太田光氏が週刊新潮を訴えていた裁判の一審判決で太田氏が勝訴した。

 太田氏が父親の財力とヤクザの仲介で日大芸術学部に裏口入学したと新潮が報じたことに対して、記事の取り消し、謝罪広告掲載、損害賠償3300万円を求めたもので、判決では週刊新潮に440万円の支払いとネット記事の削除を命じて太田氏勝訴と判断している。裏口入学の真偽は不明であるが、週刊誌の取材と名誉棄損の判断についていくつかの疑問を感じた。
 報道された限りでは、匿名を希望する情報提供者の証言に対する裏付け取材が不十分であったとされているが、一般的には匿名の情報は確たる証拠も無いままに特定の個人や組織を貶めようとする意図を持ってなされることが多いのではないだろうか。更に今回の事案では、関係者の多くが鬼籍に入り反証の手段もほぼ無い時期になされたことはより悪質であるように思える。推測であるが、情報提供者が匿名を条件としたことは、裁判での証言拒否が前提であったであろうし、新潮にも報道界の鉄則である「情報源の秘匿」は何としても守る必要があることから、新潮の取材が根拠のない伝聞とされて敗訴したことは当然であるように思える。
 これまでも社会正義のために企業や政治家の不正を表沙汰にしたディープスロートは数多いが、彼等の多くが匿名で無く、匿名であったとしても確実な資料を提供している。やはり新潮には「売らんかな」「人気商売であれば反撃されないだろう」という、古い体質のまま漫然と紙面作りを続けた結果でしかないように思える。
 もう一点は、3300万円の損害賠償請求に対して支払額を440万円に減額したことである。
 報道では損害賠償請求となっていたが、この種の訴訟には逸失利益の賠償と名誉棄損に対する慰謝料請求が合わさっているのが一般的であり、判決後の太田市のコメントも、訴えた最大の理由は父親の尊厳を守ることにあったとしているので、慰謝料請求もあったのではと思っている。損害賠償請求のみであれば、太田氏の収入を基に減額したのはやむを得ないものかと思うが、もし、慰謝料請求が含まれていたならば、裁判所はどのような理由で減額したのであろうか。一般論であるが、名誉棄損に対する日本の慰謝料判断は極めて低いとされている。「尊厳の程度を金銭では評価できない」「無実であれば何時の日か尊厳は取り返せる」という日本独特の歴史的心情があるためか、名誉に対する金銭保証の考え自体が司法にも希薄であるため、週刊誌は書きたい放題であるように思われる。ペンの暴力、活字の暴力、報道の暴力は、時とし対象者の社会生活を一変させる効果があることを思えば、太田氏の請求は減額される以上に、新潮に対して懲罰的な増額を課してもおかしくないように思える。

 一般的に、刑法犯に対する判決は多くの場合検察の求刑を下回り、賠償請求でも減額され、上級審になればなるほどその程度は大きくなる。太田氏の例でも新潮は控訴するとしており、2審以降で罪が軽くなることを期待しているのかも知れない。これまでも幾度となく刑法犯の情状酌量の不透明・あいまいさを主張してきたが、名誉棄損に対する減額・酌量も考え直す必要があるのではないだろうか。そうでもしない限り、筆禍、舌禍は蔓延して、声高な主張だけが正義とされる住み難い世の中になってしまうような気がする。


中国の監視活動に思う

2020年12月21日 | 中国

 中国が、北朝鮮の瀬取り監視に当たる日米豪の艦艇に対して、監視のための艦艇を配備する現状が報じられた。

 中国が艦艇を配備する目的は、自国船舶の保護よりも瀬取り監視業務に対する牽制の意味合いが強いと報じられているが、敵対関係にある国の艦艇を監視する行動は冷戦時代から行われているもので、特に中国の行動が突出しているわけではない。
 米露対決の冷戦時代には、それぞれの洋上演習等に相手国の調査船が常時張り付いて、電子情報や戦術情報の収集に当たっていた。
 冷戦時代初期には監視のために駆逐艦等が使用されることが多かったようであるが、冷戦の長期化や観測船の増備等に伴って80年代以降では多くの場合、調査・監視船には武装を持たない観測船や特務船等が充てられて、偶発的な武力衝突が起きないようにするという節度・不文律があったように思っている。しかしながら中国の行う監視活動は、駆逐艦並みの武装を持ち人民解放軍の指揮下にある海警局艦艇が使用されていることから、監視活動以上の行動も辞さないことを示しているように感じられる。
 日本でも常続的に宗谷・津軽・対馬の3海峡に艦艇を配備して、ソ連艦艇の通過や軍需品の輸送等の情報収集を行っていたが、自分の現役時代には中国商船は監視対象とはされていなかったと記憶している。おそらく現在の主な監視対象は中国艦船であろうと推測しているし、そうであって欲しいと願うところである。監視衛星が飛び交う現在にあって、目視で監視することの意義は低下している思われがちであるが、積み荷の形状・乗員の数や服装、船名の書き換え、アンテナの形状・増減、武器の搭載など、衛星では把握できない情報も多いと思っている。
 警戒監視に当たる海上自衛隊員諸氏の活動に加え、新年を家族と離れたた洋上で迎えることに対して改めて敬意を払うものである。

 経験談・想い出を一つ。海峡監視に従事中、ソ連の外洋タグの情報収集の機会があった。ソ連の外洋タグは、表芸である故障潜水艦の曳航の他に、仮装情報収集戦としても活動しており重要な調査対象であったように思う。情報収集のため少なからぬ時間並走した後、分離・離脱する際に国際信号である「UW旗(安全なる航海を祈る)」をマストに挙げた。自衛艦(軍艦)からの旗流信号を受けたタグボートのブリッジは、ちょっとしたパニックで、大慌てに信号書のページを繰る姿が双眼鏡越しに見られた。数分の後、汽笛とともに船長と思しき人を含む数人がブリッジで手を振って謝意を伝えてきた。我々も汽笛と帽振れで答礼し反転した。多分時効であろうが、敵対関係にあ国の船舶に対して軍艦が不用意に信号を送るなど、許されないことであろう。案外に鷹揚で諧謔小咄を解するスラブ民族に対しであればニヤリて済まされることであろうが、漢族・朝鮮族には絶対に通じない行為では無いだろうか。 古き・良き時代の海上生活とお許しいただきたい。


堂林翔太選手にエール

2020年12月20日 | カープ・スポーツ

 今シーズン、我等のカープは5位に終わった。

 ブログの長期休載によってカープの総括をしていなかったので、プリンス堂林選手を絡めて打撃面を考えてみた。
 シーズン前半、カープが首位戦線に踏みとどまっていたのは、堂林選手が4割を超える成績を維持していたことと無縁ではないと思える。昨シーズン終了時における野球解説者の分析では、丸選手の抜けたセンター守備はカバーできたが3番の穴は埋められなかったとされた。さらに今シーズンは、3番打者不在に加えて田中・菊池両選手の打撃不振が加わり、打順を固定することができなかった。堂林選手は、シーズン当初の7番打者としては好成績を収めていたものの、鈴木選手以外の上位打線が振るわないことから、中盤以降は9番以外の全打順を日替わりで努めることとなった。それもあってか中盤以降は打率も徐々に下がり、シーズン終了時点では初めて規定打席に達っするとともに全てにキャリアハイの成績は残したものの、彼の能力とファンの期待からは更なる高みを示して欲しいと願うところである。ちなみに全打席における結果(%)を鈴木誠也選手と比較(鈴木/堂林で表記)すると、
三振:0.142/0.201
四球;0.140/0.092 となり、堂林選手が鈴木選手と肩を並べるためには、三振を27減らし四球を22増やす必要がある。なかなか難しい数字であるとは思うものの、堂林選手が一流となるためには是非挑戦して欲しい数字である。素人目で申し訳ないが、3-2と追い込まれた場合に外に逃げてボールとなる変化球の見極めさえ体得することと、殆どストレート系で取って来る中寄りのファーストストライクを積極的に打つことで実現可能であると思う。

 堂林選手の奮起は来シーズンに待つとして、今季のカープで特筆すべきは森下投手が新人王を獲得したことと、菊池二塁手が史上初となる無失策記録を打ち立ててリーグ特別賞を受賞したことである。菊池選手は、535回の補殺機会を無失策で処理したとされるが、ヒット性の打球を何度となく捕殺していることから通常の二塁手であれば捕殺機会とカウントされるのは500回に満たないであろうと思う。ゴールドグラブは8年連続で、ベストナインでもトリプルスリーの山田哲人選手と肩を並べている。
 残念ながら今季は新しい戦力が出てくることは無かった。坂倉捕手の出場機会が増えたことと、羽月内野手・宇草外野手の出場が目立った程度で内野ユーティリティの小園選手の姿を見ることも無かった。日本シリーズで巨人を4タテにした金満ソフトバンクほどには無理としても育成選手からのし上がってくる選手は出ないものだろうか。
 ともあれ、来季のカープの活躍を夢見ることとして、今年のカープ批評・応援を終了。


トム・クルーズの叱責に思う

2020年12月19日 | 芸能

 ハリウッドスターのトム・クルーズ氏が撮影スタッフを叱責・痛罵する音声が報じられた。

 叱責されたのは、最新作「トップ・ガン2」の撮影現場で密集を控えろというコロナ感染防止指示に反したスタッフを叱責するものであったが、音声の途中が擬音処理され翻訳テロップにもXXと表示されていたことから、放送コードにも抵触する語句を使用しているらしい。件の映画は中国資本が参加しており、台湾が中国の一部とするシーンがあることで話題に上ったが、更に中国コロナに起因することが報じられて、なにやらの因縁を感じるところである。閑話休題。
 叱責を伝えるタレントのMCが「俺がやったらパワハラでアウトだ」と述べていたように、日本であれば恒例の謝罪会見・説明責任で大きく取り上げられる事案であるように思われる。アメリカでは、上位者をファーストネームで呼ぶことは一般的であるために上下関係は緩やかであるように見られるが、組織の規律や効率維持に関しては日本とは比べ物にならない厳格さと非情な一面を持っているのではなかろうかと思っている。米海軍との限られた経験でしかないが、明らかに自分の過ちに起因する事象に関しては、雲突くような下士官が非力この上もない自分にも直立不動であったことや、米士官が下士官兵に罰直を課している場面を複数回経験している。この経験やトム・クルーズ氏の行動からアメリカ社会では、業務を任されたのは自分にそれを遂行できる能力があると評価されたからであり、遂行できなかったのは、命令者の期待を裏切った、自分の能力・努力が不足していたという「アメリカ流の恥」の意識があるのではと考えている。
 一方、日本の恥は世間という不特定の対象に向けられることが多く、叱責場面の音声が暴露された結果パワハラと酷評された豊田真由子議員と明石市長の例を見ると、叱責された豊田議員秘書や明石市役所職員は単に職責を果たせなかった力量・努力不足を叱責されたものであることを思えば、日本では職責を果たせなかった自分の力量不足を恥じるという感覚は薄いように感じられる。

 トム・クルーズ氏の事案では、スタッフが属しているであろうユニオン(組合)からの反発・抗議もなく、SNSでもトム・クルーズ氏を称賛する反応が伝えられている。音声データ流出についても、先に挙げた日本の例では「お涙頂戴」的なニュアンスが強いが、今回の場合は「パパラッチ的」「宣伝的」な匂いの方が強いのは、叱責されたスタッフや流出させた人は、このことで世論が湧くことは期待してもスタッフ擁護・クルーズ氏叩きにはならないことを知っているものと思う。日本ではパワハラ・モラハラの全てを「やった方が悪い」と結論付ける風潮が蔓延しているが、やられた方も被害者であると同等に加害者であるとの認識、アメリカ流の恥を知るべき時期ではないだろうか。


コンポスト埋葬を知る

2020年12月18日 | 社会・政治問題

 コンポスト埋葬なる言葉を知った。

 コンポスト埋葬とは遺体を火葬や土葬に依らず、堆肥(堆肥)として再生?させるもので、既に2019年にはアメリカのワシントン州法で認可されるとともに同州内には民間のコンポスト葬の企業施設が営業されているらしい。
 人間コンポストは、火葬のように大量の二酸化炭素を放出せず、土葬による土壌への有害物質の溶け出しなども防ぐことができるなど、時代に合わせたエコ&フレンドリーな埋葬法であるとされており、義肢、ペースメーカー、インプラントなどの人体以外の物質は堆肥になった時点でふるい分けられ、可能なものは再利用に回され、最終的に遺体は750㍑ほどの堆肥になるとされていた(アト販売?)。
 日本でもエコや生ごみ焼却に伴う二酸化炭素排出抑制を心掛ける人は生ごみを堆肥に変える努力をされ、各自治体も助成金を出して奨励することは知っていたが、外国では遺体にまで及んでいることに驚いた。特に、一部の教派が火葬すら忌避するキリスト教社会のアメリカが先鞭をつけたことを考えると、将来的には死に際して、堆肥となるかサプリメント(脚注)になるか遺言するようになるのかも知れない。
 輪廻転生や霊魂を信じない自分にとって死は無になることで、遺体がどのように処分されても一向に気にならないが、風習や宗教観を考えればコンポスト埋葬が世界基準になるのは、まだまだ遠いとも思える。
 遺体が堆肥になるためにどのくらいの期間が必要なのだろうかと調べて見たが、良く分らなかった。さらには生ごみが堆肥になるまでの凡その期間もネット上には見当たらないので、生ごみの状態や自然環境や撹拌等の諸要因によって大きく違うのだろうと思われる。また、コンポスト用品として腐敗促進材や促進菌、消臭剤も販売されているので、エコ活動にも結構な時間と手間と経費がかかるように思われる。

 北方水滸伝では、李逵と武松が敵の死体を切り刻んで肥溜めに放り込んで肥料にする場面があるが、フィクションで無くなる日も来るのだろうと思うものの、未だ帰還できない大東亜戦争の兵士、北朝鮮に拉致された人々、アウシュビッツで・カチンの森で・ポルポト虐殺で、集団投棄された遺体の例を考えれば、少なくとも由来と行く末が明らかなコンポスト埋葬は「有り」かも知れない。

 (注)映画「ソイレントグリーン」では、政府が食糧危機解決のために遺体を代用食に加工して配給する。