爆笑問題の太田光氏が週刊新潮を訴えていた裁判の一審判決で太田氏が勝訴した。
太田氏が父親の財力とヤクザの仲介で日大芸術学部に裏口入学したと新潮が報じたことに対して、記事の取り消し、謝罪広告掲載、損害賠償3300万円を求めたもので、判決では週刊新潮に440万円の支払いとネット記事の削除を命じて太田氏勝訴と判断している。裏口入学の真偽は不明であるが、週刊誌の取材と名誉棄損の判断についていくつかの疑問を感じた。
報道された限りでは、匿名を希望する情報提供者の証言に対する裏付け取材が不十分であったとされているが、一般的には匿名の情報は確たる証拠も無いままに特定の個人や組織を貶めようとする意図を持ってなされることが多いのではないだろうか。更に今回の事案では、関係者の多くが鬼籍に入り反証の手段もほぼ無い時期になされたことはより悪質であるように思える。推測であるが、情報提供者が匿名を条件としたことは、裁判での証言拒否が前提であったであろうし、新潮にも報道界の鉄則である「情報源の秘匿」は何としても守る必要があることから、新潮の取材が根拠のない伝聞とされて敗訴したことは当然であるように思える。
これまでも社会正義のために企業や政治家の不正を表沙汰にしたディープスロートは数多いが、彼等の多くが匿名で無く、匿名であったとしても確実な資料を提供している。やはり新潮には「売らんかな」「人気商売であれば反撃されないだろう」という、古い体質のまま漫然と紙面作りを続けた結果でしかないように思える。
もう一点は、3300万円の損害賠償請求に対して支払額を440万円に減額したことである。
報道では損害賠償請求となっていたが、この種の訴訟には逸失利益の賠償と名誉棄損に対する慰謝料請求が合わさっているのが一般的であり、判決後の太田市のコメントも、訴えた最大の理由は父親の尊厳を守ることにあったとしているので、慰謝料請求もあったのではと思っている。損害賠償請求のみであれば、太田氏の収入を基に減額したのはやむを得ないものかと思うが、もし、慰謝料請求が含まれていたならば、裁判所はどのような理由で減額したのであろうか。一般論であるが、名誉棄損に対する日本の慰謝料判断は極めて低いとされている。「尊厳の程度を金銭では評価できない」「無実であれば何時の日か尊厳は取り返せる」という日本独特の歴史的心情があるためか、名誉に対する金銭保証の考え自体が司法にも希薄であるため、週刊誌は書きたい放題であるように思われる。ペンの暴力、活字の暴力、報道の暴力は、時とし対象者の社会生活を一変させる効果があることを思えば、太田氏の請求は減額される以上に、新潮に対して懲罰的な増額を課してもおかしくないように思える。
一般的に、刑法犯に対する判決は多くの場合検察の求刑を下回り、賠償請求でも減額され、上級審になればなるほどその程度は大きくなる。太田氏の例でも新潮は控訴するとしており、2審以降で罪が軽くなることを期待しているのかも知れない。これまでも幾度となく刑法犯の情状酌量の不透明・あいまいさを主張してきたが、名誉棄損に対する減額・酌量も考え直す必要があるのではないだろうか。そうでもしない限り、筆禍、舌禍は蔓延して、声高な主張だけが正義とされる住み難い世の中になってしまうような気がする。