少し日が経ちましたが今月の14日は赤穂浪士討ち入りの日でした。
現代の忠臣蔵は史実に即し、そして浅野内匠頭や大石内蔵助ら浪士たちの個人パーソナリティーの物語として取り上げられることが多い。
これはこれで近代的なやり方です。
しかし室町時代初期の出来事に置き換えられている歌舞伎の忠臣蔵では事情が変わります。
特に注目したいのが冒頭。
浅野内匠頭や浪士は新田義貞の流れとして設定されています。
新田義貞と言えば尊皇の忠臣。
個々人としての「赤穂浪士」でなく文字通りの「忠臣」蔵です。
尊皇は幕末になって過激な志士が急に思いついたものでなく、もっと以前からしかも庶民レベルで流れが生まれていた。
忠臣蔵、こうとらえ直してもいいのでは?
現代の忠臣蔵は史実に即し、そして浅野内匠頭や大石内蔵助ら浪士たちの個人パーソナリティーの物語として取り上げられることが多い。
これはこれで近代的なやり方です。
しかし室町時代初期の出来事に置き換えられている歌舞伎の忠臣蔵では事情が変わります。
特に注目したいのが冒頭。
浅野内匠頭や浪士は新田義貞の流れとして設定されています。
新田義貞と言えば尊皇の忠臣。
個々人としての「赤穂浪士」でなく文字通りの「忠臣」蔵です。
尊皇は幕末になって過激な志士が急に思いついたものでなく、もっと以前からしかも庶民レベルで流れが生まれていた。
忠臣蔵、こうとらえ直してもいいのでは?