お昼の休憩が終わり、フロアへ顔を出すと、一人だけまだ食事中の御婦人がいた。
ここ最近の彼女の傾向だが、目が開かず眠ったように食べている。
昨日は口が動いているだけ良い方だった。
段々と日を追うにつれ身体が硬直状態になり、手足は特に動かなくなってきている。
10カ月前と今では歩行介助も支援者にかかる体重、力がぐっと増してきた。
座っている状態でもほんの数秒離れると、(食事介助に当たるのは二人の介護士のみ。二人で9人の利用者様を見守る)仰向けになることも。
横向きに寝たまま倒れるのであれば、まだ良いが、仰向けは誤嚥になりそうで怖い。
しっかり「どれを食べましょうか」と聞くと、「おかずにしましょうかね」と返答され、完食されていた半年程前までと比べると、身体能力も、受け答えも、認めたくはないけれど…うん、最初に出逢った頃の方が心身共にずっと元気だった。
腕を支えれば、まだ どうにか途中まで上がる。
箸を持って頂き、ギリギリ口元まで運ぶこともできる。
ぽろっとおっこちてしまう事も多い。
完全に眠ってしまっている場合は厳しいが。
口の中に食べ物をためたまま全く噛まない、飲み込みも難しくなってきている。
喉の筋力も衰えてくるんだろうな…と素人なりに喉元を哀しい気分で見つめていたり、、、利用者さんは他にもいらっしゃるので、ハッと我に返るが。
そんな最近の御婦人。
昨日の昼食も眠ったように食べていたが、(休憩から戻って最後の方しか介助をしていないが)口は動かしていた。
でも、声かけしても相変わらず目は開かなかった。
約30分後。他のスタッフによる口腔ケアが終わってソファに座っていたご婦人の顔を覗きこむと、目が半開き状態になっていた。
「**さん?」
声をかけると瞼(まぶた)が反応し、両目の焦点が自分と合った。
あ、今だ!
と、咄嗟に思った私は、「何だかお久しぶりですね」と言ってしまった。
毎日、お会いしているのに。(馬鹿!)
表情は乏しかったが、目が開いている!
反応もわずかながらある!
「本でも読みましょうか?」
と尋ねてみる。
「はい」
と、かすかな声で答えられた。
取り出したのは、「昔話:お笑い版」
いくつもの笑い話が一冊に収められている。
イラストもユニーク。
ご婦人の片手に本を持って頂き、(硬直がひどい方の手だったが、どうにか持てた!)私も片方の本を持って支えたまま、ゆっくり読み始めた。
一話。
また一話。
「面白かったですか?**さんも わらじを編んだこと、ありますか?」
「ありますよ」
そういうと、大きく描かれた「わらじ」のイラストを目で追っている!
段々と目の動きも活発になる。
表情も豊かになってくる。
赤ちゃんに読み聞かせ効果があるのと全く違わないんだ~と甥っ子の育児をしていた頃を思い出し、嬉しくなった。
生後数カ月で喋れない赤ちゃんも、ちゃんと「声」を聴いている。
喋れるようになった時期、「穴が空いたレンコン!」と本物のレンコンをキッチンで見て、はっきりと言った2歳の甥っ子と重なる。
嬉しいことだ。
調子に乗って、どんどん読んでしまい、他の利用者さんと殆ど関われなかったけど、今回は…。
出逢った頃のように利用者さんに表情が戻ってきて、ほんと、こんなに色々とお喋り出来たのは数カ月ぶりのような気がする。
最近は起きてはいても、会話というよりは受け答えは、「はい、いいえ、行きません、寝ます、痛くないです」この程度だったから。
「本を読むのは好きですか? 先生だったんですものね。たくさん本も読んだでしょう?」
と聞いてみると、な~んと!
「書く方もいいですね」
と、言ったのだ!
「書く方? もしかして、**さん、物語を書いたりしていたのですか?」
「はい」
と笑顔。
「たくさん書きましたか?」
「いえ、たくさんではないけれど、いくつか書きました」
「童話とか・・・?」
「そうね」
「娘さん達が幼い頃、ご自身で書かれた童話を寝る前などに、こんな風に読み聞かせをしていましたか?」
「そうね・・・」
そういうと、ぽお~っと顔が赤くなり、ほほ笑んでいるので、昔を思い出して嬉しいんだ!
と喜んだ。
「ありがとう
」って目を合わせて仰って下さったから!
それもつかの間。
見る見るうちに涙目になり、泣いてしまった。
次に聞いた言葉は、
「すみません」だった。
一瞬、言葉にならない私。
「そっ・・・そんな。謝られるようなことは何も無いから…」
(泣かせてしまった)
「…もう、本を読むのは終わりにします…か?」
コクン、と頷くご婦人。
何となく、涙で終了というのも・・・だから最後にもう一話だけ、短い物を読むことにした。
私が読み終える頃にはご婦人も涙が止まり、耳を傾けていてくれた。
「じゃ、おしまい」
最後は、にっこり。
良かったー。
向かい側のソファに座って、うたた寝していた他のご婦人に声をかけ、エプロンを一緒にたたんでいる間も。
先程のご婦人は、ずっと うっすらと笑みを浮かべたまま、こちらを見ている。
久々のほほ笑み。
その後、休憩から戻った直後のスタッフも、「あ! 目が開いてる!」と声をかけ、歌を歌っていた。
また、嬉し泣き(だよね!)していた。
記録上、「感情失禁」の項目に記載される出来ごとも、誰の身にも日常的に起こっていること。
感情を抑えることが出来る内は、なるべく人前では泣かないようにするけれど。
認知症になっても、感情や心は失われない、と当たり前のことが言われる。
当たり前だけど、「訪問ボランティア」や社会福祉協議会から派遣される「社会福祉士」でない限り、一人ひとりの利用者さんと、「ゆっくりお話をすることが目的」で、それに専念できる施設の環境って、現実的には厳しいなって感じる。
どう関わったらいいのか、眠ってばかりいると特に分からない時もある。
つい、(あ、眠ってる。そっとしておこう今は)と他の利用者さんの所へ足が向いてしまったり。
出逢った頃は、誰がどういう感じだとかって、何も先入観が無いから、とりあえず皆に話しかけていたっけ。
「長くなること」は良いことばかりではないなぁ。
・・・とはいえ、10カ月では経験も浅い。
介護技術もまだまだ。
「人として」立派どころか、(年齢ばかり重ねているわりには)未熟な所が多い。
人生の先輩である利用者さん達に、教えて頂くことがいっぱい。
気付く、気付けないは自分次第。
南店長もクリーンネスの日、朝礼で独り言のように呟いていたっけ。
「
初心…ね。初心!」
遅番勤務へ行ってきます


すず
ここ最近の彼女の傾向だが、目が開かず眠ったように食べている。
昨日は口が動いているだけ良い方だった。
段々と日を追うにつれ身体が硬直状態になり、手足は特に動かなくなってきている。
10カ月前と今では歩行介助も支援者にかかる体重、力がぐっと増してきた。
座っている状態でもほんの数秒離れると、(食事介助に当たるのは二人の介護士のみ。二人で9人の利用者様を見守る)仰向けになることも。
横向きに寝たまま倒れるのであれば、まだ良いが、仰向けは誤嚥になりそうで怖い。
しっかり「どれを食べましょうか」と聞くと、「おかずにしましょうかね」と返答され、完食されていた半年程前までと比べると、身体能力も、受け答えも、認めたくはないけれど…うん、最初に出逢った頃の方が心身共にずっと元気だった。
腕を支えれば、まだ どうにか途中まで上がる。
箸を持って頂き、ギリギリ口元まで運ぶこともできる。
ぽろっとおっこちてしまう事も多い。
完全に眠ってしまっている場合は厳しいが。
口の中に食べ物をためたまま全く噛まない、飲み込みも難しくなってきている。
喉の筋力も衰えてくるんだろうな…と素人なりに喉元を哀しい気分で見つめていたり、、、利用者さんは他にもいらっしゃるので、ハッと我に返るが。
そんな最近の御婦人。
昨日の昼食も眠ったように食べていたが、(休憩から戻って最後の方しか介助をしていないが)口は動かしていた。
でも、声かけしても相変わらず目は開かなかった。
約30分後。他のスタッフによる口腔ケアが終わってソファに座っていたご婦人の顔を覗きこむと、目が半開き状態になっていた。
「**さん?」
声をかけると瞼(まぶた)が反応し、両目の焦点が自分と合った。
あ、今だ!
と、咄嗟に思った私は、「何だかお久しぶりですね」と言ってしまった。
毎日、お会いしているのに。(馬鹿!)
表情は乏しかったが、目が開いている!
反応もわずかながらある!
「本でも読みましょうか?」
と尋ねてみる。
「はい」
と、かすかな声で答えられた。
取り出したのは、「昔話:お笑い版」
いくつもの笑い話が一冊に収められている。
イラストもユニーク。
ご婦人の片手に本を持って頂き、(硬直がひどい方の手だったが、どうにか持てた!)私も片方の本を持って支えたまま、ゆっくり読み始めた。
一話。
また一話。
「面白かったですか?**さんも わらじを編んだこと、ありますか?」
「ありますよ」
そういうと、大きく描かれた「わらじ」のイラストを目で追っている!
段々と目の動きも活発になる。
表情も豊かになってくる。
赤ちゃんに読み聞かせ効果があるのと全く違わないんだ~と甥っ子の育児をしていた頃を思い出し、嬉しくなった。
生後数カ月で喋れない赤ちゃんも、ちゃんと「声」を聴いている。
喋れるようになった時期、「穴が空いたレンコン!」と本物のレンコンをキッチンで見て、はっきりと言った2歳の甥っ子と重なる。
嬉しいことだ。
調子に乗って、どんどん読んでしまい、他の利用者さんと殆ど関われなかったけど、今回は…。
出逢った頃のように利用者さんに表情が戻ってきて、ほんと、こんなに色々とお喋り出来たのは数カ月ぶりのような気がする。
最近は起きてはいても、会話というよりは受け答えは、「はい、いいえ、行きません、寝ます、痛くないです」この程度だったから。
「本を読むのは好きですか? 先生だったんですものね。たくさん本も読んだでしょう?」
と聞いてみると、な~んと!
「書く方もいいですね」
と、言ったのだ!
「書く方? もしかして、**さん、物語を書いたりしていたのですか?」
「はい」
と笑顔。
「たくさん書きましたか?」
「いえ、たくさんではないけれど、いくつか書きました」
「童話とか・・・?」
「そうね」
「娘さん達が幼い頃、ご自身で書かれた童話を寝る前などに、こんな風に読み聞かせをしていましたか?」
「そうね・・・」
そういうと、ぽお~っと顔が赤くなり、ほほ笑んでいるので、昔を思い出して嬉しいんだ!

「ありがとう


それもつかの間。
見る見るうちに涙目になり、泣いてしまった。
次に聞いた言葉は、
「すみません」だった。
一瞬、言葉にならない私。
「そっ・・・そんな。謝られるようなことは何も無いから…」
(泣かせてしまった)
「…もう、本を読むのは終わりにします…か?」
コクン、と頷くご婦人。
何となく、涙で終了というのも・・・だから最後にもう一話だけ、短い物を読むことにした。
私が読み終える頃にはご婦人も涙が止まり、耳を傾けていてくれた。
「じゃ、おしまい」
最後は、にっこり。
良かったー。
向かい側のソファに座って、うたた寝していた他のご婦人に声をかけ、エプロンを一緒にたたんでいる間も。
先程のご婦人は、ずっと うっすらと笑みを浮かべたまま、こちらを見ている。
久々のほほ笑み。
その後、休憩から戻った直後のスタッフも、「あ! 目が開いてる!」と声をかけ、歌を歌っていた。
また、嬉し泣き(だよね!)していた。
記録上、「感情失禁」の項目に記載される出来ごとも、誰の身にも日常的に起こっていること。
感情を抑えることが出来る内は、なるべく人前では泣かないようにするけれど。
認知症になっても、感情や心は失われない、と当たり前のことが言われる。
当たり前だけど、「訪問ボランティア」や社会福祉協議会から派遣される「社会福祉士」でない限り、一人ひとりの利用者さんと、「ゆっくりお話をすることが目的」で、それに専念できる施設の環境って、現実的には厳しいなって感じる。
どう関わったらいいのか、眠ってばかりいると特に分からない時もある。
つい、(あ、眠ってる。そっとしておこう今は)と他の利用者さんの所へ足が向いてしまったり。
出逢った頃は、誰がどういう感じだとかって、何も先入観が無いから、とりあえず皆に話しかけていたっけ。
「長くなること」は良いことばかりではないなぁ。
・・・とはいえ、10カ月では経験も浅い。
介護技術もまだまだ。
「人として」立派どころか、(年齢ばかり重ねているわりには)未熟な所が多い。
人生の先輩である利用者さん達に、教えて頂くことがいっぱい。
気付く、気付けないは自分次第。
南店長もクリーンネスの日、朝礼で独り言のように呟いていたっけ。
「

遅番勤務へ行ってきます



すず