『読書の秋にお勧めの小説は?』というお題ですが、小説であれば、この秋、読んで面白かったのは、先週の記事でも取り上げた『誰か』『パーフェクト・ブルー』『心とかすような』いずれも宮部みゆきさんの初期の小説です。
小説ではないのですが、この世に文字があることに心から感謝したいと、改めて思った書が今、ここにあります。2000年以上も時を超え、古代ローマへ心が飛んでしまうという体験をさせてくれた、ユリウス・カエサルが書いた『ガリア戦記』
ラテン語では、CommentarⅡ DE BELLO GALLICO
作者名は、C.IULII CAESARIS
新訳は、中倉玄喜 (翻訳・解説)
カエサルの友人でもある弁護士、キケロが(翻訳者は哲学者と言っています)「口から出ようと、文字で書かれようと…素晴らしい」と、あれだけ絶賛していたカエサルによる手記、『ガリア戦記』を遂に見つけたのです! この時の驚きと感激といったら、もう~ 気分は最高潮でしたね。
翻訳者による歴史的背景が簡単に説明されているので、カエサルが生きていた時代のローマについて全く知らない人でも、無理なく楽しめると思います。実際のカエサルによる『ガリア戦記』の中に、『ローマ人の物語』の著者である塩野七生さんが使用した図が掲載されていました。翻訳者の中倉さんも、塩野さんの『ローマ人の物語』を読まれているのだなぁ、と。そんな思いがけない発見も!
塩野さんの43巻からなる著書にも大いに感動したのですが、こちらは2000年以上も昔、実際に戦場にいて、ガリア(現フランス)のいくつもある部族の戦術、内情、かけひきetc…カエサル自身が見聞きしたこと、日々体験したことが簡潔に、誰にでも分かる言葉で綴られているのです。リアルタイムの戦場手記。それなのに、ローマ軍、ガリア側、どちらにも中立な立場で書かれた歴史書。ローマ軍が非戦闘員を奴隷にしたことや、勝利品として湖の底に沈んだ貴金属を持ち帰ったことまで…(ちなみにガリー人、フランス人の先祖達は、宗教的な儀式として金などを湖に投げ入れていたようですが、当時からお洒落だったようです) ローマ軍が犯した悪事まで包み隠さず?記されているのです。もし、徳川家康に『戦国記』(?)なるものを書いてもらったとしたら、このように中立的な戦記となるだろうか…???などと、ちらっと思ってしまった私。 「カエサルは…」と、カエサル本人が書いているにもかかわらず、三人称で語られる点も、中立性を際立たせています。そして、何よりも分かりやすく簡潔な文章! 印象に残っている箇所を一つあげると…
『戦争における運の介在を心得ていたカエサルは、わずかの危険も冒すべきではなかったのだとして、前哨(ぜんしょう)や守備のための大隊を外へ出したことを責めたが、それ以外は苦言をひかえた。
戦争では、多くの場合、運がものをいう。敵の突然の出現もそうだが、敵を堡塁や陣門から駆逐できたのも、あるいはそれ以上に運のなせる業である。』(2010年PHP研究所発行 「ガリア戦記」362ページ6行目~10行目から抜粋)
カエサルは7巻まで書いているのですが、ご存知の通りローマ人によって殺されてしまう訳で… 8巻は、ガリア遠征にしたがったカエサルの友人、アウルス・ヒルティウスによって書かれています。彼は相当な覚悟をもって、8巻を書くことを引き受けたようで、序文には、以下のように記されています。興味深いので抜粋します。
『たしかに、彼の戦記ほど、見事な簡潔さをもって著わされたものは他にありません。そもそもカエサルがこれらの書き物を公にした動機は、あれほどの出来事に関して、歴史家が知識を欠くことがないようにとの考えからでした。ところが、それはそのままで世の絶賛を博し、歴史家に著述の機会を与えるというより、むしろその機会を奪う結果となったのです。
しかし、我々の感嘆の念は、それ以上のものです。なぜなら、われわれは、世間が認めているその見事な出来栄えのほかに、それが易々と一気に書かれたものであることも知っているからです。実際、かれには、簡潔で品格のある文章を書く技量だけでなく、そのうえ、自分の考えを容易かつ明瞭に伝えることができる能力がありました。』(452ページ3行目~10行目)
ローマ市民が遠く属州のガリアで起こった戦記を夢中になって読みあさっている様子が何となく想像出来てしまいます。勿論、歴史家もキケロも。そしてのちの世に生まれた、あらゆる時代の歴史家たちも。これを書いたカエサル自身は、まさか2000年以上も後の時代を生きる人々にも読まれ続けることになろうとは! 全く予想も出来なかったでしょうけどね。 トルストイの「戦争と平和」を読んでいる最中も似たようなことを思ったっけ。ただ、今回の方が遥かずーっと先まで時代を遡ることになるけれど。
文字を編み出した人類、そして印刷機を発明したガリアの更に先、いや奥地で、(カエサルの言葉を借りるなら)「毛皮のみをまとい、ほぼ裸で生活していた…」後のドイツ人にも感謝しつつ…
一生に一度は読みたい、お勧めの一冊です。