今年度は〇〇ハイツで行われる障がい者スポーツ大会に皇太子殿下をお迎えすることとなった。こんな田舎の町内会ではあるが、これより先、10年前に行われた際には、天皇を迎えており、我が町内にとっては、2度目の大役だ。前夜祭として、地元の子供たちと皇太子殿下が〇〇公民館にて、直接、触れ合う機会も我が町内に回ってきた。
町内会長は、総監督として、特に頭のキレがよく、瞳もキラキラ光っていることから、親しみを込めて、「
キラ爺さん💕」と町民たちから呼ばれている副会長を指名。
では、現場責任者は誰にするか…❓ 町内の各組に、それぞれ体育委員がいるのだが、そのの中でも、特に経験がある浅野さんを現場責任者に抜擢した。 なんといっても彼は、10年前にも同じ任務を遂行しているのだから。 今回も、会場の準備と料理の手配をお願いしたのだ。 まぁ、全体の流れは10年前と変わらないから、つつがなくやってくれるだろう…と。
ところが、ちょっと気になる噂が町内会長の耳に入った。浅野さんには、各組の体育委員もサポート役として付いている。彼一人で準備するわけでもなく、10年前と同じように、 体育委員全員で協力して任務を遂行すればよいだけのことだが、中にはおふざけが好きな者もいる。
「料理は精進料理。畳は変えずとも良い、皇太子殿下をお迎えする日は正装ではなく、普段着で、ということになっている」
と、浅野さん… 現場総監督に、戯けを耳打ちした者がいるらしいが、
そんな者が言うことを本気にするほど浅野さんも馬鹿ではない。(…筈だ。)
いよいよ当日がきた。
式典の総責任者であり、総監督という大役を控えた副会長、通称、キラ爺さまは、少し緊張気味のようだ。そんなキラ爺さまと、体育委員の一人である自分は、公民館の松の廊下の手前で、立ち話をしていた。
「大丈夫ですよ! 現場監督は経験者ですし、浅野さんなら、きっちりやってくれますよ。畳も料理もバッチリ。あとは、皇太子殿下をお迎えするのみですね」
私はそういうと、自分自身の緊張をほぐす意味もあり、無理に笑ってみせた。 キラ爺さんは、ご高齢なので、少し疲れた様子だったが、本番を目前にして、そんなことも言ってられないと思ったのだろう、気を引き締めようと、姿勢を正すと、「君の言う通りだね」とほほ笑んだ。
…と、その時、背後から何者かがキラ爺さま目掛けて突進してきた。驚いて振り返った我々二人。だが、一瞬のことで、一体、何が起こったのやら、最初は分からず立っていた。気が付くと、キラ爺さまが、しゃがみこんでいる。相手の男は小刀を手にし、無抵抗のキラ爺様に、更に襲い掛かろうとしていた。
はっと、我に返った自分は、慌てて男を抑えつけた。 騒ぎを聞きつけた他の体育委員や待機していた子供たちも集まってきた。
どうやらキラ爺さまは、背後から最初に肩を斬りつけられたようだ。すると、今度は驚いて振り返ったキラ爺様の烏帽子に斬りつけてきた。再び、烏帽子から顔面に斬りつけた男。その時、キラ爺さまは怪我をしたが、言葉もなく、しかも背後からいきなりの斬りつけに呆気にとられた。
そこへ警察が駆けつけてきた。唯一の目撃者である自分が真っ先に事情聴取。一方的な斬りつけであったこと。少なくとも、キラ爺さまが、浅野さんから恨みを買うようなことは、一切なかったこと。烏帽子には鉄が入っており、本気で殺そうと思えば、烏帽子を斬りつけるのではなく、携帯した小刀で「切る」ではなく、「突く」であろう、あれではヘルメット目掛けて斬りつけるようなものだ、などと、武家のようなことを申し上げた。浅野さんの行動は、正気の沙汰とは思えない。恐らく統合失調症ではなかったのか?
すると、警官は叫んだ。
「喧嘩両成敗だ!」
「それって、オカシイでしょ! 一方的に浅野さんがキラ爺さまに、斬りつけてきたんですよ!」
「一般的に言われているイジメ、とやらだって、正常な頭で考えたら、あり得ないでしょ! だって、浅野さん、17歳で全く同じ役目をしてるだから!」
「綱吉会長の顔はつぶされ、総監督のキラ爺さまも、浅野さんを任命したからには罪を免れない。どうせなら、皇太子殿下をお迎えした後に 事件を起こせば良かったものの…いや、違うか。いずれにしても、大事な日に こんなことをやらかして… 江戸時代なら、即日斬首だな! 切腹は甘い!」
しかし、自分の言い分は全く相手にされないばかりか、浅野さんは偉い人!という認識がのちの世では広がっている。なんてことだ。
取り合えず、日記に記しておくことにした。警官も世論とやらも、一体、どうなっているのやら?
続く…