この所の数年、ご巡幸道路は何処か?に拘ってあちこち
歩き回ってきたが、入り口は巷間伝えられるメガネ橋では
なく、碓氷湖北端であると思いつつある。
それに有利な資料を又発見した。
「萩原進著・碓氷峠」(歴史と風土9)P-56に載っている地図。
どう見ても爺イの辿った荒れ道がご巡幸道路とされている。
まあ、だからどうって言う事でもないが、何となくすっきり。
良い正月になりそうだ。 . . . 本文を読む
今年最後のハイキングは吉井・藤岡境にある小梨山。この山への標準コースは
北の吉井からでも南の藤岡側からでも関東ふれあいの道を使っての小梨峠経由。
爺イは何れも経験しているので今日は新コースの開拓と「やまいたち」さんからの
情報で知った、峠近くの岩場のロープが摺れきれているらしいのでその取替え。
セキチューで12ミリアクリル赤白ロープを10㍍仕入れて吉井の小梨橋へ。
吉井町発行の「吉井町3」地形図を . . . 本文を読む
十日間も山行きを休止していたが、再び再開。気温上がらずの予報なので
完全な冬支度で吉井へ向う。本日は朝日岳一周の予定。
普通、朝日岳には谷沢橋先を右折した個人墓地脇からの南コースを往復するが
爺イのお楽しみは「料亭・やじま」北側から登って北峰、南進して朝日岳、
そこから北西側の甘楽・田口への西コースを下るもの。71号線で住吉神社、
何時もの通り境内の東谷渓谷看板前に駐車させてもらって出発(11.1 . . . 本文を読む
天引城址関連の記録を集めてみた。
*「甘楽郡史」より引用
天引城は大字天引村の東部にあり、羊太夫が砦を構えし所と言う。されど千余年
の星霜を経たれば、今や砕かれたる。少しばかりの礎、巌に残る胸壁の跡らしき
もの、空しく往昔の面影を留めるのみ、国破れて山河あり、城春にして草木深し。
*「新屋村その史話と名物」より引用
「8世紀、羊太夫なる者、八束村に居住せしが望楼として天引村に城山を築き、
物見の先 . . . 本文を読む
「極楽とんぼ」さんの遭難事故で気が滅入っている。故人の歩き方がきっちりした
登山道と言うより、目標を決めて尾根を辿ると言う事が多いらしいので、爺イがナビで
コース設定して藪を掻き分けて行く事と類似があるから。今から思い出せば
今年もヒャッとする場面も多かったし、小滑落も何度かある。里山でも危険個所が
あるので単独行の爺イは少し腰が引けてきた。
今月はゴルフや雑事ですっかり山行きが途絶えているが、猟 . . . 本文を読む
今冬の里山第一弾は「牛伏山岳会」さんの本拠・牛伏山と「まちすい」整備の
八束山へ、wassyさんにも敬意を表して。
小春日和の中を吉井ドリームセンター駐車場へ。早くも満車に近いほど、入場者が
集まっている。一寸気兼ねしつつの支度もそこそこに出発(10.41)。
車道を横切って木段を登って取敢えず小公園を経て少し吉井側に戻って北登山口。
ダラダラ登りで西南に向い竹薮を抜けると、やがて林道(八束沢 . . . 本文を読む
さて、歴史先生氏と別れて次の八束山に向うため、下り専用道路を下る。
こんな道標もあるのだから歩く人も居るかもしれないが、傾斜がキツイので
麓から2.6kも登ってくるのは大事だろう(13.10)。
落ち葉が一杯で滑るのに気を使いながら行くと左側には藤岡の山並とゴルフ場。
やがて右手の山にこんな登山路、これがさっきパスした見晴し台コースの
二つ目の林道横切り個所(13.21)。
先程の入り . . . 本文を読む
榛名山麓の今年の締めは今までバラバラで通過した小ルートを一巡する事にした。
いわば山麓藪ルートの一気通貫だ。狙いは鷹ノ巣山を西から東に乗り越して
ガラメキ温泉へ、その裏手の沢と崖を這い登って昔の町村分岐の1090m峰。
そこから西北に転じて柏木山を相馬に向って西に乗り越え、鞍部から南に
直滑降して相馬山表登山口に合流して鷹ノ巣林道に帰ってくるというもの。
今日は採石場のダンプの往来を気にしながら2 . . . 本文を読む