榛名山麓の恵まれない低山訪問の第2弾、今日は三つを片付け様と
211号線を榛名神社方面に急ぐ。先ず手始めに「黒岩山(仮称)」
この山は林道から近いが防災壁が邪魔していて直登は出来ない。
神社手前の「びくや」から林道・榛名南線に入って東進。(9.51)
大きく蛇行しながら左斜面を良く観察しながら登って行くと、1㌔弱で
道標のある場所で山手の防災壁が僅かにあいていたのでここから入る。
一旦、東南に . . . 本文を読む
本日の2番目は唐浜山(仮称)990.5mであるが、これは一寸難物。
この山の北・西・南の三面は等高線が最高に混んでいるので爺イなどは
とても歯が立たない。
唯一の侵入路は東北面であり、ここに行くには大きく迂回しなくては
ならないからだ。地形図を眺めて「糠(ヌカ)塚沢」を東進して北を
大迂回して入りこむことにした。この「糠塚沢」と林道との交点は右岸に
鏡台山登山口、左岸に天狗西峰登山口のある馴染みの . . . 本文を読む
種山周回を試みた。爺イの知っている種山登山口は林道・南榛名線の
126号線に交わる終点から4.6k地点にあるパラグライダー
基地への入り口である。が、今日はそれより1.8k西寄りの300
選氏が平成十二年一月に辿ったコース。
目印の林道とクロスする渓流とその左岸の古い作業道は簡単に見つかり
早速、剥げたコンクリートの残骸が残る林道に入る。(10.26)
標高 695m、目標までの直線距離 0. . . . 本文を読む
折角の二日続きの好天ではあるが、午前中の所用のため残念ながら
山はお休み。昨日、少し張りきり過ぎたので丁度良い休養かも。
それでも午後になって先日の近所の史跡・伝説巡りの続きに出掛けた。
内山信次氏の「ぶらり高崎」の後追いである。
(1)「追分」の発祥
我が家の近くに「追分」と言われる所があるが、今ではバス停にその名が
残るだけ。小さな八坂神社のある場所である。
昔、未だ渋高線の道が無かった . . . 本文を読む
五回目の赤城行き。今日の予定は赤城定番の内の一つ、「荒山」と「鍋割山」。
駐車場所は「箕輪」だから大洞まで行くよりも10キロも手前なので気は楽。
この駐車場はあちこちの案内では「ひめ百合駐車場」となっている。
既に10台位が駐車しており、登山準備中の人たちもちらほら。(10.08)
成るべく一緒にならないように見計らった積りだったが、生憎な事に登山口では
8人が固まってしまう。
仕方なく列に入っ . . . 本文を読む
昨日は雨でコンペが流れてがっくり。今日も分厚い黒雲が山々を覆っている。
仕方なく、例によって伝説の跡を訪ね歩く事にした。
今回は忠臣蔵で不義不忠者の代表になつて、三百年以上も叩かれ続けている
大野九郎兵衛の墓と称するものが上磯部にあると聞いて早速の探訪開始。
18号線を西進して「原市信号」を左折、中橋で碓氷川を渡って214
号線に出て右折。磯部小の少し先の「松岸寺」へ。ここの墓地の入り口に
「滋望 . . . 本文を読む
大野九郎兵衛の墓?のある磯部の松岸寺にはもう一つの史跡がある。
それは「佐々木盛綱夫妻」の墓と称するもので此方は県文化財に指定されて、
小さいながらも舎の中である。盛綱の墓というより県内最古の五輪の搭と
言う事で指定されているようだ。記録によると年号が欠損して読み取れないと
されているが「建保6年」(1218)と判断されており、この年代ならば
盛綱が磯部に居を構えていた時期と合致するとか。
佐 . . . 本文を読む
開設1周年を5ヶ月過ぎた。記載件数も300件を超えたが、BLOGの悲しさ、
HP並の一覧表を作る機能は持ち合わせていないらしい。
其れに加えて写真が多くなって容量不足。
考えた末に、それに替わるものとして「カテゴリー分類」で
代用する事にした。右サイドバーに地域別に14分類で表示し、
全文表示から概要表示に変更したので試して下さい。
地域別に赤城方面と伝説・史跡探訪追加。
各ページ標題クリックで投 . . . 本文を読む
日曜の夜、体調不備を修正する為、或る薬を飲んだら利き過ぎた。
つまり、止まらなくなったと言う事。それで昨日は一日休養。
そこで今日は軽目のハイク、再び「楚巒山楽会」さんの後追いで「姥子山」
にあるという「奪衣婆」を見に行く事にする。岩井堂と長年寺で見てから
奪衣婆に興味があるから。その記事は下記URL
http://blog.goo.ne.jp/gooyamachuu/e/942d5585b . . . 本文を読む
昨日、赤城大沼南岸を走行中に「青木旅館」の看板を見つけたので
一寸寄って見た。赤城と猪谷氏一家との関わり合いの中で聞いた
ことのある旅館名だったから。
以下は90%書籍からの受け売りと引用。
現在、IOCで活躍中の猪谷千春氏の父君・六合雄氏が赤城出身と言う事は
知られているが、この一家が赤城神社の社家の出とは爺イにとっては初耳。
かって、戦国時代の赤城神社の別当は「三原田村・天竜寺」であったらしい . . . 本文を読む
赤城に行くならやはり定番の「黒檜山」を外す訳には行かないらしい。
好天続きと判断して再び赤城に向う。土曜のせいか先日よりは車も少なめ。
自宅から時沢・大鳥居まで約20キロ、そこから大沼まで22キロ。
北登山口は先日確認してあるが距離1.1k、標高差450mは爺イには
一寸キツイので駒ヶ岳経由として東岸登山口に駐車。(9.52)
駐車場には既に十五台も停められておりこの内、相当数が山に入ッて居る
ら . . . 本文を読む