" 予告先発 " ペナントレースでは珍しい。オープン戦や公式戦終盤の消化試合でたまに見られる程度の事。武上監督が前夜に荒木先発を打ち明けた時、当然の如く「先発投手を知らせるなど敗退行為」「人気商売とは言え度が過ぎている」など批判する声が大勢だった。大リーグと違って日本では先発投手を事前に公表しない。そんな事は武上監督並びヤクルト球団は百も承知。ただ先発投手を公表してはいけないと禁止している訳ではなく言わば超法規的措置であり、ズバリ「客寄せパンダ」という訳だ。当日のヤクルト応援席でも「本音を言えば槙原(巨人)みたいに二軍でしっかり体力作りをしてから一軍で投げて欲しかった。荒木の将来を考えたら悲しい予告先発ですね」 との声がある一方で 「少なくとも敗戦処理とは言え、結果を残したのだから胸を張って投げて欲しい」 と肯定的な意見もあった。事実、初先発までに4度登板して武上監督は合格点を与えていた。
・ 4月26日 対広島 0対5 の8回 2イニング 4安打・2失点
・ 5月3日 対広島 2対5 の9回 1イニング 1安打・無失点
・ 5月8日 対阪神 0対5 の6回 2イニング 無安打・無失点
・ 5月15日 対広島 0対6 の8回 1イニング 1安打・無失点
デビュー戦こそ2失点したものの2イニング・打者10人から5奪三振。その後も投げる度に力を出しているのが傍目にも分かり、先ずは実力で勝ち取った先発と言って構わない。ただし初先発の対戦相手には首脳陣の配慮が感じられる。ローテーションの谷間で且つ神宮球場であると言うのが武上監督が設けた条件で、更に「調子を落とした相手打線」と追加された条件をクリアしたのが5月19日の阪神戦だった。掛布は本調子には程遠く真弓とアレンが怪我で不在、3連戦の1・2戦でエース格の松岡と梶間が徹底的に内角を攻めて調子を狂わせ尾花を救援投手にスタンバイさせる万全ぶりだった。結果は5回を投げて打者21人・3安打・3四球・3三振・内野ゴロ8・内野フライ1・外野フライ2・投球数78 だった。6回からは尾花が投げ切って2対1で勝ち荒木にプロ初勝利をプレゼントした。ヤクルトの高校出の新人が勝利したのは昭和41年の西井投手以来13年ぶり。
聞き手…プロ初先発が予告先発でしたがどうでしたか?
荒 木…特に意識は変わらなかったですけど、朝から取材が凄くて試合に集中出来ませんでした
聞き手…緊張しましたか?
荒 木…はい。生まれて初めての経験でした。甲子園で投げた時でもあれ程の緊張はしませんでしたね
とにかく試合を壊さない事だけ考えました
聞き手…1点リードの4回表、無死二塁で岡田を三振。その後二死満塁で伊藤のカウント2-3の場面が最大のピンチでしたね
荒 木…はい。岡田さんに投げた直球はベストピッチでした。伊藤さんの三振も直球でしたがあれはボール球だったので助かりました
聞き手…継投した尾花投手が投げているのを見ている時の心境は?
荒 木…4イニングがあんなに長いとは思いませんでした
聞き手…改めてプロ初勝利の感想は?
荒 木…とにかく嬉しいの一言です。こんなに早く勝てるとは思っていませんでしたから
聞き手…目標とする選手はいますか?
荒 木…野球選手ではないですがアベベ選手です。母親から聞いたのですが生後5ヶ月の僕が最初に見たスポーツが東京五輪の
マラソンだったそうです。アベベ選手は淡々と走るランナーだったそうで僕もアベベ選手のように沈着冷静な選手になりたいと
思っています
しかし荒木のプロ初勝利は首脳陣にとって痛し痒しなのである。駒田の活躍や槙原の快投が示すように高卒選手はプロとしての体力を着ける事が先決。多くの有望視された選手が怪我で実力を発揮する事なく球界を去った。息の長い選手になる為にも二軍で鍛えたい一軍首脳陣と初優勝以降ジリ貧傾向の人気を荒木で回復したい松園オーナーは相容れない。ドキリとする情報がベンチ裏にあった。「荒木は先発した試合で打ち込まれていたら二軍行きだった」…穿った見方をすればBクラス相手でも勝てない荒木の未熟さを松園オーナーに突き付けて二軍落ちを納得させたかった、という事である。打たれるのを望むなら巨人相手に木端微塵に玉砕させれば…と思うがそこは親心。立ち直れない程打たれては駄目で阪神あたりに丁度良い位に打たれれば良かったのだが目算が外れたという訳。そんな首脳陣の願いが通じたのか二度目の予告先発となった6月4日の中日戦は初回二死から4安打を浴び4失点、3回に無死一・二塁となった所で降板した。次の登板が正念場となる。