プロ野球の新人は海のモノとも山のモノとも分からないとか。しかしキャンプに入ると、おぼろげながら海、山の区別ぐらいついてしまう。そこでどこかキラリと光るモノを持った新人の掘り出しモノを祈るような気持ちでピックアップしてみよう。
松本匡史(巨人):あまりに激しい " 脚高打低 "
2月10日、この日は朝から雨で一軍選手は室内練習場に集められた。練習場の壁にサージェントジャンプの測量版が設置されているのを見た選手らが面白半分でチャレンジしていた。河埜選手、中畑選手ら殆どの選手は70㌢前後だった。そこに松本選手が現れた。皆に促されて準備運動もなしにジャンプすると83㌢を記録した。「凄いなお前。野球をやめてオリンピックを狙えよ」と中畑も呆れるほどの跳躍力だった。続けて立ち幅跳びにも挑戦すると軽く3㍍を超えた。元五輪選手の鈴木トレーニングコーチも「野球選手でこれだけの跳躍力のある男は初めて見たよ」と驚いたほどで、改めて松本の身体能力の高さを認識させられた。
東京六大学の盗塁記録を塗り替えた健脚ぶりはこのバネから生まれているのは言うまでもない。赤い手袋の柴田選手も、自身の六大学記録を松本に破られた高田選手も脱帽だ。長嶋監督は「確かに速いなぁ。でもまだまだ速くなるよ。素晴らしいバネを使い切っていない。今は忍者のような摺り足だけど、もう少し足を上げて走ればもっと速くなるはず」と現状に満足していないから驚きだ。そして「松本の走り方はクラシックバレイのようだ。もっとモダンバレイみたいにダイナミックな走り方をしなくちゃ」と独特な長嶋節を炸裂させた。今でさえ他の選手が驚く脚力なのにそれに満足しないのは長嶋監督らしい。
しかしその脚力を生かすも殺すも打撃力だ。塁に出られなければ宝の持ち腐れ。大学時代の通算打率が2割3分の選手がプロでそれと同等以上に打てるかは甚だ疑わしい。「六大学のレベルでは3割打った選手でもプロで2割5分打てれば御の字(アマチュア野球担当記者)」という意見が大多数だ。国松打撃コーチは「松本がこの世界で生き残るには打撃力アップが不可欠」と。代走専門という手もあるが、かつてロッテに100㍍走の元日本記録保持者・飯島選手という代走専門の選手がいて話題にはなったものの実際の戦力には程遠かった。現状の松本が常時ベンチ入りするのは恐らく無理。打撃は勿論、守備面もプロの域には達していない。
松本の守りに関して長嶋監督は「グラブさばきは一級品。球際にも強い」と合格点を与えるが、松本を直接指導している町田コーチによると「まだまだ半人前。プロで成功するには何か秀でたモノが必要。足は文句なしだが打撃と守りは一軍レベルには程遠い」と手厳しいが、続けて「先ずは鍛えればものになりそうな " 何か " を松本から見つけるのが自分の役目」と何としても松本を今季の長嶋巨人の目玉にしようと懸命だ。長所を見出してそこを伸ばす。これからのキャンプ、オープン戦を通して越えなければならない幾つもの壁が松本を待ち受けている。
高元勝彦(中日):重い豪球で " 別所二世 " の声も
蒲郡球場での二軍キャンプ。ここでは15人の若手選手が服部二軍監督や井上、水谷両コーチにみっちり鍛えられている。一塁側にあるブルペンは2人が投げられるが、高卒新人の2人が揃って投球練習する様は見応えがある。都投手と高元投手だ。都は左手首のスナップを効かせて切れの良い球を投げる。高元はゆっくりとした投球フォームから大きく腕を振り下ろすと球はズドンとキャッチャーミットに吸い込まれる。全くタイプの違う2人。都に関しては前評判が高く首脳陣にしてもこれくらいの投球は予想していただろうが、高元は正直言って良い意味で予想を裏切った。
185㌢・85㌔で逆三角形の体格。ジャンボこと同僚の堂上投手はズングリ型の巨体だが高元は筋肉隆々型だ。服部二軍監督は戦前の名古屋軍の頃から捕手として在籍していたが「長いこと中日にいるが、こんな大型投手が入団したのを僕は知らない。上手く育てば別所二世が誕生する(服部)」と胸を弾ませる。とにかく見ていて惚れ惚れする球威と重い球質は人並み外れたパワーの持ち主であることの証だ。蒲郡キャンプを訪れた野球評論家の多くが " 人気の都 " より高元の方が上だと話す。
ただ問題は無名に近い広島の廿日市高でワンマンで育っただけに守備や連係プレーなど基本から学ぶ必要がある。また桁はずれのパワーを秘める上半身に比べて下半身の鍛え方が足りないのもこれからの課題となる。「よくこんな投手がいたもんですわ。もし彼が甲子園に出場していたら、酒井くん並みの騒ぎになっていたに違いない」と満面笑顔の法元スカウト。キャンプ終盤には一軍がキャンプする浜松に行くことも決定。「早く一軍に行って自分の力量を確かめたい(高元)」と度胸も良さそうな不敵な新星である。
夏目隆司(阪急): " モーガン警部 " 絶賛の二代目・タカシ
阪急のタカシといえば剛腕・山口高志と相場は決まっているが、新たなタカシが出現した。それも本家と同じく、いや本家以上の快速球を投げるというから驚きだ。夏目隆司・21歳。この新速球王に目をつけたのはアメリカからやって来たモーガン臨時投手コーチ。「カレハビッグボーイネ。アメリカ二ツレテカエリタイ」と賛辞を送ったからさぁ大変。それを伝え聞いた上田監督は「なになにウチにそんな逸材がいるのか」とエライ惚れ込みようで高知キャンプを訪れるマスコミや野球評論家には必ず夏目の話をする。
176㌢・65㌔。静岡県の三ヶ日高を卒業後、家業のミカンやイチゴ栽培の為に県立農業短大に通いながら野球部を創設したばかりの機械部品メーカーに就職したが、野球部とは名ばかりでまともな練習環境も整っておらず退部。家業を手伝いながらプロ入りのチャンスを待っていた。昨秋の巨人入団テストを受けたが不合格。次に受けた阪急のテストに合格しテスト生として入団した。そんな背番号『62』の夏目にモーガン臨時投手コーチの目が留った。かつて西鉄の西村貞朗投手が大リーグのロパット投手に称賛されたのを機に自信をつけ完全試合を達成するまでに成長した例もあり、夏目も励みになる。
ただどのチームもそうだがキャンプ開始から暫くはレギュラークラスの調整度は遅いので、ガンガン飛ばす若手選手は目立つのが実情。新鮮な話題を探すマスコミ報道と相まって実力以上の選手に祭り上げられるのが毎年恒例である。キャンプを終え、オープン戦がたけなわになる頃には彼らの話題は跡形もなく消え去るのを繰り返してきた。夏目はどうか?河村捕手によると「もの凄く速いし高目の球はちょっと打てないのではないか。それにコントロールも抜群で往年の小山投手(阪神)レベル」と絶賛。「こいつはエエでぇ、掘り出し物や。タカシ(山口投手)のデビュー当時と比べても遜色ない。開幕一軍あるで」と上田監督も大乗り気。
「3年間やってみてダメならきっぱり諦めます。巨人の堀内さんみたいなピッチャーが目標です(夏目)」と張り切るが現実は厳しい。阪急は今年から三軍制を取り入れていて、夏目がいる三軍の練習は一・二軍とは別である。従って夏目が山田投手や山口投手と並んで投球練習をすることはない。ストレートが速いといっても山口らと直接比較したわけではなく、モーガン臨時投手コーチの主観に過ぎない。梶本投手コーチも「速いは速いが、腰高で低目の球は伸びを欠く。まだまだ練習しないとダメ」と過熱する周囲に釘を刺す。ただし素材としては一級品なのは間違いなく、オープン戦の結果次第では開幕一軍の可能性はゼロではない。