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北海道美術ネット別館

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札幌日記・2010年8月13~18日

2010年08月19日 00時13分55秒 | つれづれ日録
承前)

 これまで書いてきたように、8月12日の深夜、高速バスで北見をたち、13日早朝札幌着。

 ここらへんのバカ話は■行くぞ、ライジングサン・ロックフェスティバル を参照のこと。

 13日は泥と湿地帯に困惑。
 このへんは、近日中にグラフで特集する予定。

 14日も非常にゆるいペースで音楽を聴いていた。ただ、ボヘミアンの最後あたりは、けっこう踊りまくっていた。

 15日午前8時すぎに帰宅。
 ただちに就寝。
 昼過ぎに起きて、車を出し、バスで北見から戻ってきた妻子を迎えに行く。
 いったん自宅に荷物を置いた後、今度は、豊平区内に住む両親を迎えに行き、車に乗せて滝野の霊園へ墓参り。
 西岡のうどん店で6人で夕食。

 15485歩。



 16日は午前中爆睡。

 午後になってからせがれと娘を連れて札幌の街中へ。

 自分自身は、幼少時は買い物といえば街中だったし、小学校3年ぐらいから街中を一人でふらふらと歩いていたし、中学・高校のときもよく出没していたので、札幌の街中の地図は完全に頭に入っている。たとえば、任意の地下街の入口を入り、すすきの方面に行こうとしていたのに大通方面に歩き出してしまった-というようなことは、絶対にありえないし、どこかの街角でいま自分が歩いている方向がどっちかわからないとか、住所がわからないといった事態は想定しがたい。

 札幌人っていうのはみんなそうかと思っていたら、うちの家族はぜんぜんそうじゃない。
 考えてみたら、車で郊外のショッピングセンターに行くこともけっこう多い。
 そこで、札幌の街の基本を教えるべく、ふたりを連れ出したのだ。

 まず、ふたりに札幌市の地図を購入し、札幌開拓の基本となった創成橋からスタート。
 創成川を見て、大通公園をとおり、札幌の街の住所の基線が、南北は大通公園、東西は創成川であることを、くどいくらいに確認する。そんなことは、幼稚園のうちから知っているものだとばかり思っていたのだ。

 市役所に入り、北海道開拓使の初代長官として札幌開拓にあたった島義勇よしたけ銅像を見せてやろうとしたら、なんと「元気カフェ」とやらの工事中でフェンスに囲まれて、外からはうかがい知ることができなかった。残念。

 つぎに時計台を見学。
 北1条通が交通の重要な幹線であることを説明し、続いて南北を走る道路で最も重要である駅前通(西4丁目通)を南下する。
 大通公園や北洋銀、道銀、三越、4プラ、狸小路、千秋庵など、とりあえずこの通りと南1条通さえおさえておけば、札幌は最低限なんとかなるのだ。

 最後にノルベサに乗って空中から復習する・・・予定だったが、ここはテレビ塔ほど地理の把握には役立たないようである。

 せがれが帽子を東西線コンコースのロッテリアで昼食を食べた際に忘れたことが発覚、はるばるポールタウンとコンコースを歩いて取りに戻る。店の人に申し出たら、ありました。
 喫茶店で一休みし、バスで帰宅。

 歩数計は家に忘れたが、かなりの歩数(9千超)になっているのは確実だと思う。



 17日

 やはり午前中は睡眠。
 午後から出かけ、道立文学館の北斎展を見た後、ヨドバシへ行き、イーモバイルの様子を見てもらう。
 ケーブルが断線しており、それを交換したらすぐにネットが復活した。
 ついでなので、ポケットwifiに機種変更する。

 夜、区内の温泉で日帰り入浴。
 日焼けあとにしみないのが良い。

 8426歩。



 18日

 高速バスで北見に帰る。

 月寒中央駅まで家人に車で送ってもらう。
 ちょっとだけ時間があったので、札幌時計台ギャラリーを、いつもの倍の速度でさっと見て回った。

 バス車内では、これまでに送っていただいた膨大な資料をせっせとパソコンに打ち込み。
 レッツノートだとバッテリーを気にせず、CDの音楽をイヤホンで聴きながら作業ができるのがうれしい。
 しかし、作業は3時間以上かかり、バスが石北峠を越えてからしばらくしてようやく一段落したのだった。

 帰宅後はもっぱらこのブログ執筆。

 4699歩。


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