☆ 真白なる湯気の釜揚うどんかな 草間時彦
昨夜読んでいた川崎展宏 の 「四季の詞」から見つけた。
展宏先生は大好き。
ウドン は 室町時代は ウンドン とも呼ばれていたそうな。
うどんは云わずと知れたように、弘法大師さまが中国から帰って、日本にひろめた。
「芭蕉七部集」の中には
> うどん打つ里のはずれの月の影 なる句もあるそうな。
展宏氏の上揚の句には優しい評が
> 湯気が白いのは当たり前ですが、この句の「真白なる湯気」には、真白な上質のウドンがまざまざと見える働きがあります。 とな。
昨日はしりとりに、うどんが出て、私も偶然うどんを繋いだ句を作った。
> 湯気もうもう乗換駅のうどん店
駅のホームにあるうどん店に、わずかの乗り換え時間を気にしながら、立ち食いをしている光景はよく見かける。
☆ 一葉忌とはこんなにも暖かな 川崎展宏
明後日23日は 一葉がに二十四才で亡くなった日である。
昨日も今日も空を雲が覆っているが暖かな日である。
昨日、探しものをしていたら、慎 の玩具だった靴が出てきた。
履いてみろと足に履かせようとすると 嫌がって逃げた。
それ以後、遊ばせようとしてもこの靴には見向きもしなかった。
小さな下駄は我が街の特産品の桐下駄の ミニチュア。
これも一緒に出てきた。
両方ともパソコンのマウスに比べると小さい。可愛い。
今日はこれから買って一度も袖を通していないカシミアのセーターに刺繍でもして、蘇らすことに。
10年も前のセーターだけれどすてるのは勿体ない。
夫は2、3日前から、それこそ20年も昔のこれも真っ新のセータ-を着始めた。
アラン編みのセーターなのだけれど、今までどうして気にいらなかったのか?
10才は年齢が若くなったような気がすると褒めてあげた。
昨夜読んでいた川崎展宏 の 「四季の詞」から見つけた。
展宏先生は大好き。
ウドン は 室町時代は ウンドン とも呼ばれていたそうな。
うどんは云わずと知れたように、弘法大師さまが中国から帰って、日本にひろめた。
「芭蕉七部集」の中には
> うどん打つ里のはずれの月の影 なる句もあるそうな。
展宏氏の上揚の句には優しい評が
> 湯気が白いのは当たり前ですが、この句の「真白なる湯気」には、真白な上質のウドンがまざまざと見える働きがあります。 とな。
昨日はしりとりに、うどんが出て、私も偶然うどんを繋いだ句を作った。
> 湯気もうもう乗換駅のうどん店
駅のホームにあるうどん店に、わずかの乗り換え時間を気にしながら、立ち食いをしている光景はよく見かける。
☆ 一葉忌とはこんなにも暖かな 川崎展宏
明後日23日は 一葉がに二十四才で亡くなった日である。
昨日も今日も空を雲が覆っているが暖かな日である。
昨日、探しものをしていたら、慎 の玩具だった靴が出てきた。
履いてみろと足に履かせようとすると 嫌がって逃げた。
それ以後、遊ばせようとしてもこの靴には見向きもしなかった。
小さな下駄は我が街の特産品の桐下駄の ミニチュア。
これも一緒に出てきた。
両方ともパソコンのマウスに比べると小さい。可愛い。
今日はこれから買って一度も袖を通していないカシミアのセーターに刺繍でもして、蘇らすことに。
10年も前のセーターだけれどすてるのは勿体ない。
夫は2、3日前から、それこそ20年も昔のこれも真っ新のセータ-を着始めた。
アラン編みのセーターなのだけれど、今までどうして気にいらなかったのか?
10才は年齢が若くなったような気がすると褒めてあげた。