はなこのアンテナ@無知の知

たびたび映画、ときどき美術館、たまに旅行の私的記録

入学式

2013年04月05日 | 日々のよしなしごと
先日、春の嵐の中、息子の大学院の入学式に参列して来た。

大学院の入学式にまで、とも思ったが、学部とは違う大学だし、こんな機会でもないと、大学のキャンパスに足を踏み入れることもないので、好奇心も手伝って行って来た。

午前は学部、午後が大学院の入学式らしく、式場に向かう途中、多くの学部生の親御さんらしき人々とすれ違った。今年は桜の開花が早かったのと花散らしの風雨で、既にキャンパス内の堂々たる老木の桜は葉桜へと変わりつつあった。

入学式は産業界に数多の人材を送り出している大学らしく、来賓も日本を代表する企業で重責を担う大学OBの方々が顔を揃えていた。

厳かに式が執り行われる中、場違いにも何度となく赤ちゃんや幼児の泣き声やぐずり声、話し声が場内に響いた。大学院ともなると「社会人学生で、かつ既婚者」もいるだろうから、その家族だろうか?

しかし、どうなんだろう?こんな堅苦しい席に2時間あまりも付き合わされる赤ちゃんや幼児の身になって考えてみたら(おそらく、苦痛以外のなにものでもないはず)。列席している他の方々の身になって考えてみたら(内心迷惑に感じていたはず)。実際、何度も声の発信者のもとへ、複数の刺すような視線が注がれていた。

このような場合、「目出度い席なんだから、これぐらい良いじゃない」と思う人が、世間では大半なんだろうか?こんなことに目くじらを立てる私の方が少数派で、私は心が狭い人間なんだろうか?他の大学院の入学式でも同様の傾向が見られるのだろうか?(他の所も同様とあれば、多少諦めもつく。米国等は大学院生も日本以上に幅広い年齢層の学生がいるから、こんなことフツーの光景なんだろうか?それとも、ベビーシッターに預けて参列するものなのか?或いは、そもそも日本のような形の入学式はないのだろうか?)

しかし、先日列席した限りでは、幼稚園や小学校の入学式とは明らかに違う場の雰囲気であった。もちろん、結婚式とも違う。周りは明らかに、赤ちゃんの泣き声や幼児のおしゃべりに寛容とは言えない雰囲気だった。

赤ちゃんや幼児連れの列席者の、家族で喜びを分かち合いたい気持ちは分からなくもないが、一方で彼女や彼らに我が子や他の列席者への配慮があまり感じられなかったのは残念だ。結果的に希有な場に立ち会え、考える機会が与えられたと言えるのかもしれないけれど。
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