はなこのアンテナ@無知の知

たびたび映画、ときどき美術館、たまに旅行の私的記録

レンブラント絵画の光と影に挑む

2014年11月23日 | 文化・芸術(展覧会&講演会)
 先程、BBCのアート・ドキュメンタリーで、英国気鋭の写真家が、レンブラント絵画の光と影に挑む様子を伝えていた。可能な限りレンブラントの時代のライティングを再現して、現代の人々をモデルに肖像写真を撮る、という試みだ。光と影の繊細なバランスによって対象を表現するのは、カメラの最も得意とするところだ。レンブラント絵画を検証するには、ピッタリな道具と言えるだろう。

 モデルは70年代にパンク・ファッションの騎手として活躍した女性デザイナー、鬼才の映画監督(テリー・ギリアム氏)、カフェで人間観察に余念がないベテラン女優などである。

 英国のナショナル・ギャラリーは、レンブラント絵画を80点所蔵していると言う。羨ましい限り(現在、そのナショナル・ギャラリーで、『レンブラント展』が開催中のようだ。来年の1月18日まで)。その中から、老女の肖像画2点と独身壮年男性の肖像画を取り上げ、現代人をモデルに、その再現に挑む。時代衣装はナショナル・シアターの衣装室から借りる。原本は国立美術館、衣装は国立劇場からと、英国だからこそ実現できた企画のような気がする。

 再現と言っても、レンブラントが描いた肖像画をそっくりそのまま再現するのではなく、あくまでもモデルの内面を浮かび上がらせるレンブラント絵画の光と影の効果を検証するものだ。ライティングとモデルのポーズには徹底的に拘り、細かな指示を出す。

 アバンギャルドな老デザイナーの赤い髪(真ッピンク?)はそのままに、時代物の衣装を身に纏わせ、カメラの前でポーズを取らせる。商人なのに軍服姿で旗を持った壮年独身男の肖像(当時は注文主の要望で、このようなコスプレまがいの肖像画も少なくなかった)の再現では、モデルとなった70代の映画監督に、旗の代わりにモップを持たせ、ポーズと表情で、(些か皮肉も込めて)その尊大さを表現する。80代の老女の肖像では、60~70代のベテラン女優をモデルに起用し、モデルとなった老女の生き様を、老女優の顔に刻まれた皺も生かして再現を試みる。

 面白かったのは、デジタル時代にあって写真の加工などお手の物なのに、あえてカメラで撮影した写真そのものに拘ったこと。かつても今もありがちなモデルを実際よりよく見せようと言った小細工は一切しない。老年期に入った3人のモデルは、出来上がった自分の肖像写真に「老い」を感じ取って一瞬複雑な表情を見せるが、何れもが表現者として当代一流の人物なだけに、次の瞬間には、その肖像写真が伝えようとしている美の本質を理解して、写真家への称賛を惜しまない。

 写真家は今回の試みを終えて、こう言った。「私は不完全なものにも美を見出す。出来上がった写真を見れば、老いることは悪いことじゃないと分かる。」「レンブラントは技巧を越えて、モデルとなった人々の本質を描き出す天才だ」

 老女優の言葉も印象的だった。「この老女の肖像は一見すると悲しげだけれど、よく見ると口元が笑っているの。きっと幸福な人生を歩んだ人だったのね。それに目を見れば、その人の生き様が分かるわ」と。

 同じ絵をテレビの画面越しに見て、私はそこまでの理解に至らなかった。彼女はカフェでお茶を飲みながら、よく客の顔をスケッチするそうだが、そうした習慣から観察眼が鋭いのだろうか?さまざまな人間の生き様を舞台上で表現する女優と言う職業柄、人の本質を鋭く見抜く眼力が身についたのだろうか?曲がりなりにも美術に関わる者としては、自分の非力が恥ずかしくなった。

 レンブラントの巧みな光と影の表現によって、モデルの人柄や生き様が浮かび上がることが、今回の写真を使った試みによっても、確かに実証された。それは正に"レンブラント・マジック"である。

 何にしても、アーティストの目を通して見るこの世界は、新鮮で、自由で、面白い。

chain番組サイト: Rankin Shoots Rembrandt


(画像は、今回検証の対象となった作品のひとつ《Aechje Claesdrの肖像》(1634))

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