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誰の人生も、どんな人生も、愛おしく、かけがえのないもの…
例えば、「殺すのは誰でも良かった」と加害者がのたまう通り魔事件の被害者の、本来ならばもっとずっと続いたであろう人生を想う。
或いは、いつもの美容室で初めて言葉を交わした、名も知らぬ若いインターンの、かいがいしい働きぶりを見て、彼女の”今”を想う。
片や報道で知った、片や美容室でのほんの数時間の関わりで、彼女たちの殆どを知る由もないけれど、それぞれにかけがえのない人生がある(あった)。そのことだけは感じられる。痛切に。
『百万円と苦虫女』のヒロイン、鈴子にもかけがえのない人生がある。都内のマンモス団地のそう広くない自宅で、両親、小学生の弟と暮らす鈴子。短大を出たものの定職には就けず、将来への展望もなくバイトに明け暮れる日々。そんな彼女がバイト先の友人に誘われるままに新しい一歩を踏み出そうとするが、意外な形でその”ささやかな勇気”は踏みにじられてしまう(そこで反撃に転じる鈴子の、楚々とした外見の雰囲気からは想像もつかない内面の激しさには驚かされるけれど)。そして、彼女は「逃げる」ことを決意する。このままでは八方塞がりの現実から。遠慮のない人々の陰口から。そして家族の愛情を感じながらも、何となく居心地の悪さが拭えない家庭の温もりから。
それまでの鈴子を知る人が誰一人いない、見知らぬ土地へ。あてもなく流れて、たどり着いたところで働いて、100万円貯まったら、また見知らぬ土地へ。安易に若さや女性であることを武器にしない鈴子の清廉さと直向きな働きぶりが小気味よい。その働きぶりが、ありのままに褒められる。ささいなことだけれど、人に認められることで、傷ついた鈴子の心はゆっくりと回復して行く。映画『ぐるりのこと』でも書いたように、人の心は思いの外しなやかで強い。そして人と関わり続けることで、逃げ出したはずの社会とも辛うじて繋がっていられる。
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不器用な恋も、心を強くする…かな?
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このブログでも繰り返し書いて来たように、誰にもそれぞれの「分」がある。誰もが同じ方向を見て、同じゴールを目指して、同じレールに乗る必要なんてないのである。学問の世界でも「多様性」の大切さは指摘されているところで、種々雑多な人間が存在するからこそ、この社会は成立するのであって、人それぞれが自らの分をわきまえ、それぞれの人生を全うしてこそ、社会も繁栄し、存続し得るのだと思う。
合わない型に自分を無理矢理嵌めようと悪戦苦闘することはけっして美徳でもなく、社会の利益にもならない。自ら持って生まれた能力や志向を知り、それを生かしてこその、幸福な人生だと思う。もちろんその前提には、「社会的名声や富の獲得だけが幸福の証であり、その獲得者だけが人生の成功者である」という偏狭で硬直した価値観の否定がある。人間の幸福は、地位や名声や富の有無に関係なく、「自らの人生をどう楽しむか、どう味わい尽くすか」にかかっている。それこそ幸福の型は、人の数だけあると言って良いのではないか。人生楽しんでナンボや!
さらに人は誰しも長い人生の中で、一度や二度(もしかしたら何度も)躓くことはあるだろう。それは人の道に外れた過ちを犯してしまうことかもしれないし、夢破れての挫折かもしれない、或いは病に伏すことなのかもしれない。しかし、それらも間違いなく人生の一部である。そして、新たな人生の一歩を踏み出すチャンス(転機)にもなり得る。
だからこそ、時に「逃げる」ことは悪くない。人生をリセットする良いチャンスなのかもしれない。もちろんただ逃げ続けるのではなく、逃げた先で傷を穏やかに癒し、自分の”これから”をじっくりと考える。「逃げる」ことで、自分を生き返らせるのである。こうした「逃げ」を、『「逃げ上手」は生き方上手』の著者栄陽子氏は、「積極的逃げ」と称して薦めている。この「積極的逃げ」によって、人は何度でも再生できるかもしれない。その為には、社会がハード(仕組み)・ソフト(価値観)の両面で、より柔軟な器であって欲しい。
偶然ほぼ同時期に出会った映画『百万円と苦虫女』と栄陽子著『「逃げ上手」ほど生き上手』(ヴィレッジブックス新書、2008)[注1]によって、改めて人間ひとりひとりの人生のかけがえのなさを想い、ひとりでも多くの人々が自らの存在を肯定し(=あるがままを認め←自分がまず認めなくて、他に誰が認めるか、ってことですね)、人生を慈しみ、自分なりの幸福な人生を歩んで欲しいなと思った。
【蒼井優ちゃんについて】
蒼井優ちゃんはやっぱり良い。その透明感と清潔感。儚げで、実は芯の強そうなところ。元バレエ少女(?)の華奢な骨格と伸びやかな肢体(何度となく床や畳に仰向けになる姿は、映画のひとつの見どころになっている?あまりにも無防備な姿に、見ているこちらがドキッとする・笑)。そして確かな演技力。同世代の女優の追随を許さない存在感で、映画を中心に活躍して欲しい。
【そうだ!そうだ!忘れてた!】
鈴子と、年の離れた小学生の弟との関係もなかなか微笑ましい。世間の評判からは窺い知れない姉の芯の強さを知った弟は、”成績優秀児”の評判とは裏腹に学校では辛い日々を送っている。転々とバイト生活を送る鈴子と、辛くても学校に留まって耐える(しかし正面から問題に立ち向かってはいない)弟の姿を交互に描くことで、姉弟それぞれの成長物語にもなっているところが面白いと思う。
■映画『百万円と苦虫女』公式サイト
[注1]本書は著者の率直な物言いが特徴的で、かつ平易な文章で綴られているが、その読み易さで、安易に内容も軽いとは判断しないで欲しい。内容はいたって真摯で、読み手を励まし、迷う背中を押してくれるものとなっている。世間で「常識」とされていることに敢えて疑問を呈し、その不確かさを衝いていると思う。私達は案外、こうした根拠のない「常識」や「規範」に振り回されていることが多いのではないか?