はなこのアンテナ@無知の知

たびたび映画、ときどき美術館、たまに旅行の私的記録

やっぱり戦争か…(溜息)

2012年01月19日 | はなこ的考察―良いこと探し
過去の歴史を顧みれば、政治経済で息詰まりを見せると、覇権国家は他国に対して(語弊があるかもしれないが)戦争を仕掛けるのが常のようだ。

近年は情報化社会だから、覇権国家はメディアを使って狙いを定めた国に対してマイナスイメージを植え付け、同盟国に制裁への同調を求め、じわりじわりとターゲット国を抜き差しならない状態にまで追い詰めて行く。そして武力行使に「独裁体制の転覆」とか「核開発の阻止」とか「テロとの闘い」とか、いろいろ立派な大義名分を与え、それを正当化しているように見える。

でも本音のところは、政策の行き詰まりでどうにもならない状況を、戦争を勃発させることで「戦争特需」を生みだし、自国経済のカンフル剤にしたり、自国民の間で蔓延する閉塞感のガス抜きをするのが目的なのではないか?しかも近年の中東諸国への高い関心は「資源争奪」の様相が露骨だ。それが証拠に、日本の近隣の独裁国家の国民がいくら疲弊しようが、強力なリーダーシップを持った覇権国家が、当該独裁国家の正常化に向けて積極的に働きかけているとは言い難い。

国家単位で繰り広げられる戦争は、戦勝国に一時の繁栄をもたらすかもしれないが、政治経済の行き詰まりに対して抜本的な解決策が見いだされない限り、早晩再び息詰まって、同じことを繰り返すことになるだろう。しかもカンフル剤としての効果は、回を追うごとに小さく短期になっている。こんな一時凌ぎの破綻回避策をいつまで続けるつもりなのだろうか?覇権国家には世界有数の「富」も「知」も集積しているはずだろうに、人類の叡智とやらはその程度のものなのか?


冷めた見方をすれば、不毛な争いを繰り返す人類は、戦争によって多くの戦死者を出すことにより、増えすぎた人口をその時々の食糧供給量に見合った数に調整しているだけなのかもしれない。そして、いつの日か、かつてこの地球上に生まれては消えた数多の種のように、種としての滅びの時を迎えるのだろう。
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