はなこのアンテナ@無知の知

たびたび映画、ときどき美術館、たまに旅行の私的記録

美術作品が美術館に収蔵されるまで

2016年03月27日 | 文化・芸術(展覧会&講演会)
 昨日は、スクールギャラリートークやファミリープログラムの担当者、一般向け美術トーク担当者、そして建築ツアーの担当者の三者が一堂に会するボランティアの年次総会に出席しました。普段、この三者は活動日が異なる為、夏休みやクリスマス等の特別プログラムのワークショップに参加しない限り、互いに顔を合わせる機会は殆どありません。その意味でも貴重な機会です(とは言え、今回は殆ど講堂で着席状態だったので、別のグループの方とお話することは殆どなかったような…)

 総会では副館長による講義も行われ、それが大変興味深い内容でしたので、ここにご紹介したいと思います。青字部分は、はなこによる補足説明です。

 この講義は、「美術館がどのようにして美術作品を収集しているのか」と言うボランティアの疑問に答える形で行われたものです。数多くの画像資料も準備されての熱心な講義に、副館長の真摯なお人柄が伺えました。

 国立西洋美術館(以下、西美)は独立行政法人と言う法人格ではありますが、元々国立であり、公共の福祉に寄与する公共性の高い施設でもあるので、国からの補助を受けて運営されています。


 約400点の松方コレクションを核に始まった西美のコレクションは、1959年の開館以降コンスタントに新規作品の購入を進めた結果、今では数千点にも及ぶ非西洋圏では珍しい西洋美術に特化した絵画、彫刻、版画、工芸品の一大コレクションとなっています。

 西美の美術作品の年間購入予算は10年前までは2億円だったそうですが、現在はその6割程度までに減って1億円余りとのこと。内、2,000万円は館の方針で継続的に版画作品の購入(版画は複製芸術なので、数量的にも、価格的にも比較的入手し易く、保存スペースも取らない。数としては西美コレクションの約8割を占める)に充て、版画コレクションの充実にも力を入れているそうです。

 因みに、現在の西洋絵画の価格相場はモネの≪睡蓮≫で30~50億円程度で、年間2億円では全く手が届かない状況です。日本では知名度の低いヨーロッパのオールドマスターでも数億円はします。単年度予算では、それすら1枚も購入できません。

 そこに救世主として顕れたのが国の「特別予算」で、国内にある4つの国立美術館に対して、ある程度まとまった予算があてがわれることになったそうです。その経緯は不明ですが、2010年に3億円で始まった特別予算は、2012年度以降大幅に増え(それでも≪睡蓮≫1枚に届かない額)、これによりヨーロッパのオールドマスターの購入が可能となりました。

 ただし、4館全体に対する特別予算なので、毎年4館で協議の上、年ごとに、どの美術館が(価格が)幾らの、何と言う作品を購入するのか決めるのだそうです。

【参考データ】
chain独立行政法人
 国立西洋美術館作品購入一覧(平成26年度)



 例えば、2014年度に購入した16世紀イタリアの画家、アンドレア・デル・サルトの≪聖母子≫(上掲画像)は参考データにある通り、約7億円での購入でした。

 アンドレア・デル・サルトは日本では知る人ぞ知る画家ですが(その名は、夏目漱石の小説『吾輩は猫である』の第一章の登場人物の会話の中にも登場。副館長の話では、漱石は英国の詩人バイロンの詩でその名を知ったのでは、とのこと)ミケランジェロラファエロらがローマへと去った後のフィレンツエ最大の画家であり、『芸術家列伝』を著わした画家で建築家のジョルジョ・ヴァザーリの師匠でもあった人物です。

 購入時の額縁に替えて、この作品に相応しい格の額縁をと、主任学芸員の伝手で英国の額縁メーカーに依頼したところ、ここで意外な事実が判明したそうです。

 額縁メーカーは昔イタリアに実在した額縁(実物は西美の常設展示室でご確認ください)のコピーを提案して来たのですが、その際の図面で、縦の中心線を境に正確に左に聖母、右に幼子イエスを配置した≪聖母子≫と言う作品が、さらに横線での分割でも数学的秩序に基づいたプロポーションで作画されていることが判ったのだそうです。

 つまりメーカーは、そのプロポーションに相応しい、絵を引き立てるデザインの額縁を提案して来たわけです。これは美術館側も予想だにしなかった、メーカーの丁寧で緻密な仕事ぶりでした。

 副館長も、作品の特徴をきちんと踏まえた上で額縁を製作するメーカーの姿勢に、いたく感心したのだとか。


 さて、美術館が新規に作品を購入するのは、館のコレクションで現時点で欠けている部分を補うのが目的です。

 西美は18世紀の新古典主義19世紀のアカデミスムのコレクションが現状不十分な為、2015年度に18世紀後半に活躍した新古典主義の女流画家アンゲリカ・カウフマン≪戦場から逃げ出したパリスを責めるヘクトール≫(1770)と、19世紀アカデミスム派の重要な画家のひとりで、洋画家、五姓田 義松が仏留学時に指導を仰いだレオン・ボナ≪ドーラ・パヌーズ子爵夫人の肖像≫(1879)の2点を購入しています。因みにレオン・ボナの作品は、日本在住のイタリア人歴史研究家から購入したのだとか。展示公開が待ち遠しいですね。

 2015年にはこの他にもカラヴァジェスキの代表的な画家の一人、バルトロメオ・マンフレーディ≪キリスト捕縛≫(1613-15)も購入しており、本作は早速、現在開催中の「カラヴァッジョ展」で公開展示されています。

 本作に先駆けて、同主題で異なった構図のカラヴァッジョ作品(1602、アイルランド国立美術館蔵)が存在しており、本作はその影響下にありながらも、構図と人物描写にマンフレーディなりの個性が見て取れる作品となっているようです。

 西美の場合、こうした作品は概ね以下のようなプロセスを経て購入され、コレクションの仲間入りを果たします。

①各研究員が専門分野の情報を集める(情報源はディーラー、作品の所有者、館外研究者など)
②候補作品の調査(作品の実見、文献調査、来歴調査など)
③館長+学芸課で協議し、候補作品を決定
④「特別予算」による購入は、国立美術館の会議で協議・決定
⑤購入委員会・価格評価委員会(作品の実見+担当研究員の調書・説明に基づく審査)
⑥契約、支払
⑦必要に応じ額縁の改良、作品の修復 →展示

 作品購入にあたっての判断要素としては、以下の点が重視されます。

①美術作品としての価値
②美術史研究上の意義
③既存コレクションとの関係
④価格の妥当性
⑤作品の保存状態
⑥来歴の正当性

 西美にはレオナルド・ダ・ヴィンチ≪モナ・リザ≫のような、美術ファンならずとも知る超有名な作品こそないものの(とは言え、モネやロダンのコレクションは、作品の質だけでなく、それが入手された経緯を見ても世界的に誇れるものだと思う)、各時代を代表し美術史にもその名を残す有名作家の作品や、各時代の様式や特徴を示す良質な作品を幅広く取り揃えています。

 時系列に展示されたこれらの作品を順次見て行くことで、鑑賞者は中世末期以降の西洋美術史の流れ(取り扱われる主題の変化、様式や描画法の変化)を概観できることから、西美は言わば、数多ある美術館の中でも「美術史の教科書」的役割を果たしている美術館と言えます。

 こうしたコレクションの充実は例えば、2004年のジョルジュ・ド・ラ・トゥール≪聖トマス≫購入の翌年に「ジョルジュ・ド・ラトゥール 光と闇の世界」展、1999年購入のグエルチーノ≪ゴリアテの首を持つダビデ≫(1650頃)の縁で2015年に「グエルチーノ」展開催と、大規模企画展の呼び水となることもあり、美術館事業全体の充実にも繋がります


 それだけに、購入作品の選定には細心の注意を払い、担当研究者は作品情報を丹念に調べあげるそうです。基本情報としては作者・作品名・制作年・技法/材質・寸法、歴史情報としては来歴(誰が所有して来たか?)・展覧会歴(どのような展覧会に出品されて来たか?)・掲載文献(どのような文献で取り上げられて来たか?)等。

 作品の購入が国民の貴重な税金で賄われている以上、国立美術館としては購入判断の決め手として、価格の妥当性も重要なファクターですが、通常オークションに出され(様々な手続き上、国立美術館はオークションの入札には参加できない)、画廊や個人等が落札した作品が数年後に売りに出される頃には、落札価格の2倍の値がつけられていることも珍しくないそうです。ところが、2008年のオークションで個人によって790万ドルで落札されたポール・セザンヌ≪ポントワーズの橋と堰≫(1881)(下の画像)を、西美は2012年にオークション落札価格から2割増の950万ドルで購入できたのだそうです。


 ところで、最近は購入に際して、特に「来歴調査」に力を入れているようです(過去の所有者を知ることは、制作の経緯を知ることにも繋がります)

 と言うのも90年代以降、先の大戦時の公文書の公開(機密事項書類の非公開期間の終了)に伴い、元々の所有者から美術館に対し、作品の返還要求訴訟が増えている為、作品が盗品、略奪品でないことを確認することが重要(特にナチス政権時代の1933-1945の作品の所在調査)になって来ているそうです。そこで、所蔵作品の来歴調査と情報公開が、美術館のモラルとして求められ、現在では多数の美術館がウエブサイトで情報を公開し、来歴の疑わしい作品は収蔵しないのが常識となっているようです。

【参考】ナチス・ドイツによる美術品略奪を描いた映画作品

『ミケランジェロの暗号』(2010) 
『ミケランジェロ・プロジェクト』(2013)
『黄金のアデーレ 名画の帰還』(2015)
『ヒトラーVS.ピカソ 奪われた名画のゆくえ』(2018)←ドキュメンタリー
 
 また、実見(実物を見る)では、作品の保存状態を細かくチェックするとのこと。額装の裏を見て「裏打ち」の有無、作品に紫外線ライトを当てて作者以外の手になる補彩の有無、赤外線写真で制作当時の下描き、X線写真で描き直し等を確認するそうです。

 額装の裏にはかつて所有していた画廊の管理番号や過去の所有者名や出品した展覧会のラベル等も残っているケースがあり、それらも見逃さずにチェックするとのこと。

 もちろん、カタログ・レゾネと呼ばれる作者ごとの作品総目録での確認も欠かせません。

 こうした一連のプロセスには約半年から1年を要するそうです。そして漸く、美術館の常設展示室に展示され、一般の鑑賞者の目に触れることになるのです。

 (以上、講義中に取ったメモを基にはなこが文章化した為、文責ははなこにあります。)
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