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Catch-22

2016-08-09 23:34:35 | Weblog

キャッチ-22は1960年代に米国の作家ジョゼフ・ヘラ―が書いた戦争小説のタイトルだ。半世紀以上も前に流行語になった。米国のウェブスターや英国のオクスフォードなどの英語辞典に収録されて今日に至っている。

第2次大戦のヨーロッパ戦線で爆撃機を操縦している飛行士は、精神錯乱に陥らない限り、つまり、正気である限り危険を冒して出撃しなくてはならない。飛行士は狂気を理由に、自ら部隊の上司に爆撃機操縦の解任を申請できるが、上司は、気が狂っていると申し出ることができる人間は気が狂ってはいない、と判断し、君は正常である、爆撃機の操縦を続けるように、と命令する。こうして誰もが戦死するまで爆撃機に乗り続けなければならなくなる。このような状況をキャッチ-22的といった。

そのころの日本は高度成長期だった。会社勤め人々の間で、職種の転換を申し出ると、そういう野心のある人こそこの職場が求めている人材だ、と転換の希望を却下されたりするキャッチ-22状況がしばしば話題になった。

天皇が生前退位を希望し、そのことを直接的に口にしたとたん、発言は政治的と受け止められ、希望の実現は難しくなる。8月8日の天皇のお気持ちというビデオメッセージは、キャッチ-22的状況を避けるために、聞く人に惻隠の情を求める表現になった。宮内庁も内閣も天皇の真意を知っていながら、文案の推敲に関与し、用心深く遠回しな語り口にとどめた。

天皇の地位は日本国憲法第2条で「皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範 の定めるところにより、これを継承する」と定められている。これは帝国憲法第1条の「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」を受けたもので、骨子は、天皇の血筋以外の者は天皇の地位に就くことができない、との決まりだ。

皇室典範第4条には「天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する」とあり、これは旧皇室典範第10条の「天皇崩ズルトキハ皇嗣即チ践祚シ祖宗ノ神器ヲ承ク」を受けたものである。その趣旨は伊藤博文が『帝国憲法 皇室典範 義解』(明治22年)で、「皇位が一日も空位であってはならないことを示し」と解説した。今風にいえば国民統合の象徴の不在を避けるのが趣旨である、と解すことができる。

以上のように、憲法と皇室典範の条文には、天皇の生前退位を真正面から不可能とするような規定はない。不可能のように見えるのは、国会での内閣や宮内庁や議員のこれまでの発言に不可能論が多かったからだ。

国会で重ねられた議論はもちろんそれなりの重みがある。だが、その重みも、内閣法制局が安倍政権の足元にねじ伏せられて、集団的自衛権が合憲であるとの解釈を打ち出して閣議決定に至った経緯を思えば、いまや、日本国議会の議論の積み重ねは想像以上に軽く、砂上の楼閣のようなものである。

日本では、歌舞伎の名門に生まれた男子は歌舞伎役者になり、お茶、お花、俳句などの家元・結社の子は家業を継ぎ、国会議員を家業としている一族の子の多くが国会議員になる。この国の人々はそうした引き継ぎのしかたに価値を認めているのだろう。

だが、役者も師匠も宗匠も議員も、老いて仕事が辛くなったり、嫌になったり、飽きてしまったら、自らの意志で仕事をやめて子や孫に地位を譲ることができる。同じ世襲なのに天皇にはそれができないのは気の毒であると、多くの人がビデオメッセージを見ながら思ったことであろう。

(2016.8.9 花崎泰雄)

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