“渋谷の父 ”ハリー田西の占い研究所

自身のことを含め世の中の森羅万象を占い師・運命学研究家の立場からつづります。

星が呼んでくれた邂逅(であ)い、かな?

2009年01月19日 21時54分06秒 | Weblog
曇ってはいますが、比較的暖かい一日でした。
小春日和というよりは、生ぬるい寒中の一日といった感じ。
いやぬるめの燗酒のような日(?)って感じかな。

さて、星が呼ぶということがあります。
星が呼ぶ、なんていうと、いかにもかっこよく聞こえますが、
たしかに星が同じ星を呼ぶことがあるんです。

今日鑑定に見えた方々は、
不思議に陰占命式の日干支や月干支に、
僕と同じ癸酉や丁卯などの干支を持っており、
陽占命式にも共通の十大主星が多い人ばかりで、
しかも、(日干支が同じ人は当然同じ天中殺ですが、それだけでなく)
全員同じ戌亥天中殺グループの人たちばかり。
非常に不思議なめぐり合わせでした。

そのせいか考え方なども非常に近いものがあり、
僕も楽しんで(といってはなんですが)、
ある部分共鳴しつつ共感しつつ鑑定させていただきました。
なかなかよい鑑定と懇談が出来たと自負しています。

算命学でいうと、同じ干支同士(年干支同士は弱いので除く)は
律音という共通干支の1つで、
とても縁が深い関係を示唆しています。
ということは、今日のお客様は、皆さん、僕ととても縁がある方々ばかりです。
こういってはなんですが、
僕の星が今日のこの邂逅をセットしてくれたように思えます。

こういう日もあるんですね。
思わず今日は僕にとってどんな日なのか、
星のめぐりを出してみてしまいました。

さ、遅くなったから帰ろうっと。
うちは、もうみんな寝てるかな?
まさか今日もモノポリーは・・・やってないよね?


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微妙な親子関係に一言!

2009年01月18日 21時05分07秒 | Weblog
午前中のラジオの仕事をこなし、午後から事務所へ。

昨日キャンセルになった占いの対面授業をこなし、
その後は予約鑑定に見えたお客様と向き合いました。

あるお母さんから大学生の息子さんについての相談です。
息子さんは、冒険心旺盛で、親の庇護を嫌い、束縛を嫌うタイプ。
それに対して、お母さんはやや頼りなくも可愛い息子が心配でならない・・・
この子は将来的に大丈夫でしょうか?という悩みです。
僕の説明に一言、一言うなずいて下さるお母さんの姿が印象的でした。
親はありがたい。
しかし、あまり親ばなれ出来ない、子ばなれ出来ない関係でも困ります。
親子関係というのは、
それだけそのポジションの取り方、距離(間合いの取り方が
本当に難しいと思います。

僕も2人の娘の父親として他人のことは言えませんが・・・

帰宅したら、我が家では母娘3人でケンカしながらモノポリーをやっていました(笑)


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仕事の合間に、懐かしのフォーク歌手を求めて・・・

2009年01月17日 17時23分44秒 | Weblog
「すみません。今日、そちらに勉強に行けないんです・・・」
「今日、鑑定の予約をした○○ですけど、大変申し訳ないんですが、
キャンセルしてもいいですか?」
と言われて、「ダメ!」とも言えません(笑)
今日は占いの授業も鑑定もキャンセル続き。まぁ、こんな日もあるさ。

本当は、溜まっている原稿書きをすればよいんでしょうが、
生来の怠けグセが出まして、事務所でただウダウダ。

でも、YOU TUBEで、70年代のフォークソングを聴いてました。
かぐや姫の「神田川」や「妹」はもちろん、
「僕の胸でおやすみ」とか「アビーロードの街」とか聴くと、
もう泣けちゃいますね。
ショーやんの曲もしかり・・・

そこから始まって、赤い鳥だのユーミンだのチューリップだのと聞きまくり。

果ては、(以下、敬称略)柴田まゆみだとか小林倫博とか北炭生とか佐藤三樹夫とか、
そんなマニアックなシンガー・ソングライターの足跡をたどってみたりして・・・

「白いページの中に」の柴田まゆみは、
YOU TUBEにポプコンに出た時の映像がありましたし、
現在、復帰して活動中なのが判明。HPもありました。
佐藤三樹夫も活動中。
小林倫博は休業(?)し、文筆家を目指して千葉県の九十九里浜近くにいるらしい。
個人的なHPを発見でき、少し楽しみが広がりました。

しかし、北炭生が・・・
今から30年以上前、落語とフォークのイベントを企画した時に
ほとんどノーギャラで協力してもらった北炭生さんの消息がつかめず、
(まだ活動中のようではありますが・・・)残念でした。

・・・と言っていたら、お客様がお見えになりました。
若い女性3人です。
バレンタインデーも近いし、きっと恋愛相談かな?


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麗しのカレーうどん!

2009年01月16日 17時48分28秒 | Weblog
朝3時に起きて午前中ずっと原稿を書いていました。
そのせいかひどくお腹が空いて、メタボゆえに朝飯を抜こうと思っていたのに、
なぜか無性にカレーうどんが食べたくなりました。

そこでうちの嫁さんに、「カレーうどんが食べたい!」と言うと、
レトルトカレーを使って作ってくれましたよ。
これが美味かったぁ・・・!

でも、嫁さんに「そっちは食べないの?」と訊くと、
「いいの。ダイエット」と言いながら、
友人のママ仲間といそいそとブランチに出かけて行きました。
なーるほど、それがあったから、「カレーうどんが食べたい!」と言ったら、
「あいよ」と軽く作ってくれたのか・・・

それにしても美味かったなぁ。

このカレーうどん(カレー南蛮)を日本で最初に提供したのは、
本当かどうかわかりませんが、早稲田の「三朝庵」だといわれています。
たしか明治時代の終わりにはメニューになっていたみたいですよ。

三朝庵は、地下鉄の早稲田駅の近く、馬場下町の交差点のところにあります。
僕も学生の頃、この三朝庵で食べた覚えがあります。
(まだあると思いますけど、あれから30年以上たちますから・・・)

そういえば、北海道の美瑛町は「カレーうどんの町」として、
町おこしをしているとか。
この町へも機会があったら(地図で調べて)行ってみたいですね。

・・・なんて、今日は事務所でいくら待っても
予約の電話やメールが入らないので、カレーうどんについて書いてみました。

と書いているそばから、H先生から電話。
これから西麻布へ熱辛い鍋(H先生談)というのを食べに行ってきます。


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忙しいので今日は短めにご挨拶!

2009年01月15日 18時24分12秒 | Weblog
非常に忙しい一日(現在進行形)です!
朝から占い教室の授業をこなしつつ、
合い間に鑑定。
最終は9時からの鑑定の予約を受けてしまいました。
なんでも北海道から見えた方で、明日には帰道するということです。

まぁ原稿書きも溜まっていることなので、本当に忙殺とはこのことです。

今日はこれといってデートの予定もないのですが、
スーツを着ていたら、午前中に見えた生徒の一人が、
「先生、今日はデートですか?」
「・・・ならいいんですけど、スーツだとネクタイしてるので首元があったかいからね」
と答えたばかり。
ホント、突然のデートとかに対応できちゃう恰好ですが、
デートどころではありません。

とりあえず本日は、誓いを守ってブログを書いたということで、
これにて失礼します!


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「赤色エレジー」とあがた森魚の“忍”

2009年01月14日 18時52分07秒 | Weblog
あがた森魚って知っていますか?

あがた森魚は、1972年に名曲「赤色エレジー」を大ヒットさせた
シンガー・ソングライターです。

彼がこの曲をひっさげて登場した時は、その一種異様な風体といい、
この曲の持つどこか大正ロマニズムを感じさせるような
虚無的、退嬰的な曲調といい、
日本のミュージックシーンに独特の空間を現出させ、
僕はたちまちこの不思議なあがたワールドの虜になりました。

すんごい!こんな時代の中でこんな曲を作ってしまうなんて!
当時大学生だった僕は、この“時空を超えて現われた宇宙人”のような
あがた森魚という人物に非常に興味を持ったものです。

ところが、ほどなくしてこの「赤色エレジー」に盗作の疑いがかけられたのです。
「赤色エレジー」が八洲秀章さんの「あざみの歌」のメロディーにそっくりだというのです。
八洲秀章さんといえば、「さくら貝の歌」や「あざみの歌」など、
いわゆる抒情歌の作曲で知られる戦後のベテラン作曲家です。

ためしに両方の曲を聞き比べてみると、
たしかに出だしの八小節は「あざみの歌」に似ていないこともありません。
ただし、「赤色エレジー」のほうがかなりマイナーで悲しげに聞こえますが・・・。

といっても、似ているのは本当にこの出だしの部分だけで、
あとはもう全く別の曲といえます。
それでも僕は、「こりゃ出だしのとこだけパクったのか」と思いました。
同時に、この程度のパクリなら他にも山というくらいあるぞ、
たぶんこの騒ぎもあがた森魚本人が「盗作なんかしてません」とシラを切り、
そのまま曖昧なうちに収束すると思っていました。

ところが、当初あがた森魚作詞作曲と表記されていた「赤色エレジー」が、
いつのまにか作詞・あがた森魚、作曲・八洲秀章と表記されるようになったのです。

ということは、あがた森魚は暗にあっさりと盗作を認めてしまったということになります。
僕はすっかり拍子抜けをしました。
なぁ~んだ、腰砕け~と。

それから、35年あまりの月日がたちました。

その間、僕は30年以上もマスコミの世界で暮らしてきながら、
なぜか一度もあがた森魚というアーティストとすれ違うことはありませんでした。

ところが、邂逅(であ)いは突然やって来たのです。
昨日ある番組であがた森魚氏と一緒になったのです。

そして、かなり打ち解けたところで、
あがた森魚氏に(失礼を承知で)おそるおそる35年前の盗作騒動について
尋ねてみたのです。
「僕は『赤色エレジー』は誰がどう思おうと、
あがたさんのオリジナルだと思っていますが、
例の盗作云々の件について、ご本人はどう思っているですか?」と。
すごい失礼な奴ですよね。
でも、35年も聞きたかったことなんですもん。
昨日を逃したらもう今後二度と聞けないかもしれないじゃないですか!

さいわい初対面のあがた氏は、とっても飾らない気さくな方でした。
そして、言葉を選びながらも、きっぱりと、
「ええ、あれはたしかに私が作った曲です」と断言してくれました。
やっぱり本人は盗作したなんて意識はなかったし、
あれはまさしく偶然の産物だったのです。

ただ、盗作騒ぎが起きた時、事が大きくなるのを懸念したレコード会社が、
八洲さんを気遣い、「赤色エレジー」は八洲秀章作曲とするという形で、
あがた氏を承服させ、手打ちにしてしまったのが真相のようです。

「あの頃はレコード会社のほうが強かったですからね・・・」
新人歌手・あがた森魚氏は、黙ってそれに従うしかなかったといいます。

当然、作曲印税も八洲さんのもとへ・・・う~ん、そうなのか・・・

一方の八洲秀章さんはこの件についてどう思っていたのか?
すでに八洲さんも物故されているのでわかりかねますが、
少なくとも、いろいろな意味で、35年間、“忍”の一文字で耐えてきたのは
間違いなくあがた森魚氏のほうです。

この件に関して、たとえ不満があっても35年以上じっと沈黙を守り、
淡々と、粛々と独自の活動を続けてきたあがた森魚氏は、実にエライ人です。
敬服です。

そのあがた氏は昨年還暦を迎え、いま全国を回ってのライブを展開中です。

それとともに、「赤色エレジー」は、
発売から35年以上たっても決してセピア色になるどころか、
相変わらずの妖しい色彩を放ちながら、歌謡史に輝いています。

好きだなぁ、この人・・・。


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渡辺喜美さんの義

2009年01月13日 16時39分22秒 | Weblog
「政治家としての義命により、自由民主党を離党いたします」
そう言って、本日渡辺喜美代議士が自民党を離党、野に下りました。

“義命”とはいったいどういう意味か、
僕はあんまり使ったことがないのでわかりませんが、
“義”というのは、人が行なうべき正しいことですから、
正しいことをするのが自分の使命であるとおっしゃりたいのでしょう。

渡辺さんは、僕の卒業した早稲田の先輩でもあります。
早稲田の同窓といえば、その校歌で“進取の精神 学の独立”と謳われていますが、
権力の中にあるよりも野にあってこそ、その真価が発揮できる存在。
それだけに渡辺さんの“義”は、この離党により果たされるともいえます。

ちなみに、現在56歳の渡辺さんは、
56歳より大運に大きな使命を担う牽牛星が回っています。
本当にふんばり時、頑張り時です。
なにしろ只今、子丑の年運天中殺の真っ只中。
しかも、その荒波の中で回っているのがこれまた牽牛星。
天中殺の中で動いていいのといわれる方もあるかもしれませんが、
これはやむにやまれぬ“義命”の結果。
すなわち、“私”を捨て、“義”に生きることで、
必ずや天が味方してくれると思います。


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成人式に想うこと、そして・・・

2009年01月12日 14時50分48秒 | Weblog
とても肌寒い成人の日になりました。
渋谷の街を着飾った若者たちが闊歩しています。
20歳か・・・
いいねぇ、若いってことは。

僕が成人の頃、というともう遥か何万光年もかなたの昔で、
いったい成人の日をどう過ごしたのか記憶にありません。

少なくとも僕は地元の公立学校に通わなかったので、
地元にはつるむ友達もなく、
地元で行われた成人の日のイベントに行かなかったのは事実です。

しかし、なんだか親戚の人が集まってみんなでお酒を飲んだ記憶があります。
もしかすると自宅にみんながお祝いに来てくれたんでしょう。
ただし、もう大量に飲んで、その後丸1日近く眠りこくっていたようにも思います。
どっちにしてもあまり良い思い出はありません(笑)

そんな今日、渋谷の事務所に、ある役者さんが鑑定に訪れました。
決して名の知れた役者さんではありませんが、
芝居が好きで、その好きな芝居をずっとずっとやり続けてきたアラフォーの女性です。
そんな彼女と、これから先の仕事のこと、恋愛のこと、いや人生そのものについて、
いろいろと話しました。

そして、その上で、「私はこのままこの道を続けて行ってもいいんでしょうか?」という彼女に、僕は言いました。
「はい、このまま好きなことを続けていって下さい。やがて必ず道は開けます」と。

好きなことができる星がある人は幸せです。
彼女にはそれを成しえるだけの強さもあります。
だから、自分を励まして、好きなことをやり続ければいいんです、と。
そう、努力する人間には、必ず光明がさします!

僕も日々努力です。


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鑑定するに値う雰囲気づくりを!

2009年01月11日 20時50分45秒 | Weblog
寒いけれど、澄み冴え渡った空気の中での陽射しが心地よく感じられる一日でした。
いつものように午前中からのラジオの仕事を終え、渋谷の事務所へ。

鑑定に見えるお客様のためにひとしきり掃除に励みました。

僕の事務所はワンルームで決して広くありません。
ビル自体も決して新しくはありません。
でも、せめてお客様とは清潔で整然とした雰囲気の中で相対したい。
そう思うので、毎日掃除です。
あたりまえのことですが、
僕の事務所は男一人の所帯のようで、
普通じゃこれがなかなか遂行できません。

それでも、以前事務所に来てくれた後輩のMが、
「ここって病院みたいですね」
と言ってくれたのは、清潔だというホメ言葉だと思っています。
とかく占いというと、それそのものに後ろ暗いイメージがつきものだし、
時には神秘性を演出するあまり室内に暗い装飾を凝らしたりしがちですが、
僕は、人生を前向きにとらえていくためにも、
清潔で整然とした雰囲気の中で鑑定をしたいと思っています。
ましてや僕は男なので、女性のお客様にも安心していただける清潔感を醸し出すことが
大切だと思います。

本日お見えのお客様はさる著名なアーティストの奥様でした。
とても聡明なしっかりした方です。
僕のアドバイスも冷静にお聴きいただけたと思います。
またのお越しを!


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P盤歌手のMさんに果たして陽が当たる日は来るのか?!

2009年01月10日 19時24分53秒 | Weblog
渋谷の事務所にMさんという旧知の歌手が、
菓子折りを持って訪ねて来ました。
歌手といってもMさんは、いわゆるP盤の歌手です。

P盤の歌手とは、レコード会社でレコードを作っても、
レコード会社がプロモートを一切してくれない、
自分でレコードを売らなくてはいけない、
いわば日陰に咲く一輪の花のようなプロの歌手です。
言うならば、いわゆるテレビで目にしラジオから歌声が流れてくる歌手と、
自主制作でレコードを出したアマチュアの間のような、
それでいてれっきとしたプロの歌手といえます。

Mさんは、熊本県の出身で、中学卒業後上京し、
「若いお巡りさん」のヒットで知られる曽根史郎さんの弟子になり、
歌手デビューを目指していました。
しかし、なかなかその夢は実現せず、
一時は歌手になる夢をあきらめて、様々な職を転々としました。

でも、20年ほど前にP盤ながらレコードが出せることになり、
これまでキングレコードから6枚のレコード、CDを出して来ましたが、
すべてP盤でのリリースです。

僕とMさんが知り合ったのはもう15年くらい前のことですが、
当時Mさんは、かの有名な霊感占い師・藤田小女姫さんに師事し、
多くのアドバイスや啓示をもらっていました。

ところが、その小女姫さんがハワイで奇禍に遭い不慮の死を遂げてからというもの、
自分の人生の舵取りに迷い、迷走を繰り返していました。

そんなある時、Mさんは霊夢ともいうべき不思議な夢を見たのだそうです。
なんでも夢枕に立った小女姫さんに導かれてらせん階段を昇っていくと、
見知らぬ白髪の老人がテーブルを前に座っており、
その老人から「お前は歌とは何と心得ているか?」と訊かれたそうな・・・
Mさんが答えに窮していると、老人は「歌とは心だ」といい、
歌について、心に響く歌唱法についてMさんにコンコンと語って聞かせたそうです。
それ以来、Mさんの歌に対する認識や歌唱法が一変したといいます。
現在Mさんは東京の世田谷区で「A1カラオケ歌唱塾」なるカラオケ教室を主宰し、
40人ほどの生徒に歌唱法の指導をしています。

そのMさんは、昨年還暦を迎えました。
そして、これからの晩年期の生き方を模索する中で、
僕にかつての小女姫さんのような生き方のアドバイスを求めて来たのです。
Mさんに会うのは10年ぶりくらいです。

でも、僕には小女姫さんのようなリーディングの能力はありませんし、
そのアドバイスの内容も小女姫さんには遠く及ばないかもしれません。
僕は、「それでもよければ、僕に出来る範囲でアドバイスをさせていただきます」と言いました。

その上で、Mさんには、
「歌の道はあなたにとって天職です。
迷わず、諦めることなく、今後も続けて下さい。
今は一生懸命人脈を作りをする時で、
一人知り合えば、それがあなたの血となり肉となり、あなたの将来につながる。
特に今年は、一生懸命自らの芸に磨きをかける時。
ここ3年ほどじっくり腰を据えて頑張れば、4年後には花開きます」
とアドバイスをしました。

果たしてMさんが花開く日が本当に来るんでしょうか?

いや、Mさんに陽の当たる日が来れば、
きっと僕にも陽が当たりますね!


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