大阪の橋下徹知事が大阪府知事を辞任し、大阪市長選に出るにあたり、
いわゆる大阪都構想が話題になっています。
大阪都構想とは、かつての東京府、東京市を東京都としたように、
大阪府、大阪市を廃止して、新たに大阪都を設置するという構想です。
この構想では、政令指定都市である大阪市・堺市と大阪市周辺の市を廃止し、
東京23区のような特別区を設けて、
それによって大阪府と大阪市の二重行政の解消しようという狙いがあります。
つまり、大阪都になることによって大阪府と大阪市という2つの行政が一つにまとまり、
大阪都からトップダウンで各区に予算を分配でき、効率化が図れるというわけです。
でも、特別区にすることで、議員の数も増えたりして、
逆にコストがかかるようになるのではといった、
いくつかのリスクやデメリットも指摘されています。
ま、それについては、僕は大阪府民ではないので、
これ以上あえて意見は述べないことにしておきます。
じゃあ、なんでこの話題を取り上げたのかというと・・・
今朝、この大阪都構想のニュースをテレビのニュースで見ていた
うちの娘に、「なんで都とか府とか県とかあるの?」と聞かれたからです。
たしかに、全部、県ならばわかりやすいのにね。
娘は、先日、全国47都道府県の位置と名前と県庁所在地を習い、覚え、
塾のテストでも満点をとったばかり・・・
その時は疑問を持つこともなく、丸暗記ですべてを覚えたのですが、
大阪都なんてことになると、せっかく覚えた1都1道2府43県の知識に、
にわかに支障が生じるというわけです(笑)
さて、その娘の素朴な疑問についてですが・・・
そもそも明治維新によって江戸幕府による幕藩体制が終結し、
1871年に廃藩置県が実施されて、
それまでの行政区分は1使3府302県となりました。
簡単にいえば、とりあえず廃藩置県ではほとんどの藩を県に替えてしまったので、
こんなふうに302県なんて数になってしまったわけです。
ちなみに、この1使とは北海道開拓使のことで、これはのちに北海道庁となりました。
一方、3府とは東京府・京都府・大阪府、
つまり、いずれも遷都されたことのある江戸・京・大坂の3つの大都市のことでした。
それが、それからも何度、何十度という合併、領域変更、すなわち廃置分合を繰り返して数も変化、
そして、太平洋戦争中に、東京府は東京市と合併して東京都となりました。
この時点では、僕の知るところ、
1都2庁(北海道庁に樺太庁も加えると)2府43県だったはずです。
それが、太平洋戦争後は、樺太庁がなくなり、北海道庁の庁がとれ、
沖縄県が一時アメリカの統治下におかれたのでカウントされなくなって、
1都1道2府42県となり、
1972年の沖縄返還によって、現在の47都道府県の形が完成したというわけです。
ま、これが、歴史の教員免許を持つ僕が知りうる範囲の知識。
もしかすると、間違っている部分もあるかもしれないのですが、
そのへんはご容赦下さい。
さて、僕が言いたいのは、こんなふうに都道府県の数も千変万化、
この140年の間にはかなりの変遷を遂げてきたがゆえに、
そのほうが行政が円滑に、かつ効率よく機能するというならば、
僕は、大阪府が大阪都となろうが、何県と何県が一緒になろうが、
はたまた一部でいわれているように道州制になろうが、
別にこだわりというか、差し障りはないのではないかと思うのです。
ですが・・・
要は、そのことについて、橋本さん対平松さんの選挙で簡単に結論を出してしまうのではなく、
地元の人を交え、国も交え、もっともっと議論がなされ、
みんなのコンセンサスが得られた上で決定すべきことだと考えます。
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いわゆる大阪都構想が話題になっています。
大阪都構想とは、かつての東京府、東京市を東京都としたように、
大阪府、大阪市を廃止して、新たに大阪都を設置するという構想です。
この構想では、政令指定都市である大阪市・堺市と大阪市周辺の市を廃止し、
東京23区のような特別区を設けて、
それによって大阪府と大阪市の二重行政の解消しようという狙いがあります。
つまり、大阪都になることによって大阪府と大阪市という2つの行政が一つにまとまり、
大阪都からトップダウンで各区に予算を分配でき、効率化が図れるというわけです。
でも、特別区にすることで、議員の数も増えたりして、
逆にコストがかかるようになるのではといった、
いくつかのリスクやデメリットも指摘されています。
ま、それについては、僕は大阪府民ではないので、
これ以上あえて意見は述べないことにしておきます。
じゃあ、なんでこの話題を取り上げたのかというと・・・
今朝、この大阪都構想のニュースをテレビのニュースで見ていた
うちの娘に、「なんで都とか府とか県とかあるの?」と聞かれたからです。
たしかに、全部、県ならばわかりやすいのにね。
娘は、先日、全国47都道府県の位置と名前と県庁所在地を習い、覚え、
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その時は疑問を持つこともなく、丸暗記ですべてを覚えたのですが、
大阪都なんてことになると、せっかく覚えた1都1道2府43県の知識に、
にわかに支障が生じるというわけです(笑)
さて、その娘の素朴な疑問についてですが・・・
そもそも明治維新によって江戸幕府による幕藩体制が終結し、
1871年に廃藩置県が実施されて、
それまでの行政区分は1使3府302県となりました。
簡単にいえば、とりあえず廃藩置県ではほとんどの藩を県に替えてしまったので、
こんなふうに302県なんて数になってしまったわけです。
ちなみに、この1使とは北海道開拓使のことで、これはのちに北海道庁となりました。
一方、3府とは東京府・京都府・大阪府、
つまり、いずれも遷都されたことのある江戸・京・大坂の3つの大都市のことでした。
それが、それからも何度、何十度という合併、領域変更、すなわち廃置分合を繰り返して数も変化、
そして、太平洋戦争中に、東京府は東京市と合併して東京都となりました。
この時点では、僕の知るところ、
1都2庁(北海道庁に樺太庁も加えると)2府43県だったはずです。
それが、太平洋戦争後は、樺太庁がなくなり、北海道庁の庁がとれ、
沖縄県が一時アメリカの統治下におかれたのでカウントされなくなって、
1都1道2府42県となり、
1972年の沖縄返還によって、現在の47都道府県の形が完成したというわけです。
ま、これが、歴史の教員免許を持つ僕が知りうる範囲の知識。
もしかすると、間違っている部分もあるかもしれないのですが、
そのへんはご容赦下さい。
さて、僕が言いたいのは、こんなふうに都道府県の数も千変万化、
この140年の間にはかなりの変遷を遂げてきたがゆえに、
そのほうが行政が円滑に、かつ効率よく機能するというならば、
僕は、大阪府が大阪都となろうが、何県と何県が一緒になろうが、
はたまた一部でいわれているように道州制になろうが、
別にこだわりというか、差し障りはないのではないかと思うのです。
ですが・・・
要は、そのことについて、橋本さん対平松さんの選挙で簡単に結論を出してしまうのではなく、
地元の人を交え、国も交え、もっともっと議論がなされ、
みんなのコンセンサスが得られた上で決定すべきことだと考えます。
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