こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

母が逝きて

2014年11月20日 08時44分35秒 | おれ流文芸
車を飛ばしながら、次々といろんなことが頭をよぎる。別に焦りはない。もう覚悟が出来ているからだろう。なのに、母の顔が浮かんでは消える。笑顔であり、悲しみや怒りの形相すらも、頭の中をぐるぐると回り続ける。運転するのに集中がままならない。


 前方にコンビニが見えた。右折して駐車場に入った。別に何かを買おうと言う訳ではない。頭を落ち着かせないと、事故を起こしかねない。シートを後ろにずらして、背を倒した。ゆっくりと目を閉じた。


「お母さん、もう危ないって。すぐ来れる?」


 病院からの連絡は、ちょうど家に帰り着いた矢先だった。相手の声は別に切迫したものではなかった。危険な状態に陥り、周囲に覚悟を決めさせては持ち直すという繰り返しが二週間近く続いているせいである。


 私も三時間前までは、母の病室にいた。荒い息だけが生きている証しの母を、ベッド越しに見詰めていた。昨夜から仮眠もとらずに付き添っていたのは、何となく予感があったからだ。もう母は戦いをやめようとしていると。母はミイラのように萎んだ体に不釣り合いなギョロ目を息子に向けたままだった。


(母さん。俺が分かるのか?)


 夕方に付き添いを交代した時から、何度問いかけただろうか。もう見えているはずがない。しかし、私が話し掛けたり、手や背中をさすってやると、じーっと見つめ返す。長い時間、母は目をそらさなかった。ゼーゼーと荒い息は途切れささずにいた。


(ありがとう。ありがとう)


 元気だったころの母の声がそこにあった。


 二日前までは、付き添う息子に目を向けても、すぐ逸らした。それまでとなんら変わらない母の反応だった。それが昨夜はまるで違ったのだ。


 ひとりしか残っていない息子への別れだったのかも知れない。付き添いを交代する際に、ベッドの母の顔にくっつくぐらい顔を近づけて、声を掛けた。


「今日は、もう帰るわな。夜に、また来るさかい。がんばれよ、お母ちゃん」


 すると、息がすーっと静まった。ギョロ目が見開いた。きらっと光るものを感じた。なぜかベッドを離れるのに未練を覚えた。


(あれは……母さんが、俺に別れを言ったんだ……そうだよな、お母ちゃん……)


 何とか心を落ち着かせてコンビニを離れた。病院まで十五分もあればつけるだろう。


 病室に入ると、父と兄嫁の姿が目に入った。ベッドの母に目を向けなかった。予感は、もう確信に変わっていた。病院の駐車場に車を滑り込ませた時、何かが体を通り抜けたのだ。


 振り返った父は、力なく、頭を、いやいやをするように振った。母に目を向けた。もう荒い息は途絶えていた。


(お母ちゃん。昨日は俺に別れを言ったんだよな。有難うな。俺って親不孝だったな……)


 涙が自然に湧き上がった。切なかった。

コメント
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