こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

掌編小説・家(その②)

2014年11月27日 17時28分45秒 | おれ流文芸
数年前から休耕している土地は一面、向日葵の花に埋まっていた。別に世話をして咲かせたものではないが、毎年、ものの見事に黄色い絨毯を織り上げた。例年なら、そのまま枯らせてしまうところだが、そうはいかない。全部刈り取って綺麗に始末しておかなければ、どうにも手が付けられない。
 向日葵の茎は育つと硬くて頑丈なものになる。雑木の幹、そのものだ。
 雅之は鎌を手に向日葵畑に入った。背丈以上に育った向日葵は雅之の姿をすっぽり隠した。雅之は力任せに鎌を振るった。手応え充分に向日葵が薙ぎ倒された。
「草刈り機使わんかい。ラクやし、仕事が早いど」
 汗まみれでクタクタになる雅之を見兼ねた父の勧めだったが、雅之は無愛想に「いや」と答えた。っ父はいつものことと、それ以上勧めはしなかった。風変わりで通っている息子に、したいようにすればいいとの態度だった。
 草刈り機を使わないのは、何も雅之のポリシーからではなかった。単にメカに弱くて使えないだけに過ぎなかった。
 暑い真っ盛り、三日がかりで向日葵を刈り終えた。商売を止めてからこっち、これといった定職に付いていなかったのが好都合だった。仕事の合間にやる作業だったら、まずダウンは避けられなかったろう。
 最初からしんどい家作りのスタートだった。
 地鎮祭を終えて、土建屋が地上げして基礎のコンクリートを打ち込んでいる間が唯一の休息の日々だったと、いまになって思い当たる。
 残暑の酷い中、持ち山の藪から、壁の下地に組む竹を伐り出した。竹を伐り出す旬は決まっている。旬を外すと、虫が付いて散々になる。竹藪といっても、かなり中腹まで登らないと手頃な竹は見られなかった。
 父との二人三脚による百本を越える竹の伐りだしは、かなりな重労働だった。足裏がパンパンに張った。血が滲む擦り傷や切り傷は、しょっちゅうだった。
「これで来年の春は旨い筍が、ようけ生える」
 父は一服喫いながら、根こそぎ伐り払われた竹藪を眺めて満足げに呟いた。
 木の伐り出しは十月に入って直ぐだった。竹と同様に木も伐採の旬があった。
「洋材やったら注文通りのもんが揃うやろけど、家を建てるんには地の木が一番や。そのためにご先祖さんが残してくれはってるんやど。梁もベイ松はあかん、地松が安心や」
 木出し屋と山に入った父は雅之を振り返って感慨深げに言った。ますます父の顔は生気が漲って来た。跡継ぎの兄を失った父は、家を建てることで生きる張り合いを取り戻していた。
「男やったら一生に家一軒建てなのう」
 酒を呑んでは、そう口にしていた、精悍そのものだった若い父を思い出した。父にとって今度の家は二軒目に当たる。甲斐性のない息子を持ったおかげだった。
 チェンソーを唸らせ、倒した丸太を製材所に運び込むまでの父の差配は、七十になろうかという年齢を超越したものだった。雅之はひたすら馬鹿になって、その差配に対するイエスマンに徹した。そうしなくては、彼の嗜好と到底噛み合いそうにない肉体労働に耐え切れなかったのは明白だった。
 製材所にも何度となく足を運んだ。丸太が板や柱になっても残った木の皮を、鉈を使って削り取った。残れば虫が付くはめになる。柱の芯取りも並大抵な作業ではなかった。
「なんで、こないなしんどい目せなあかんねん。今時、家を建てるんは、工務店に任せときゃええやないか。もう、親父は……」
 雅之が疲れて帰った夜、グダグダと愚痴るのを、晩酌の相手を務めながら妻の佳代はニコニコと聞いた。何やかやと文句をたれていても、生まれて初めてといっていい父との共同作業に生き生きするのを隠せないでいる夫をちゃんと見抜いていた。
 大工が入ってからも雅之は気楽に休んでおられなかった。朝十時と午後の三時に茶菓で接待するのは当然だが、大工の指示で柱や板を運び、簡単な細工もさせられた。終われば鉋やノコで出た木屑の片付けがあった。
 その頃になると、父は自分の仕事に手いっぱいで、新築現場に姿を滅多に見せなくなった。
「お前の家やさかい。まあ、しんどい目したらええ。そないして家が建ったら、粗末には扱えんようになる。ええこっちゃ」
 たまに顔を見せると父は必ずそう言った。
 建前は四月の吉日だった。親戚や隣近所からの応援が二十数人も来た。大型のクレーンとのコンビネーションもよく、ほぼ半日で家の骨格が組み立てられた。大勢でワイワイやってると知らないうちに仕事ははかどった。
 建前を祝う膳を囲む酒宴の主役は父だった。呑めない酒に顔を真っ赤にさせて客膳を順々に回り、酒を注いでは談笑し頭を下げた。
 兄の急逝以来、底抜けに幸福感を味わっている父の姿を見るのは久しぶりだった。雅之は目頭をソッと押さえた。酒の酔いが一遍に体中を回った。
 父が倒れたのは晦日の中頃だった。元々血圧が高くて、かなり用心していた父だったが、脳溢血だった。命は助かったが、右半身は不随にになった。昏々と眠る父の病室の窓に、数十年振りという大雪が矢鱈に舞い続けていた。             (続く)
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