WATERCOLORS ~非哲学的断章~

ジャズ・ロック・時評・追憶

パプロ・カザルスの「鳥の歌」(ホワイトハウス・コンサート)

2006年07月31日 | 今日の一枚(O-P)

●今日の一枚 21●

Pablo casals    

A Concert At The White House

Scan10007_5  クラシックものである。チェロの神様パプロ・カザルスのライブ盤である。1961年、大統領J.F.ケネディの招きに応じて、ホワイトハウスで行った貴重なドキュメント盤だ。

 1939年、スペイン内戦は独裁者フランコ軍の勝利に終わる。第二次大戦以降もフランコ独裁政権は続き、失望したカザルスはスペインに民主政府のできるまでステージに立たないと、事実上の引退を宣言してしまう。その後、多くの彼の支持者たちによって何度か音楽祭のステージに引っ張り出されたが、祖国スペインのフランコ独裁政権を承認する国ではコンサートを行わないとの信念を持っていた。したがって、フランコ政権の承認国であるアメリカでコンサートを開くというのはひとつの驚きであったのだ。一般には、ヒューマニズムの指導者ケネディに対する信頼と誠意をあらわそうとしたためだといわれる。

 85歳の誕生日をまじかに控えたカザルスであったが、瑞々しく力強い演奏だ。スペイン民謡の⑪鳥の歌は短い演奏ながら、やはり感動を禁じえない。長くその土地をふんでいない祖国スペインへの深い想いが察せられる。ライブ盤ならではの臨場感も伝わってくる。特に、会場に立ち込めるピレピリした緊張感がすごい。カザルスのチェロの音は、どこまでも深い。クラシックはまったくの素人の私だが、カザルスのチェロの響きには思わす゛聴き入ってしまう。

 1960年代、音楽家も歴史や政治のなかで生きていたのであり、それとの格闘の中で、音楽をつむぎ出していたのである。


ジャニス・ジョプリンのチープ・スリル

2006年07月31日 | 今日の一枚(I-J)

●今日の一枚 20 ●

Big Brother & Holding company  Cheap Thrills

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 基本的にロックはもう聴かない。ロックは死んだ、と考えている。けれどもときどき、無性に古いロックを聴きたくなることがある。まだ魂のあった頃のロックをだ。ある雑誌を読んでいて、ジャニス・ジョプリンが聴きたくなった。チープ・スリル。高校生の頃、繰り返し聴いた作品だ。ところが、レコードもちゃんとしたCDも持っていなかった。エアチェックしたカセットテープで聴いていたのだ。その後、廉価盤のCDを買ったのだが、ちゃんとしたものは持っていなかったのだった。数日前に思い切ってネットで注文したものが、今日届いた。

 やはり、音が良い。1968年の作品なのだが、自分が聴いてきたものよりはるかに良い音質だ。どうもデジタルリマスターの高音質盤のようだ。ライブの臨場感が伝わってきてなかなか良い。買ってよかった。

 チープ・スリルは、ニューヨークのフィルモア・オーディトウリアムでのライブ録音盤であり、ジャニスの名を世に知らしめ、その評価を決定づけた作品だ。8週間も全米チャートNo.1の地位にあったヒット作でもある。ハスキーな声で搾り出すようにシャウトするジャニスのボーカルは、痛々しいほどに生々しい。そこには、本当に伝えたいことばがあり、叫びたい声が確実にあったのだ。バックバンドは、はっきりいってあまりうまくはない。しかし、それがかえって、良い効果をもたらしている。とつとつとしたギターが情感があるのだ。

 やはり、③ Summertime は素晴らしい演奏だ。ジャニスはシャウトし、ファズをきかせたギターはうなりをあげるのだが、不思議なことに、そこには静けさが漂っている。この静けさの感覚がこの演奏の聴きどころだ。④ Piece Of My Heart (心のカケラ)もいい。③よりさらにハードなサウンドだが、やはりどこかに静けさが漂うのだ。この静けさが情感的だ。

 のちに、「ロックは死んだ」と語ったのは、セックス・ピストルズのジョン・ライドンだったが、このアルバムにはまだ死んでいないロックという音楽の魂が確かに息づいている(まあ、「ロックの魂」などという言い方は本当は好きではないのだが……)。

 ジャニス・ジョプリンは、1970年10月4日、ハリウッドのランドマーク・ホテルで死亡した。27歳だった。死因は薬の飲みすぎであると発表された。やはり、ジァニスは生き急いだのだろうか。

    逝ってしまったあんたには  この先ずっと朝がない

    残された俺たちには  来なくてもよい朝がやってくる

                              斉藤隣