人生チャレンジ20000km~鉄道を中心とした公共交通を通じて社会を考える~

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国は今こそ貨物列車迂回対策を!

【訃報】岐阜環境医学研究所長・医師 松井英介さん死去

2020-08-23 22:17:35 | 原発問題/一般
原発事故の影響、世に問う 松井英介さん、82歳で死去(中日)

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 岐阜環境医学研究所長で医師の松井英介さんが十九日、骨髄異形成症候群のため死去した。八十二歳。東京電力福島第一原発事故で放出された放射性物質の子どもたちへの影響を調べる取り組みなどで知られた。

 三重県鳥羽市出身、岐阜県立医科大(現岐阜大医学部)卒業。岐阜大病院で肺がんの予防や早期発見、治療に携わった。二〇〇二年には岐阜環境医学研究所を設立した。

 長良川河口堰(ぜき)の建設反対運動や、岐阜市椿洞の産業廃棄物の不法投棄問題で撤去を求める運動にも参加。専門の放射線医学の見地から、福島第一原発事故では、骨や歯にたまりやすい放射性物質ストロンチウム90の子どもへの影響を懸念していた。

 自然に抜け落ちた乳歯の提供を求める団体「乳歯保存ネットワーク」を有志の研究者と一五年に結成。乳歯の放射性物質を分析する民間の測定所を一八年、岐阜市内に開設した。全国から約五百人分の乳歯を集めて、内部被ばくの可能性を調べた。

 測定所の運営に協力する愛知医科大の市原千博客員教授(中性子工学)は「調査の結果をもとに、原発事故の影響を世に問おうとする信念を持っていた。六月に会って議論を交わしたので、こんなに早く亡くなるとは」と惜しんだ。
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岐阜環境医学研究所長で医師の松井英介さんが逝去された。当ブログ管理人は、深くはないものの、福島原発事故よりはるかに前から松井さんとは交流があり、原発事故後も大変お世話になった。謹んで哀悼の意を表する。

普段、岐阜にお住いの松井さんと初の出会いは名古屋勤務時代、2003年頃にさかのぼる。アフガニスタン、イラクの両戦争で劣化ウラン兵器を使用し、多くの被ばく者を出したアメリカ・ブッシュ政権の責任を問うために、アフガニスタン国際戦犯民衆法廷を開催する際、当ブログ管理人は事務局員を務めた。名古屋で開いた公聴会で「国際法違反の新型核兵器「劣化ウラン弾」の人体への影響」と題して講演をいただいた。

松井さんの当時の講演内容は記録集としてまとめられている。劣化ウランを中心にしながらも、広く放射性物質一般が人体に与える悪影響について、わかりやすく説明されている。ICRPやECRRといった用語は当時は難解で読み飛ばしていたが、3.11で恐るべき放射能事故が現実になった今、改めて読み返してみると、これらの言葉が当時とは異なった重みと力で迫ってくる。

3.11の福島事故の際、「次に起こること」を察知して、当ブログ管理人が早い段階で的確な行動をとれたのも、このときに松井さんの話を聞いていたことが大きい。

福島の事故後は、一貫して被ばくの悪影響を訴える活動を続けてきた。共産党系の一部学者、とりわけ福島市の民医連「渡利病院」の斎藤紀(おさむ)医師らが、「100ミリシーベルトの被ばくでも福島で生活できる」などと山下俊一・福島県立医大副学長顔負けの誤りを犯す中、その誤りを正す活動も続けてきた。福島に残る人々を礼賛する「新婦人しんぶん」(「新日本婦人の会」機関紙)の誤った記事(2015年3月5日付)に対して、松井ご夫妻が連名で提出した批判の内容は、「ちきゅう座」ホームページに掲載されている。

中日新聞記事が紹介している「乳歯の放射性物質を分析する民間の測定所」とは、乳歯保存ネットワークと一体運営されている「株式会社はは」である。同社のサイトに社名の由来は記されていないが、乳歯保存の取り組みを行う団体らしく「歯」の複数形に、子どもの健やかな成長を願う母親を掛け合わせる形で命名されたと考えられる。

もちろん21世紀もすでに5分の1を過ぎたこの時代、子育ては母親だけのものではないからいささか時代遅れの感もある社名だと思われる方もいるだろう。だが、松井さんはそうしたこともあらかじめ織り込んだ上で、あえてこの社名にしたのだと思う。福島で、夫の理解を得られず、幼い子どもを連れて母子だけで「自主的避難」の苦難を背負わなければならなかった母親たちへの連帯メッセージとして。そして同時にこの社名には、「イクメン」など軽くてキャッチーだが本質的には無内容な言葉で表面的な「理解」を装いながら、子育て、子どもを守るという他の何物にも優先すべき「大義」を女性、母親だけの狭い領域に押し込め無関心を決め込んでいる日本の男性優位社会への告発の意味も込められている。この社名を当ブログはそう解釈している。

「株式会社はは」の設立に関しては、当時の朝日新聞岐阜版が詳しく報じている(関連記事:内部被曝を乳歯で調査 岐阜に来月、民間測定所)。当ブログ管理人も出資し協力している。ストロンチウム90の半減期は30年。本当の影響は福島で生まれた子どもたちが大人になったときに初めてわかるだろう。その子どもたちが原発事故を起こした大人たちを告発する勇気を持てるか、それとも福島で生まれたことを隠して生きなければならなくなるかは、今、私たちの世代の大人たちひとりひとりがどのような行動をとるかにかかっているのである。

私が当ブログのキャッチフレーズを「理想に近づくため毎日をより良く生きる」にしているのは、良心に恥じることなく生きたいという決意を示したかったからである。どんなに微力であろうと、今後もこの私の生き方が揺らぐことはないと思っている。このような生き方をしようと決意させてくれたひとりが松井さんである。それだけに当ブログ管理人は今、深い悲しみと喪失感の中にいる。

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2020年 六ヶ所村ピースメッセージ

2020-08-23 22:00:57 | 原発問題/一般
青森県六ヶ所村の使用済み核燃料再処理施設に反対する行動として、1986年から始まった六カ所ピースサイクル行動。全国各地を自転車で回りながら核燃サイクル反対を訴える行動も今年で35年目に入った。

当ブログ管理人に、行動主催者からメッセージの依頼が来るようになったのは、福島原発事故が起きて以降だ。福島県で被災したという事情もあり、以降、毎年、六ヶ所ピースメッセージとして思いを伝えてきた。今年、当ブログ管理人が寄せたメッセージをご紹介する。

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六ヶ所ピースメッセージ

 六ヶ所村村長 戸田 衛 様
 青森県知事 三村 申吾 様
 日本原燃株式会社 社長 増田 尚宏 様

 福島第1原発事故から約9年半が経過しました。今年5月、原子力規制委員会は再処理施設に関し、審査基準「適合」の判断をしました。しかし、それから3か月もたたない8月に入り、日本原燃は25回目の稼働延期を決めました。完成も稼働もできないとわかっている施設に対し、ずさんな審査で合格を認めた規制委に改めて怒りを感じます。

 規制委がこの5~6月に行ったパブリック・コメントにおいて、私も合格とすることに「反対」の意見を送りました。その内容は別紙のとおりですので、よくお読みいただきたいと思います。原子力政策はすでに破綻しており、世界の電力政策は原子力にも火力発電にも依存しない再生可能エネルギー中心のものに向かっています。このままでは日本は世界の潮流から取り残されてしまいます。

 私は、福島第1原発事故当時、福島県西郷村で事故を体験したもののひとりとして、関係者が直ちにこの無責任で未来のない電力政策を変え、原子力推進から撤退へと勇気ある決断を下されるよう強く求めます。

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