語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【秘密保護法】日本版NSCは「究極の有事」に対応できるのか

2013年12月09日 | 社会
 (1)2つの戦争は、その後の世界の風景を一変させてしまった。すなわち、(a)湾岸戦争(1991年1月17日勃発)と(b)イラク戦争(2003年3月20日勃発)だ。最高指揮官は同じブッシュ家の、親子だが、その采配ぶりは対照的だった。二人を支えた国家安全保障担当補佐官の戦略スタイルも大局的だった。NSC・国家安全保障会議を取りまとめて大統領の決断を補佐したのは、
  (a)ブレント・スコウクロフト将軍。ソ連や東欧諸国をも取り込み、国連の武力制裁決議を取り付け、広汎な対イラク網を築きあげ、ポスト冷戦の時代に新たな国際協調主義を誕生させた。 
  (b)コンドリーザ・ライス博士。国連安保理の武力行使容認決議を入手できなかった。有力な西側同盟国は多国籍軍に加わらなかった。「ブッシュの戦争」は国際社会の批判を浴び、超大国の威信に翳りを生じさせた。
 国際情勢を精緻に読み抜き、誤りなき力の行使に大統領を導くこと、それが国家安全保障担当補佐官の最大の責務だ。苛烈で重い。 

 (2)安倍晋三・首相は、第一次安倍内閣の挫折に伴って日本版NSC構想が潰れて以来、その実現に執念を燃やしてきた。
 日本版NSCは、米国版NSCが手本になっている。国家の意思決定システムだ。
 だが、2013年秋の国会で審議されている法案には、究極の責務に係る直接的な記述がない。法案では、新たに国家安全保障会議を設け、4閣僚(総理・官房長官・外相・防衛相)が安全保障に関わる基本方針を審議する、と書いてある。武力攻撃という事態に際しては、少数の閣僚が緊急の審議を行い、「迅速かつ適切な対処が必要と認められる措置について内閣総理大臣に建議することができる」と定めている。
 しかし、緊急事態に少数の閣僚が自ら情報をえり抜き、重大な決断が下せる、と法案が想定しているわけではない。
 総理ほかを補佐するために、内閣官房に新たに国家安全保障局を設け、局長の下に内閣官房副長官補2名を次長として兼務させさらに外交・防衛の専門家を配する。そして、新設の国家安全保障担当補佐官がこれら安全保障チームを統括する。

 (3)究極の有事をシミュレーションし、検証してみよう。
 中国の機動部隊が尖閣沖に姿を見せ、人民解放軍の海兵部隊が魚釣島へ上陸の構えを見せている。・・・・こんな急報がもたらされたら、緊急のNSCが召集される。主要4閣僚が情勢を検討して対処方針を合議する余裕などない。膨大で錯綜する情報(インフォーメイション)を捌いて、危機の本質を示す情報(インテリジェンス)を抽出し、総理に決断を仰がねばならない。総理は、限られた時間の中、国家の命運を決断しなければならない。
 苛烈きわまる状況下で、政治指導者の意思決定を支える舞台となるのが、日本版NSC・国家安全保障会議だ。

 (4)総理を誤りなき決断に導くファクターは2つ。
  (a)決断の拠りどころとなる選りすぐりのインテリジェンスを官邸が全官僚機構からあげさせることができるか。
    いまの日本は、先進8ヵ国のなかで唯一、対外情報機関を持っていない。警察官僚がトップを占める内閣情報調査室、外務省の情報官組織、防衛省の情報本部、警察の警備・公安組織、法務省の公安調査庁が個別に情報や関係資料を総理官邸に持ち込んでいるにすぎない。
    新たに設置される国家安全保障局が、縦割り組織(外務省・防衛省・警察庁など)から情報を適確に提供させ、適確に分析できるか。
    新しい日本版NSCの組織図には、凄まじいばかりの省益戦争が繰り広げられた痕跡が残っている。日本版NSCには、おびただしいスポール・ガバメントが林立している。わけても警察と外務省は、いまなお水面下で果てしない戦争を繰り広げている。
  (b)国家安全保障担当補佐官にひとを得られるか。
    安全保障に係る知識などを必ずしも持っていなくてもいい。究極の有事に遭遇して、怜悧、豪胆に国家の舵を切ることのできる逸材であれば、それでいい。

□手嶋龍一(外交ジャーナリスト・作家)「日本版NSCは「究極の有事」に対応できるのか」(『文藝春秋オピニオン 2014年の論点100』、2013)
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 【参考】
【秘密保護法】日本版NSCは「戦争指導最高会議」 ~元官僚の観点~