(1)全国学力テストをめぐって、川勝平太・静岡県知事の言動が物議を醸した。
知事は、県内の公立小学校の国語A(基礎問題)の成績が都道府県別で最下位だった責任は教師にある、とし、平均正答率下位100校の校長名を公表する、という考えを明らかにした。
公表を躊躇する県教育委員会との悶着を経て、一転して上位86校の校長名を公表することで自愛は収束した。
川勝知事には甚だしい勘違いが見られ、思考過程は論理的でも科学的でもない。この勘違いは、ひとり川勝知事だけの話ではない。
(2)まず戒められるべきは、この件は知事の管轄下にない、ということだ。全国学力テストに公立小中学校が参加する場合の主体は、市町村教育委員会だ。テストの成績を公表するかどうかを議論するか否かを判断するのは、それぞれの市町村だ。本来、県が口出しする筋合いのものではない。
県教委は、文部科学省から結果の提供を受けるので、県内全域のテスト結果を把握している。ただ、それは県教委が市町村教委に対して助言や連絡を行う役割を担っているからにすぎない。主体は市町村で、県は従たる立場にすぎない。
その県が、市町村を差し置いて、自ら結果公表に乗り出すなど、もってのほか。県は身のほどを弁えなければならない。
(3)ただ、県全域のテスト結果に係る情報公開請求が行われた場合、従たる立場であっても、県教委にテスト結果が存在する以上、潜在的には情報公開請求の対象となる。
請求があれば、県情報公開条例に従って処理することになる。
不開示の督励に該当するなら開示できない。該当しなければ開示するだけのことだ。
不開示の対象を特定する規定の書きぶりが曖昧であれば、解釈が分かれる余地がある。鳥取県の場合、やはり曖昧だった規定を改正し、学力テスト結果の公開請求に対する処理ルールを具体的に規定した。
実は、このたびの公表騒動も、静岡県情報公開条例ではどうなるのか、ということを踏まえて議論すべきだった。
仮に、静岡県情報公開条例では不開示の対象となっていて、かつ、知事がどうしてもテスト結果を公表すべきだ、と考えるなら、静岡県情報公開条例の見直しから始めるべきだ。開示対象であることが条例で明確にされれば、県教委も文句を言えないし、「非公表にせよ」という文科省の要請にも抗することができる。
また、仮に、曖昧なままだと、知事と県教委との諍いでは終わらず、県民と県との争いが裁判所に持ち込まれる。転ばぬ先の杖を用意するのも知事の仕事だ。
(4)川勝知事は、子どもたちの国語の成績が悪いのは読解力が低いからだ、とし、日ごろの読書週間の大切さに触れている。この見解が正しいとしても、子どもたちに読書習慣が身についていないのはひとえに教師が悪いからだ、とする論法には根拠も説得力もない。
子どもたちの読書習慣に教師の力量が関わることは間違いないが、それだけではない。学校図書館のありようも重要な要因となるはずだ。蔵書の充実、学校図書館司書の配置。
静岡県内の公立小中学校は、文科省の定める「図書標準」(学校図書館が整備すべき蔵書の標準)を満たしている学校もあれば、満たしていない学校もある。基準を満たしているかどうかは、学校図書館の魅力に関わる。
また、静岡県では、12学級以上の小学校にはすべて司書教諭を配置しているが、11学級以下の小規模校への司書教諭・学校図書館担当職員の配置率は、36.5%だ。他県のなかには小規模校にも100%配置している県もある。静岡県がこれまで学校図書館に特に力を入れてきた、とは言えない。
問題は要するに、静岡県内では大規模校には司書教諭が配置されているが、小規模校では必ずしもそうではない、ということだ。
県の施策に起因して学校図書館の環境に格差が生じているが、果たしてこれが子どもたちの読書習慣に影響してはいないか。
また、静岡県内の公立小学校における図書館司書などの配置率は76.2%だ。学校図書館司書などが配置されている学校も多いが、配置されていない学校も相当数ある。学校図書館に人がいるかどうかは、子どもたちが本に親しむ習慣を身につけるうえで決して無視できない。市町村間の読書環境の格差は、各市町村の学校図書館に対する姿勢や政策の違いによって生じるものであり、現場の教師にはいかんともしがたい。
(5)かくして、子どもたちの読書環境には、県の施策や市町村の力の入れ具合によって、学校ごと、市町村ごとに大きな違いが見られる。それが子どもたちの読書習慣に影響を及ぼさないはずはない。そんな事情には目をつぶって、教師の責任だけ追及する川勝知事の言い分は拙劣で著しく合理性を欠いている。
(6)知事が子どもたちの読書環境を改善するためにやれることがある。例えば溝口全兵衛・島根県知事。
島根県内のすべての小学校に何らかのかたちで学校図書館司書が配置されている。学校図書館司書の人件費を県が助成する仕組みを作って、市町村の後押しを続けてきた。
□片山善博(慶大教授)「全国学力テストと知事の勘違い ~日本を診る 50~」(「世界」2013年12月号)
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知事は、県内の公立小学校の国語A(基礎問題)の成績が都道府県別で最下位だった責任は教師にある、とし、平均正答率下位100校の校長名を公表する、という考えを明らかにした。
公表を躊躇する県教育委員会との悶着を経て、一転して上位86校の校長名を公表することで自愛は収束した。
川勝知事には甚だしい勘違いが見られ、思考過程は論理的でも科学的でもない。この勘違いは、ひとり川勝知事だけの話ではない。
(2)まず戒められるべきは、この件は知事の管轄下にない、ということだ。全国学力テストに公立小中学校が参加する場合の主体は、市町村教育委員会だ。テストの成績を公表するかどうかを議論するか否かを判断するのは、それぞれの市町村だ。本来、県が口出しする筋合いのものではない。
県教委は、文部科学省から結果の提供を受けるので、県内全域のテスト結果を把握している。ただ、それは県教委が市町村教委に対して助言や連絡を行う役割を担っているからにすぎない。主体は市町村で、県は従たる立場にすぎない。
その県が、市町村を差し置いて、自ら結果公表に乗り出すなど、もってのほか。県は身のほどを弁えなければならない。
(3)ただ、県全域のテスト結果に係る情報公開請求が行われた場合、従たる立場であっても、県教委にテスト結果が存在する以上、潜在的には情報公開請求の対象となる。
請求があれば、県情報公開条例に従って処理することになる。
不開示の督励に該当するなら開示できない。該当しなければ開示するだけのことだ。
不開示の対象を特定する規定の書きぶりが曖昧であれば、解釈が分かれる余地がある。鳥取県の場合、やはり曖昧だった規定を改正し、学力テスト結果の公開請求に対する処理ルールを具体的に規定した。
実は、このたびの公表騒動も、静岡県情報公開条例ではどうなるのか、ということを踏まえて議論すべきだった。
仮に、静岡県情報公開条例では不開示の対象となっていて、かつ、知事がどうしてもテスト結果を公表すべきだ、と考えるなら、静岡県情報公開条例の見直しから始めるべきだ。開示対象であることが条例で明確にされれば、県教委も文句を言えないし、「非公表にせよ」という文科省の要請にも抗することができる。
また、仮に、曖昧なままだと、知事と県教委との諍いでは終わらず、県民と県との争いが裁判所に持ち込まれる。転ばぬ先の杖を用意するのも知事の仕事だ。
(4)川勝知事は、子どもたちの国語の成績が悪いのは読解力が低いからだ、とし、日ごろの読書週間の大切さに触れている。この見解が正しいとしても、子どもたちに読書習慣が身についていないのはひとえに教師が悪いからだ、とする論法には根拠も説得力もない。
子どもたちの読書習慣に教師の力量が関わることは間違いないが、それだけではない。学校図書館のありようも重要な要因となるはずだ。蔵書の充実、学校図書館司書の配置。
静岡県内の公立小中学校は、文科省の定める「図書標準」(学校図書館が整備すべき蔵書の標準)を満たしている学校もあれば、満たしていない学校もある。基準を満たしているかどうかは、学校図書館の魅力に関わる。
また、静岡県では、12学級以上の小学校にはすべて司書教諭を配置しているが、11学級以下の小規模校への司書教諭・学校図書館担当職員の配置率は、36.5%だ。他県のなかには小規模校にも100%配置している県もある。静岡県がこれまで学校図書館に特に力を入れてきた、とは言えない。
問題は要するに、静岡県内では大規模校には司書教諭が配置されているが、小規模校では必ずしもそうではない、ということだ。
県の施策に起因して学校図書館の環境に格差が生じているが、果たしてこれが子どもたちの読書習慣に影響してはいないか。
また、静岡県内の公立小学校における図書館司書などの配置率は76.2%だ。学校図書館司書などが配置されている学校も多いが、配置されていない学校も相当数ある。学校図書館に人がいるかどうかは、子どもたちが本に親しむ習慣を身につけるうえで決して無視できない。市町村間の読書環境の格差は、各市町村の学校図書館に対する姿勢や政策の違いによって生じるものであり、現場の教師にはいかんともしがたい。
(5)かくして、子どもたちの読書環境には、県の施策や市町村の力の入れ具合によって、学校ごと、市町村ごとに大きな違いが見られる。それが子どもたちの読書習慣に影響を及ぼさないはずはない。そんな事情には目をつぶって、教師の責任だけ追及する川勝知事の言い分は拙劣で著しく合理性を欠いている。
(6)知事が子どもたちの読書環境を改善するためにやれることがある。例えば溝口全兵衛・島根県知事。
島根県内のすべての小学校に何らかのかたちで学校図書館司書が配置されている。学校図書館司書の人件費を県が助成する仕組みを作って、市町村の後押しを続けてきた。
□片山善博(慶大教授)「全国学力テストと知事の勘違い ~日本を診る 50~」(「世界」2013年12月号)
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