語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】北方領土返還のルールが変化 ~ロシアのクリミア併合~

2014年03月19日 | ●佐藤優
 (1)ウクライナ危機にあたって日本政府は、バランスが取れた賢明な外交政策を展開している。
 一部の論者が、ウクライナ危機をめぐるロシアvs.米国・EUの対立を新冷戦と呼んでいる。しかし、冷戦時代と重ね合わせるような見方では、事の本質を誤解させる。
 冷戦の原因は、共産主義vs.資本主義というイデオロギー対立だ。
 一方、現下の露対欧米の対立の原因は、イデオロギーではない。ウクライナに対する影響力をめぐるロシアと米国・EUの利害衝突だ。つまり、帝国主義的抗争だ。
  (a)ロシア・・・・「われわれの死活的利益が侵害されるおそれがある場合には、近隣諸国の主権は制限され得る」という乱暴な制限主権論を展開している。特にクリミア自治共和国に、「自警団」を偽装してロシア軍を派遣するような行為は、国際秩序を著しく混乱させる。
  (b)米国・EU・・・・親欧米の現ウクライナ政権を支持している。この政権が、親欧米であることは間違いない。しかし、自由や民主主義という欧米や日本の価値観を共有しているわけではない。
   ①ウクライナ語に堪能ではない東部、南部の住民を露骨に差別するウクライナ民族至上主義者や、反ユダヤ主義的スローガンを掲げる者が政権側にいる。
   ②クリミア自治共和国の先住民族(クリミア・タタール人)の中には過激なイスラム原理主義者がいる。この過激な勢力は、反ロシアという観点から、戦術的にウクライナの現政権を支持している。
 
 (2)ロシアが毒蛇ならば、ウクライナは毒サソリのようなもので、日本がどちらかに肩入れする必要はない。
 近未来に生じ得る最大の危機は、クリミアの帰属問題だ。クリミア自治共和国の住民投票では、同共和国のロシア併合が承認される。
 問題は、この結果にロシアがどう反応するかだ。
 ロシアがクリミアの併合を認めれば、国際社会は国連憲章違反の領土拡張だ、と激しく反発し、本格的な制裁をロシアに対して加えることになる。
 その場合、日本としても、対露強硬策に転じざるを得なくなる。それは、米国、EUとの連携ということだけではなく、北方領土交渉をめぐるゲームのルールが根本的に変化するからだ(後述→(3))。

 (3)北方領土が返還され、日露平和条約が締結される、と仮定しよう。
 その後、北方領土のロシア系住民が住民投票を行い、ロシアへの帰属を承認したらどうなるか。クリミアの例に倣い、ロシアが軍事力を行使して、北方領土を奪取する可能性が生じる。

 (4)(3)のようなゲームのルール変更を阻止することが、3月12日からモスクワ入りし、ラブロフ外相らと会談している谷内正太郎・国家安全保障局長の重要な任務だ。
 安倍晋三・首相とプーチン大統領は、過去1年間に5回も会談し、人間的信頼関係を構築した。2月8日のソチで行われた日露首脳会談では、安倍首相がプーチン大統領に谷内局長を直接紹介した。
 谷内局長の伝える安部首相のメッセージにプーチン大統領が真剣に耳を傾け、ロシアのクリミア併合を断念するか。
 クリミアがロシア併合を住民投票で承認しても、ロシアが「自国領土の拡大はしない」という決断をすれば、ロシアvs.欧米・日本の決定的な対立を回避することができる【注】。

 【注】谷内はしかし、任務に失敗した。プーチン大統領は、3月18日午後、クレムリンに上下院議員らを集めて演説し、クリミア編入の方針を公式に表明した。【記事「ロシア、クリミア編入 プーチン氏、条約署名 米、G7会合要請」(朝日デジタル  2014年3月19日)】

□佐藤優「安倍政権が彼に託した「メッセージ」 ~佐藤優の人間観察 第61回~」(「週刊現代」2014年3月29日号)
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 【参考】
【佐藤優】ロシアが危惧するのは軍産技術の米流出 ~ウクライナ~
【佐藤優】新冷戦ではなく帝国主義的抗争 ~ウクライナ~~
【佐藤優】クリミアで衝突する二大「帝国主義」 ~戦争の可能性~
【佐藤優】「動乱の半島」クリミアの三つ巴の対立 ~セルゲイ・アクショーノフ~
【佐藤優】ウクライナにおける対立の核心 ~ユリア・ティモシェンコ~
【ウクライナ】とEU間の、難航する協定締結に尽力するリトアニア
【佐藤優】ロシアとEUに引き裂かれる国 ~ウクライナ~
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【佐藤優】ロシアが危惧するのは軍産技術の米流出 ~ウクライナ~

2014年03月18日 | ●佐藤優
 (承前)

 (3)今回のウクライナ政変で重要な役割を果たしたのが、ガリツィア地方(西ウクライナ)を基盤とするウクライナ民族主義者だ。
 ガリツィアは、1945年にソ連赤軍が占領するまで、帝政ロシアやソ連の領土となったことはなかった。歴史的にはハプスブルグ帝国(ハンガリー・オーストリア帝国)に属した。19世紀、ロシア領ウクライナでロシア語化が推進されたのに対して、ハプスブルグ帝国に属するウクライナ(ガリツィア地方)では多言語政策が取られた。ソ連政府の言語政策は、ウクライナ語重視、ロシア語優先など一貫しなかったが、ウクライナ独立(1991年)時点では、東部、南部はもとより中部のキエフでも、日常的にはロシア語が使用されていた。
 ウクライナ政府は独立後、ウクライナ語化を積極的に推進し、ウクライナ語の通用度は飛躍的に高まった。キエフ(中央政府・議会)の政治エリートはウクライナ語を用いるようになった。
 しかし、東部、南部、クリミア自治共和国(1954年までロシアに帰属)では、ロシア語が日常的に使用されている。東部、南部の住民は、そもそもウクライナ人、ロシア人の民族意識が未分化だ。

 (4)ガリツィアの民族主義者のうち、一時期、ナチス・ドイツと提携し、ウクライナの独立を目指した人々がいる。第二次世界大戦中、ウクライナ人がソ連軍の中に200万人、ドイツ軍の中にも30万人含まれていた。ナチス・ドイツ軍に加わったウクライナ人は、ユダヤ人虐殺に積極的に荷担した。
 ロシアが、このたびウクライナの権力を奪取した者たちの中に「バンデラ主義者」がいる、と激しく非難している。「バンデラ主義者」とは、一時期、ナチス・ドイツと提携し、第二次世界大戦後は西ドイツに亡命してウクライナ独立運動を展開したステパン・バンデラ(1909-59年)の崇拝者のことだ。
 <キエフへはウクライナの国粋的な組織から武装戦闘員らが派遣されてきた。こうした者らが英雄と讃えるステパン・バンデラとは、第二次世界大戦中にナチス・ドイツに協力したウクライナ人国粋主義者だ。バンデラの武装戦闘員らは占領されたテリトリーで数十万人もの「非ウクライナ人」、つまりポーランド人、ロシア人、ユダヤ人を殺害した。バンデラ主義者の残虐行為の犠牲者となったのは、婦女、老人たちだった。/今、キエフに跋扈するバンデラ主義者の信奉者らは流血の惨事を起こし火焔瓶を投げつけ、治安維持部隊に暴力をふるい、銃を乱射している。ウクライナ政権に殺戮の罪をかぶせるために。そしてこれらのすべてを西側のマスコミ、政治家らは「穏健な抗議」と呼んだ。>【露国営ラジオ「ロシアの声」】
 「ロシアの声」が伝えるのは、ウクライナで起きている出来事の一面だ。

 (5)プーチン露政権は、制限主権論(「ロシア国家の死活的利益が脅かされる場合には、近隣国家の主権は制限される」)を展開している。
 これは、国境線の不可侵を原則とする国際法秩序に対する挑戦だ。かかる主張が認められると、国際秩序が著しく不安定になる。
 ロシアは、ウクライナから利用権を得ているセバストポリ軍港を保全するためにクリミアに軍を派遣したにもかかわらず、それを「クリミア住民による自警団である」と強弁している。軍隊派遣が国際法違反だ、と自覚しているから、かかる強弁を行っているのだ。
 ロシアは自らの「疚しさ」を自覚している。だから、交渉の余地がある。
 ロシアが最も危惧しているのは、ウクライナ南部にあるロシア仕様の軍産複合体、宇宙産業の技術が米国に流出することだ。

 (6)今後想定される最悪の事態は、ウクライナ人とロシア人の民族衝突が発生することだ。
 そうなると、現在、民族意識が未分化な人々も、いずれかの民族に帰属する決断を余儀なくされる。その結果は、民族紛争がウクライナからロシアに拡大して、ユーラシア地域の情勢が著しく不安定になる。 

□佐藤優「ウクライナ緊迫でロシアが危惧する軍産技術の米流出 ~佐藤優の飛耳長目 93~」(「週刊金曜日」2014年2月14日号)
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【佐藤優】新冷戦ではなく帝国主義的抗争 ~ウクライナ~

2014年03月17日 | ●佐藤優
 (1)ウクライナ情勢が緊迫している。
  (a)ロシアは、自国民保護を口実に今後、ウクライナ情勢が悪化すれば軍事介入を行う意向を表明した。既にクリミア自治共和国には「自警団」という形でロシア軍が介入している。
  (b)米国とEUは、ロシアの姿勢に反発を強め、対露制裁を導入した。
    ①3月6日、オバマ米大統領は、露政府関係者らへのビザ発給制限、ウクライナの平和を脅かす個人や機関の米国内の資産凍結を表明した。
    ②同日、EU首脳会議(於ブラッセル、ベルギー)の結果EUは、露政府とのビザなし渡航交渉中断や資産凍結を表明した。さらに、ロシアが譲歩しない場合、EUは、EU・ロシア首脳会議の中止、具体的品目を定めて禁輸措置を取るなど広範囲な制裁を検討する意向を表明した。

 (2)米国・EU対ロシアの緊張がかつてなく高まっている。
 今般の事態を新冷戦と見ると事柄の本質を捉え損ねる。冷戦はイデオロギー対立(共産主義vs.反共主義)によって起きた。今般、米国、EU、ロシアはいずれも資本主義国で、民主的手続きによって政治指導者が選ばれる体制になっている。今回の米国・EU対ロシアの対立は、ウクライナへの影響圏をめぐる帝国主義的抗争だ。
  (a)ウクライナのヤヌコビッチ前政権・・・・ロシアの傀儡
  (b)火焔瓶と銃によって権力を奪取した現政権・・・・新欧米の民主主義政権
と見なすと、事柄の本質を見失う。ヤヌコビッチが、不正蓄財を行い、権力を濫用して国民を弾圧したことは間違いない。しかし、同人が親露派であった、というわけではない。同人はEUとロシアを天秤にかけて、自己の利権の極大化を図っていたにすぎない。
 2月23日、ウクライナ議会はヤヌコビッチ大統領を解任し、トゥルチノフ議会議長を大統領代行に指名した。同人は反ヤヌコビッチ派政党「祖国」に属するが、カリスマ性を持たない。
 この前日22日、「祖国」に属するティモシェンコ前大統領が刑務所から釈放され、車いす姿で集会に参加し、前倒し選挙に出馬する意向を表明した。
 欧米のマスメディアは、ティモシェンコがウクライナの親欧米的な民主派を代表するがごとくに報じた。彼女はしかし、国民の支持を得ずに政治舞台から消えた人だ。
   ①ティモシェンコがヤヌコビッチの政敵で、それ故に法規を特に厳格に適用され、投獄されたことは間違いない。
   ②同時に、彼女が公権力を利用して不正蓄財に手を染めたことも間違いない。
   ③また、ユチシェンコ大統領の下で首相を務めたときの彼女は、大統領が親欧米的路線をとったのに対抗し、親露路線を鮮明にした(彼女に明確な政治哲学はない)。

□佐藤優「ウクライナ緊迫でロシアが危惧する軍産技術の米流出 ~佐藤優の飛耳長目 93~」(「週刊金曜日」2014年2月14日号)
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 【参考】
【佐藤優】クリミアで衝突する二大「帝国主義」 ~戦争の可能性~
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【古賀茂明】安倍政権の戦争準備 ~恐怖の3点セット~

2014年03月16日 | 社会
 (1)集団自衛権の行使は、憲法解釈上認められない、とされている。
 が、「憲法解釈を変えて認めさせよう」と安部総理が声高に叫び始めた。
 戦後日本政府が一貫してとってきた解釈を変えて、憲法の内容をこれまでと正反対のものにしようとしているわけだが、それによって本当は何が起きるのか、実は国民にはよく理解できていない。

 (2)政府がおかしなことをやろうとする時は、まず、全体像を隠す。それが常道だ。
 大目的を達成するために必要な一連の政策をバラバラに提案することによって、国民の「想像力」を限定し、批判を矮小な問題に閉じ込めることができるのだ。

 (3)今回の「一連の政策」とは何か。
  (a)最初に出てきたのが、日本版NSC(国家安全保障会議)設置法だ。民主、維新、みんななどの野党が賛成した。議事録作成の議論も、ウヤムヤのまま終わっている。この時点では、野党も問題の核心を理解していなかった。
  (b)次に出された特定秘密保護法の議論でも、知る権利、報道の自由など議論は盛り上がったが、日本版NSC設置法や集団自衛権との関係はほとんど議論されないまま成立した。

 (4)しかし、実際には、日本版NSC設置法、特定秘密保護法には、一つの共通目的がある。そして、実際の安全保障政策の決定現場において、複合的にその力を発揮し、個別の議論では想定できない驚異的な効果を呼ぶ「恐怖の3点セット」となるのだ。しかし、その問題点は、「想像力」を発揮しないとわからない。
 <例>「イランが米国に先制攻撃をしようとした」と称して、米国がイランを先制攻撃する。「これは自衛戦争だから日本も参戦してほしい」とオバマ大統領が安部総理に電話する。直ちに、閣議ではなくて、日本版NSCが開催される。NSCは、たった4人の大臣だけで決められる。米国から提供される情報にはガセネタが多い(この世界の常識)が、米国からの情報は特定秘密になっていて、外部はおろか、内部の検証も十分にできない。
 ある大臣が反対しても、議事録が作成されないから、無視しても表には出ない。反対する大臣が他の大臣に働きかけて共同記者会見しようとすれば、特定秘密保護法で秘密漏洩・教唆犯になる。
 かくして、安部総理はやすやすと参戦を決めることができる。
 つまり、この「3点セット」には、無用な戦争に巻き込まれる、という「誤った判断」を助長するための制度になるのだ。

 (5)さらに想像力を働かせよう。
 イランは日本を攻撃していない。日本人に好意を持つイラン人も多い。そのイラン人を自衛隊が殺害するのだ。戦争だから、民間人、母親と子どもたちまで巻き込まれ、日本人が「殺す」ことになる。
 むろん、何百、何千という自衛隊員も殺される。自衛隊員といっても、日本人誰かの家族であり友人だ。中東の国を攻撃したことによって、いつテロに遭うのかと怯えて暮らさなければならなくなる。
 日本の強大なソフトパワーの基盤となっていた平和国家のイメージも根底から覆る。
 「殺し、殺される国になる」・・・・その覚悟が、日本人一人一人にあるのだろうか。

 (6)私が決めます、と安部総理は言い、閣議決定の前に国会で議論しろ、と野党が言う。
 「冗談ではない」と言いたい。
 これほど重大な決定を内閣や国会に任せるなど、論外だ。
 憲法改正手続きで、最後は国民投票で決めるべきであるのは、自明のことではないか。
 この先に、武器輸出、国防軍、徴兵制という3点セットが待っている。安部政権の掌に乗って、弄ばれる野党とマスコミが情けない。

□古賀茂明「「恐怖の3点セット」で、いざ戦争 ~官々愕々第101回~」(「週刊現代」2014年3月22日号)
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【環境】日本全土をむしばむ水銀 ~中国からの越境汚染~

2014年03月15日 | 社会
 (1)各種の物質は大気中で寄せ集まり、小さい粒子状の物質(Paticulate Matter)をつくる。わけても粒子径2.5μm以下の微粒子の濃度が、地球規模で高くなっていることから、各国や世界保健機関(WHO)はPM2.5対策に乗り出した。
 日本でも、国が2009年、PM2.5の基準を「日平均35μg/立米以下、かつ、年平均15μg/立米以下」と定めた。
 さらに、2013年2月、環境省は、PM2.5の濃度の日平均が70μg/立米超と予測される場合、各都道府県は、不要不急の外出を減らすなど住民に注意喚起を求める(「PM2.5注意報」)指針を定めた。

 (2)PM2.5の発生源は、工場、火力発電所、自動車などから排出されるガス、粒子状物質のほか、土壌、海塩、火山灰などだ。
 PM2.5の濃度が高まったとき、中国からの影響が大きい。【平岡英治・環境省官房審議官】
 これは今では常識だが、ほんの数年前までは常識でなかった。1990年代は、黄砂以外の大気汚染が中国から越境していると言っても、たいていは「そんなことを言っていいの」という対応だった。その後、中国は経済発展に伴って爆発的な環境悪化を招き、海を隔てた日本にも影響を及ぼすようになった。

 (3)PM2.5は呼吸器、循環器に作用し、脳卒中、心筋梗塞などのリスクを高める。
 国連環境計画(UNEP)は、世界の水銀排出量の3分の1の発生源は中国だ、とみている。
 PM2.5の中身の物質は多様だが、水銀は独自の浮遊物質として日本上空へ飛来してくる。
 2007年からの研究によれば、日本国内の山の水銀濃度が上昇したときは、例外なく中国からの気団がその山の方面を覆い通った場合だ。逆に、山の水銀濃度が低い日は、太平洋からの気団の影響下にあるときだった。【永渕修・滋賀県立大学環境科学部教授】
 <例>2012年10月、乗鞍岳一帯が大陸からの寒気団に覆われると、水銀濃度が0.5ng(ナノグラム)/立米から2.5ng/立米に急上昇した。伊吹山では、中国からの気団に包まれると、水銀濃度とともにヒ素やテルルの濃度も相関的に高くなった。
 ここから考えられることは、日本の大気の水銀の大部分は中国発で、それは概ね石炭の燃焼によって発生した。石炭には水銀、ヒ素、テルルなどの物質が含まれているが、中国の工場や発電所は、排煙の除去設備の導入が立ち遅れている。

 (4)中国から飛来した水銀の一部は、酸化されると雨に溶けて日本の地表や水面に沈着する。琵琶湖には、伊吹山地や周辺の山々から多くの河川が流れ込んでいる。プランクトンが取り込んだ水銀を、琵琶湖の生態系で食物連鎖の頂点に位置するビワコオオナマズが最終的に取り込む。
 かくて、体長1m前後のビワコオオナマズから、856μg/kgの、体長50cm前後の普通のナマズからも420μg/kgの総水銀が検出された。
 ちなみに、国は、魚介類にに含まれる総水銀の暫定規制値を0.4ppmと定めている。ビワコオオナマズは856μg/kg=0.856ppmだから規制値の2倍を超える汚染、ということになる。普通のナマズも420μg/kg=0.420ppmだから規制値を超えている。
 総水銀のほとんどは、メチル水銀で占められている。メチル水銀は水俣病の原因物質だ。
 水銀が中国から飛来し、環境中でさらに毒性の強いメチル水銀に変化している。国や自治体が各地に設置した計測器では水銀を測定していない。だから、この驚くべき事実は、永渕教授らの研究チームによって初めて明らかにされた。
 中国からの越境汚染が、日本全土の環境を確実にむしばみつつある。

□長谷川照(ライター)「中国から飛来する水銀」(「AERA」2014年3月17日号)
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【佐藤優】クリミアで衝突する二大「帝国主義」 ~戦争の可能性~

2014年03月14日 | ●佐藤優
 (1)あたかも第二次世界大戦前夜の様相だ。
 クリミア半島は、住民の6割がロシア系だ。1954年(ソ連時代)にロシア共和国からウクライナ共和国に帰属替えされた経緯もあるうえ、ロシアにとっては黒海艦隊が拠点を置く戦略上の重要拠点だ。
 しかし、2月に「親欧米」政権が誕生した。
 クリミア半島を死守したいプーチン大統領は、ロシア軍を派遣して掌握に乗り出した。

 (2)冷戦の機器が囁かれるほど、米露関係は悪化している。
 行方は見えないが、冷戦時代に逆戻りはしない。冷戦は、基本的には共産主義と反共主義というイデオロギー対立がベースにあった。現在はイデオロギーはない。
 では、今回の対立をどう見るべきか。
 帝国主義的な対立だ。それが露骨に出てきているのだ。
 ソ連はかつて、制限主権論を唱えて侵略を正当化してきた。社会主義共同体の利益が脅かされる場合、個別国家の主権は制限されることがある、という理屈だ。今回は、ロシアの利益が脅かされる場合、近隣国家の主権は制限されることがある、という論理で、ウクライナに軍隊を展開している。
 ちなみに、米国も制限主権論を使っている。アフガニスタンやイラクに対しては、米国型の価値観になじまない国は、世界の利益を侵害するから、主権は制限されても構わない、としている。これも帝国主義国の論理だ。
 ロシアは地政学、米国は「自由と民主主義」の旗印の下に、それぞれ帝国主義化している。

 (3)わが日本の安倍晋三・首相は、「全当事者が自制と責任を」と話すなど、米国に代表される西側の動きとは一線を画しているように見える。
 幸い日本はバランスが取れている。G7との協調姿勢は取りつつも、日露交渉はきちんとやっていく。米国と距離を置いて、どちらかというとドイツに近い姿勢を採っている。今回のウクライナ新政権にも冷ややか。米国との関係がある以上、この姿勢をどこまで続けられるかがポイントだ。

 (4)米国はヒートアップし続けている。ケリー国務長官は、追放の可能性に言及した。「この状態が続けばロシアはG8に残れないだろう」
 事実、米国などG8主要4か国はソチで6月に開催予定のG8首脳会議に向けた準備会合への参加を見合わせる方針を早々と決定した。態度を明確にするのが遅れた日本、ドイツ、イタリアとは温度差がある。

 (5)(4)の構造は、第二次世界大戦前の状況に似ている。当時、ソ連があった。「英米仏」は同盟関係を構築し、別の同盟を結んだ「日独伊」と激しく対立した。
 現状も、連合国vs.枢軸国という対立構造と見えなくもない。
 この図式は潜在的にある。第二次世界大戦後の秩序を作ったグループと従わされたグループだから。だから、G8で利害調整することは重要だ。G7になれば、日本だって国連の常任理事国ではないから、ロシアに影響力を行使できないし、慰安婦問題などを抱えていることで、民主主義の度合いが低いと非難される可能性がある。G7ではもたない。ロシアを外に出すと、中国とロシアの提携も現実味を帯びる。これは最悪のシナリオだ。利害が調整できなくなれば、戦争を誘発する危険性すらある。各国が帝国主義的になる中、いかなる対立も起こり得るようになる。現在が大きな分水嶺にあることを、ウクライナ問題は浮き立たせた。

□岩田智博(編集部)「クリミア 佐藤優氏が読む戦争の可能性 衝突する2大「帝国主義」」(「AERA」2014年3月17日号)
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 【参考】
【佐藤優】「動乱の半島」クリミアの三つ巴の対立 ~セルゲイ・アクショーノフ~
【佐藤優】ウクライナにおける対立の核心 ~ユリア・ティモシェンコ~
【ウクライナ】とEU間の、難航する協定締結に尽力するリトアニア
【佐藤優】ロシアとEUに引き裂かれる国 ~ウクライナ~
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【大岡昇平ノート】『神聖喜劇』評 ~大西巨人を悼む~

2014年03月13日 | ●大岡昇平
     

●大岡昇平「現代への鋭利な諷刺」 ~『神聖喜劇』評~

 日本の軍隊は老朽化し官僚化し、各種「操典」や「令」の、文語カタカナ書きの煩雑な条文に縛られていた。敵が退却したのに、追撃しないと「作戦要務令」違反になるため、猪突して壊滅したりした。
 大西巨人氏は、超人的記憶力をもつ主人公を設定することにより、この条文を逆手にとって、軍隊生活の喜劇性を生き生きと描き出すのに成功した。この喜劇性はまた、ますます官僚化しつつある現代の生産社会のものであるから、現代への鋭利な諷刺になっている。

□『神聖喜劇 第1巻』(光文社、1978)添付の栞。

   *

●記事「作家の大西巨人さん死去 97歳、小説「神聖喜劇」」

 <超人的な記憶力と論理的思考力で、非人間的な軍隊組織に抵抗する兵士を描いた長編小説「神聖喜劇」で知られる作家の大西巨人(おおにし・きょじん、本名巨人〈のりと〉)さんが12日午前0時半、死去した。97歳だった。故人の遺志により葬儀は行わない。長男は作家の赤人(あかひと)さん。
 政治や差別問題にも筆をふるい、鋭い風刺で社会の問題点を突いた。約25年かけて1980年に完成した「神聖喜劇」は、主人公の陸軍2等兵が軍隊という強大な権力機構に独りで向き合い、上官らと渡り合う姿を描いた。松本清張や埴谷雄高らの支持を得た。原作にした漫画も出版され、2007年に日本漫画家協会賞大賞を受賞した。
 福岡市生まれ。九州大法文学部中退後、新聞社勤務を経て、召集で対馬要塞(ようさい)重砲兵連隊に入隊。戦後、福岡で「文化展望」の編集にあたり、日本共産党に入党。52年に上京、新日本文学会常任委員となった。評論「俗情との結託」(52年)で野間宏の「真空地帯」を大衆追従主義と批判し、野間や宮本顕治らと論争。その後、共産党と絶縁状態となり、72年に新日本文学会を退会した。
 小説に、労働運動の堕落を告発した「天路の奈落」、評論集に「戦争と性と革命」「巨人批評集」、朝日ジャーナル誌での連載をまとめた「巨人の未来風考察」などがある。
 遅筆、寡作で知られたが、晩年に「深淵」「縮図・インコ道理教」「地獄篇三部作」などの作品を発表し続けた。
 赤人さんによると、昨年暮れに肺炎で入院した後、自宅で療養していたという。>

□記事「作家の大西巨人さん死去 97歳、小説「神聖喜劇」」(朝日デジタル 2014年3月13日)
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   *
 
 大岡昇平も大西巨人も不正に敏感で、差別を批判した。
 大西は、二人の子どもが血友病であることもあって、次のような論陣を張った。ほかに、ハンセン病などについても言及がある。

(1)優生思想について
 「破廉恥漢渡部昇一の面皮をはぐ」
 「指定疾患医療給付と谷崎賞」
 「指定疾患医療給付と谷崎賞・補説」
 「渡部昇一における鉄面皮ぶりの一端」
 「恥を恥と思わぬ恥の上塗り」
   ※以上、『大西巨人文選3』(みすず書房、1996)

  【注】一連の論争については、「神聖な義務」アーカイブがある。

(2)障害児の教育権
 「障害者にも学ぶ権利がある」
 「文部大臣への公開状」
 「ふたたび文部大臣への公開状」
 「学習権妨害は犯罪である」
 「『私憤』の激動に徹する」
 「『学校教育法』第二十三条のこと」
   ※以上、『時と無限 大西赤人作品集・大西巨人批評集』(創樹社、1973)
 「面談『大西赤人問題』今日の過渡的決着」
 「付審判請求から特別抗告へ」
   ※以上、『巨人批評集』(秀山社、1975)

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【原発】巻き返しをはかる原発推進派の策動 ~利権構造の再現~

2014年03月13日 | 震災・原発事故
 (1)安部政権は、今井尚哉・前経済産業省資源エネルギー庁次長を首相秘書官に据える。今井は、開催電力大飯原発再稼働の先頭に立った。
 その安部“原子力ムラ内閣”が、原発再稼働に本格的に手を染め始めた。
 原子力規制委員会を矢面に立たせるのが、その手法だ。同委員会が「世界で一番厳しい基準」で安全と判断すれば再稼働していきたい・・・・と安部首相は繰り返し強調する。だが、「世界で一番厳しい基準」という発言こそ、安部首相の無知の証明、経産官僚に洗脳されている証左だ。

 (2)<ソフトで対応するのか、ハードで対応するのかの違いはあれど、「メルトダウン事故は起きる」という前提で考えているのが世界の潮流です。ところが(日本の)技術委員会の議論を聞いていると、「メルトダウンが起きる」という前提の議論をしていない。「メルトダウンがいかに起きないのかを必死にで説明している」というのは、第二の安全神話を作るのにほかならない>(泉田裕彦・新潟県知事の定例記者会見・メディア懇談会、2013年10月16日)
 他方、安倍首相は「メルトダウン事故は起きる」という前提を考えていない。
 そもそも安部は、2年前の総選挙の選挙公約で、「原子力に依存しなくてもよい経済社会構造の確立」を掲げていた。
 ところが、今になって原発を「基盤となる重要なベース電源」(「エネルギー基本計画案」、2013年末策定)と言い出し、メルトダウン事故の対策もとらず、再稼働に踏み切ろうとし、原発輸出さえ目論んでいる。

 (3)さらに、いま進行中なのが、再稼働反対の脱原発派知事潰しだ。例えば、嘉田由紀子・滋賀県知事潰し。
  (a)2月22日、自民党滋賀県連大会で、上野賢一郎・県連会長/衆議院議員は、来賓の嘉田知事を前に「7月の滋賀県知事選では新しいリーダーを」と宣戦布告した。
  (b)嘉田知事の対抗馬は、原子力ムラの総本山である経産省の官僚だった小鑓隆史・前内閣官房日本経済再生総合事務局参参事官(2月28日退職)だ。
  (c)嘉田知事は、野田政権が進めた大飯原発再稼働に、橋下徹・大阪市長らと共に強く反対。今井資源エネルギー庁次長(当時)に、「再稼働しないと電力不足となって病院の電気が止まったらどうするのですか」などと脅された。安倍首相の側近に抜擢された今井ら官邸関係者が嘉田知事潰しのため後輩の経産官僚擁立に動いた、という見方もある。
  (d)嘉田知事潰しに加わるのが、東京電力に代わって電力業界のドンとなった関西電力だ。大飯原発再稼働の時も、関電がローラー作戦をかけ、滋賀県内をはじめ関西の中小企業を「再稼働しないと計画停電になる」と脅した。
  (e)自民党サイドからは、前回の知事選で嘉田知事を支援した滋賀県の経済界や各種団体に、「今度の選挙では嘉田知事を応援するな」という横やりをすでに入れ始めた。

 (4)経済3団体(日本経団連・経済同友会・日本商工会議所)は、3・11以降、原発再稼働や従来通りの原発の国策としての固定化等を求める提言・レポートを実に24も発表。
 各電力会社のトップらがほとんどの会長職を占めている北海道、中部、九州など地方の経済連合会も、政府に同趣旨の提言・要望を提出している。
 電気事業連合会を先頭に、財界が総力を挙げて巻き返しを狙っている。

 (5)昨年5月、原発族議員である自民党の「電力安定供給推進議員連盟」(細田博之・会長/党幹事長代行)が結成され、昨年末現在140人以上が加盟している。

 (6)今年1月、電力業界は、自民党内で国会議員に対する「エネルギー基本計画案」に対するアンケート調査を実施した際、電事連は同調査記入にあたっての「模範回答」まで議員に送付している。すなわち、①原発の重要電源としての位置づけ明記、②再稼働の迅速化、③原発新増設の明確化。【注】

 (7)メディアの原発報道も3年の間に大きく変わった。
 事故直後は、原発に批判的な番組が一気に増えた。
 今では、「原発事故関連番組は視聴率が取れない」【テレビ局関係者】として避ける傾向が目立つ。
 それどころか、安倍政権発足後は、原発輸出や再稼働に突き進む安倍政権を批判する番組は激減した。その一方、現役閣僚が、高支持率を背景に脱原発派のコメンテーターの番組出演にクレームの電話をかけたりする。

 【注】
記事「原発推進、水面下で工作 業界、自民議員らに「回答例」」(朝日デジタル 2014年1月31日05時00分)
記事「原発新増設、自民に促す 電力業界、議員に「模範回答」配布 政権方針超え、利益前面」(朝日デジタル 2014年1月31日05時00分)

□横田一「利権構造の再現を狙う 巻き返しをはかる原発推進派の策動」(「週刊金曜日」2014年3月7日号)
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【佐藤優】「動乱の半島」クリミアの三つ巴の対立 ~セルゲイ・アクショーノフ~

2014年03月12日 | ●佐藤優
 (1)歴史的激動の中で、思わぬ人物が時の人になることがある。セルゲイ・アクショーノフ・クリミア自治共和国首相(41歳)もその一人だ。
 アクショーノフは、1972年11月2日、モルドバ(当時ソ連を構成)にて生。1993年、シンフェロボリ(クリミア)の高等政治軍事建設学校卒業。食料品関連企業に勤務。2008年頃から、親ロシア運動を開始。2010年、クリミア自治共和国最高会議議員に当選。全クリミア社会政治運動「ロシアの統一」の指導者を務め、今年2月27日、首相に就いた。

 (2)クリミア自治共和国のロシア連邦編入に係る住民投票(3月16日実施見込み)【注1】では、編入が支持される可能性が高い。
 しかし、ウクライナ中央政府の了承がなく、ロシア軍が展開する下で行われる住民投票の結果は、国際基準に照らして有効とは見なされない。
 よって、クリミアの離脱を承認するのはロシアだけだろう。ロシアの傀儡国家たる南オセチアとアブハジアも承認するかもしれない。しかし、そうなると、クリミア国家の怪しさが一層際立つ。

 (3)クリミアでは、(a)ロシア人、(b)ウクライナ人、(c)クリミア・タタール人が三つ巴の対立関係にある。歴史的経緯も複雑だ。
 (c)は、ロシアのタタールスタン共和国に居住するタタール人とは全く別の民族で、クリミアにもともと住んでいたが、第二次世界大戦末期、1944年、スターリンによって「対敵(ナチス・ドイツ)協力民族」というレッテルを貼られ、中央アジアに強制移住させられた。(c)の住んでいた土地には、(a)や(b)が入植した。この当時、クリミアはロシア共和国に属していた。
 1954年、フルシチョフ・ソ連共産党第一書記(当時)が、クリミアをロシアからウクライナに移管した。これは、ソ連政府によるウクライナ宥和政策の一環で、ペレヤスラフ協定(1654年にウクライナ・コサックのヘトマン(棟梁)国家がモスクワ大公国の保護下に入ることを認めた)締結300周年を記念する。もっとも、当時はソ連の解体を誰も想定していなかった。だから、この措置は国内の境界線変更に過ぎなかった。
 1960年代末から、(c)に対する追放が段階的に解除された。本格的に(c)がクリミア半島に帰還したのは、ゴルバチョフ・ソ連共産党書記長による「歴史の見直し」が進められた1980年代末のことだ。
 しかし、クリミアには既に(a)や(b)が居住していたため、土地をめぐって(c)vs.(a)、(c)vs.(b)の対立が深刻になった。
 ソ連崩壊後は、クリミア半島の軍港セバストポリの帰属をめぐって、ロシアとウクライナの関係が緊張した。
 また、(c)の間にはイスラム原理主義過激派の影響が及び始めた。
 (c)は、クリミア半島の人口の13%を占め(27万人)、スンニ派イスラム教徒で、古都バフチサライには約10のモスクがある【注3】。

 (4)日本や欧米の報道には現れないが、もっとも懸念されるのはクリミアの先住民(クリミア・タタール人)が、アクショーノフ首相に対してどのような態度を取るか、だ【注2】。
 クリミア・タタール人に対する対応をロシアが誤ると、深刻な民族対立に発展する危険性がある。

 【注1】記事「クリミア議会、住民投票に向け「独立」宣言 通信社報道」(朝日デジタル 2014年3月12日)
 【注2】記事「タタール人、ロシア警戒 クリミア、少数派の先住民 強制移住の歴史に怒り」(朝日デジタル 2014年3月10日)
 【注3】このくだり、前掲記事。

□佐藤優「「動乱の半島」クリミアの三つ巴の対立 ~佐藤勝の人間観察 第60回~」(「週刊現代」2014年3月22日号)
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 【参考】
【佐藤優】ウクライナにおける対立の核心 ~ユリア・ティモシェンコ~
【ウクライナ】とEU間の、難航する協定締結に尽力するリトアニア
【佐藤優】ロシアとEUに引き裂かれる国 ~ウクライナ~
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【原発】福島に不足する熟練作業員 ~ミスが続く原因~

2014年03月11日 | 震災・原発事故
 (1)2014年2月19日深夜、福島第一原発H6エリアのタンクから汚染水が漏れているのが見つかった。
 翌20日、東京電力は、100トンもの汚染水が漏洩した、と発表。かかる大量の汚染水が漏洩した経緯は、東電説明によれば、次のとおり。
 汚染水をタンクに送り込む配管の、弁の開閉状態が違っていたため、本来、汚染水を送り込むはずだったEエリアのタンクではなく、H6エリアのタンクに流れ、その結果溢れた。
 つまり、「単純操作ミス」だった可能性がある。

 (2)疑問は、まだある。
 汚染水を断続的に移送していた19日14時から23時まで、Eエリアタンク内の水位に変化はなかった。つまり、タンクに水が送られていない可能性が考えられる。にも拘わらず、担当者が作業を止めなかった。水位の変化がなければ、どこかで漏洩の可能性もある。だが、放置されていた。
 東電は、水位に気づかなかった理由は「調査中」としている。

 (3)福島第一原発では、昨年来、かかる初歩的ミスを原因とするトラブルが続出している。
  (a)2013年10月1日には、作業員が窒素注入装置の停止ボタンを誤って押し、1系統が停止した。翌日、汚染水の貯蔵タンクの傾きを知らなかった担当者が、通常通りに注水し、汚染水が溢れた。
  (b)1週間後の9日には、除染装置の配管を間違って外して、大量の高濃度汚染水を漏洩させた上に、作業員6人に汚染水を浴びさせてしまった。さらに、現場責任者がPHSの通話可能範囲を知らず、連絡が遅れ、11トンもの大量漏洩に繋げてしまった。

 (4)なぜ、こうしたミスが続くのか。
 大きな要因として考えられるのは、現場を熟知した熟練作業員の不足だ。
 作業員の被爆限度は、法律上、50mSv/年or100mSv/5年だ。ここで言う5年の起点は2011年4月1日だ。ただし、福島第一原発に係る作業は、事故が発生した3月の分も加算される。
 事故から4年目を迎える今、事故直後から収束作業に関わってきたベテラン作業員が、100mSvの上限に近づいて現場から抜けるケースが増えてきている。このため、現場を統括できる人材が不足してきているのだ【注】。
 ここ半年間で続出した一連の事故の背景に、現場の管理能力の低下がある。
 ベテラン作業員らが現場に戻ることができるのは、被曝線量がリセットされる2年後(2016年)の4月1日だ。

 (5)熟練作業員が減る一方で、初めて原発に入る作業員が増加している。最近は、東電の事務系社員が現場に入ることもある。
 ある作業員は、困惑して漏らす。「工具の使い方や専門用語から教えないと行けない」 
 事故前は、先輩作業員について仕事を覚えるのが当然だったが、そうした時間はない。
 それでも東電は、中期的には「作業員の不足はない」と説明する。放射線作業従事者の登録人数は8,000人。福島第一原発の作業員数は1日あたり3,500人程度なので余裕がある、という説明だ。
 だが、福島第一原発で収束作業にあたった作業員の中には、被曝線量の関係で現場を離れても非常時のために登録を残している人がいる。だから、登録人数の8,000人がそのまま実働可能な作業員数になるわけではない。
 
 (6)さらに、東電は8,000人の作業員が「ベテラン」なのか「新人」なのかといった詳細を明らかにしていない。記者会見では、「パーツ、パーツで見ているわけではない」と述べている。
 危機的状況が現実になる中、この回答は不誠実だ。責任放棄に近い。
 また、たとえ2年後にベテラン作業員が戻ってきたとしても、今後は被曝線量の大きい原子炉建屋内の作業が増える。作業内容が高度になり、かつ、被爆低減のためには多くの人員が必要になる。
 仮に、その時点で再稼働が始まっていたら、危険な福島第一原発に行く作業員は、今より少なくなる。

 (7)事故収束までに、最低でも数十年かかる。
 現場の安全を確保しつつ廃炉を進めるには、東電の解体を含めた体制の見直しが急務だ。

 【注】記事「(東日本大震災3年)作業員1.5万人、5ミリシーベルト超 被曝、汚染水対策で」(朝日デジタル 2014年3月9日05時00分)

□木野龍逸(ジャーナリスト)「1Fで不足気味の熟練作業員」(「週刊金曜日」2014年3月7日号)
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 【参考】
【原発】東電が隠す放射能拡散のリスク ~4号機核燃料の搬出~
【原発】汚染水を浄化できるか ~福島第一原発はどうなっているのか~
【原発】今、そこにある汚染水危機(3) ~次の震度6~
【原発】「汚染水」の本当の深刻さ ~東電のコストカットが一因~
【原発】「被ばく労働を考えるネットワーク」結成
【原発】停止しても25兆円儲ける原子力ムラ ~除染・廃炉ビジネス~





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【野口悠紀雄】ビットコインに関する深刻な誤報と誤解

2014年03月10日 | ●野口悠紀雄
 (1)2月26日、マウント・ゴックス(ビットコインの私設両替所)が取引を停止した。
 多くのマスメディアは、これを、ビットコインの取引そのものが停止したかのように報じた。
 しかし、崩壊したのはビットコインと通貨とを交換する両替所にすぎず、ビットコインそのものではなかった。
 日本のマスメディアは、ビットコインそのものと、その外にある両替所を混同させるような誤解を広げた。

 (2)P2P【注】によるブロックチェーン更新作業は、何ら支障なく続いている。したがって、ビットコインの取引そのものは、むろん継続している。
 「ブロックチェーン」というサイトを見ると、全世界のビットコインの取引が円滑に継続している様を、リアルタイムで見ることができる。
 ドルとの交換価値は、2月23日ごろまで1BTC=600ドル程度だったが、一時400ドル近くまで下落した。しかし、26日には600ドル近くまで戻っている。マウント・ゴックス事故による影響はほとんどなかった。

 (3)事故の詳細はまだ不明だが、ハッカー攻撃に遭って、サイト内ビットコインが盗まれたらしい。そうならば、ここから次の2つが明らかにされた。
  (a)同サイトがハッカー攻撃に十分な備えをしていなかった。<マウント・ゴックスがまだ成熟しきれていない、あるいはデジタル通貨の成長に追いつけていなかったことを示唆している>【「ウォールストリート・ジャーナル」】。
  (b)ハッカーがビットコインの価値を認めていた。ハッカーは、マウント・ゴックスを攻撃し、それを破壊した。1両替所を破壊してもビットコインの価値は何ら損なわれないことを知っていたからこそ、攻撃した。

 (4)マウント・ゴックスの閉鎖で千万円単位の被害に遭った人もいたようだ。まことに気の毒だが、これだけの額をビットコインで保有していたこと自体が異常だ。ビットコインは支払いの手段として用いるべきもので、ビットコインを得たら直ちに支払いに使ってしまうべきだ。
 ビットコインの形で保有していたのは、投機目的としか考えられない。
 しかし、ビットコインは発足後まもない通貨で発行総額が少ないので、ドルなどとの交換価値は安定していない。
 12月初めに1,000ドルを超えたのが、18日には500ドル程度になった。これは、中国が金融機関によるビットコインと人民元との交換を禁じたからだ。マウント・ゴックス閉鎖などとは比べものにならない影響を与えたのだ。

 (5)数千万円総統のコインをマウント・ゴックスに預けていたのは、さらに異常だ。なぜなら、同社は、信頼性について従来から疑惑が持たれていたからだ。<(同社は、これまでも)たびたび不正侵入や不具合、機能停止に見舞われた><マウント・ゴックスの事業は1か月前から崩壊し始めていた>【「ウォールストリート・ジャーナル」】。
 ビットコイン報道に関して、マスメディアが果たすべき責任は2つだ。
  (a)現在のビットコインは、資産保有手段として用いるにはあまりにリスクが大きいことを人々に教育する。そして、同時に、ビットコインは送金手段としては優れた特性を持っていること、それによってマイクロペイメントや海外への送金が飛躍的に容易になること、それは新しい経済活動を可能にし、新しい社会を拓くことを人々に教育する。
  (b)両替所のようにビットコインシステムの外にある関連諸組織について、問題があれば警告を発する。正確な報道こそが利用者を守る。情報の提供は、「おカミの取り締まり」以上に、消費者・利用者を守る。

 (6)ビットコインのシステムは極めて強固だが、それ故に社会機構との間で問題を起こす。
 問題の多くは匿名性から生じる。匿名性故に、税務上や公安上の問題が発生するのだ。
 しかし、合法的な経済活動において、匿名性を守る必要はない。だから、匿名性を放棄するのは、十分に考えられることだ。
 現在のビットコインでは、取引は追跡できるし、公表されている。しかし、取引主体は公開鍵の形でしかわからず、現実の個人や組織に結びつけられていない。それらを関連づければ、匿名性は消えることになる。ただし、問題は、その関連づけをどのような方法で行うかだ。これは極めて難しい問題だ。
 ビットコインの運営システムに何の問題が生じなくとも、受け入れ店舗がなくなれば、価値がなくなる。そうした事態は生じ得る。ただし、それは、両替所の破綻によって生じるのではなく、より優れた他の電子コインとの競争にビットコインが敗れることによって生じる。

 【注】P2P、ブロックチェーン、公開鍵などについては、野口悠紀雄の連載(「ダイヤモンド・オンライン」)参照。
ビットコイン送金の基礎になる技術――公開鍵暗号とハッシュによる電子署名」(第3回(2014.03.06))
電子コインは電子マネーとまったく違う。よくも悪しくも社会の基本を揺るがす」 (第2回(2014.02.27))
ビットコインは社会革命である――どう評価するにせよ、まず正確に理解しよう 」(第1回(2014.02.20))


□野口悠紀雄「ビットコインに関する深刻な誤報と誤解 ~「超」整理日記No.700~」(「週刊ダイヤモンド」2014年3月15日号)
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 【参考】
【野口悠紀雄】ビットコインは理想通貨か徒花か?
【仮想通貨】ビットコインは中国経済をどう変えるか?
【仮想通貨】ビットコインは円を駆逐するか?


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【佐藤優】の書評 ~知を磨く読書 39-41回~

2014年03月09日 | ●佐藤優
●佐々木圭一『伝え方が9割』(ダイヤモンド社、2013.3.1)

 論理的にしっかりしているプレゼンテーションでもメッセージが相手に伝わらないことがある。そういうときは、レトリック(修辞)を改善すると、コミュニケーション力が飛躍的に高まる。佐々木圭一氏の以下の指摘が本質を突いている。
 <「芝生に入らないで」 
→あなたのメリットでしかない。
 「芝生に入ると、農薬の臭いがつきます」
→相手の嫌いなことからつくり、あなたのお願いを聞くこと(芝生に入らないこと)が相手のメリットに変わった。>
 政治や外交の世界でも「おまえ、うそをつくな」と言えばけんかになる。それに対して、「お互いに正直にやろう」と語りかければ、相手も「そうしよう」と答え、特に問題は生じない。伝え方によって、メッセージが持つ効果がまったく異なってくる。外務官僚が本書を読んで、伝え方の技術を学べば、日本の外交交渉力が高まる。

□佐藤優「知を磨く読書 第41回」(「週刊ダイヤモンド」2014年3月8日号)

   

    *

●森炎『教養としての冤罪論』(文藝春秋、2014.1.24)
 元裁判官が描く司法の闇の深さ

 コンプライアンス(法令順守)を無視する企業は生き残っていけない。できるタイプのビジネスパーソンは、どうしてもやり過ぎてしまい、コンプライアンスに引っかかることがある。裁判になっても、「疑わしきは被告人の利益に」という推定無罪の原則が働くと思うのは甘いという現実について、元裁判官で現在は弁護士として活躍する森炎氏が説得力のある議論を展開する。
 <職業裁判官は決して、客観的中立的で無色透明な、合理性だけを追い求める開明的な存在ではない。それどころか、国家刑罰権の行使という暗い色彩を不可避的にまとった歪んだ存在である。広い意味では、治安維持の任務を帯びた権力的存在にほかならない。何しろ、そのために公給をもらっているのだから>という森氏の指摘はその通りと思う。
 現役裁判官の中で、森氏のように自分の置かれた状況を客観的に認識している人は少ないと思う。司法の闇の深さがわかる良書だ。

□佐藤優「知を磨く読書 第40回」(「週刊ダイヤモンド」2014年3月1日号)

      

    *

●春原剛『日本版NSCとは何か』(新潮新書、2014.1.15)
 日本版NSC設置と安部政権の思惑

 国家安全保障会議(日本版NSC)について、これまで評者が読んだ本の中で、本書が最も優れている。日米両国の政策決定者との強力な人脈を持っている春原剛氏だからこそ書けた本だ。
 日本版NSCと特定秘密保護法の関係、安倍政権の思惑について春原氏はこう記す。<外交・安全保障政策の司令塔となる日本版NSCが本格的に立ち上がるのに連動する形で、その現状(情報収集だけでなく情報保全も遅れている現状:引用者注)から抜け出そうという試み、言い換えれば、この情報分野における守りを固めようという考えの具体策が、「特定秘密保護法」ということになります。/(中略)安倍政権のシナリオに沿えば、日本版NSCの設置法案と特定秘密保護法案は「セット案件」であり、これら二つの法案の成立には大きなタイムラグが生じないようにしたい、というのが本音だったと言えるでしょう>。この現実が見えている国会議員があまりに少ないのが日本の悲劇だ。

□佐藤優「知を磨く読書 第39回」(「週刊ダイヤモンド」2014年3月1日号)

   

 【参考】
【佐藤優】の書評 ~知を磨く読書~

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【原発】【古賀茂明】利権構造が完全復活 ~東日本大震災3年~

2014年03月08日 | 震災・原発事故
(1)原子力政策の現状如何
 原発をめぐる利権の構造や社会を支配する大きな力は完全復活している。原子力ムラだけでなく、経済界挙げての原発推進に、国会議員も「反対」と言いにくい状況だ。

(2)原発は必要か
 先進国で原発が安いと言っているのは日本ぐらい。経済的に原発はすでに終わった産業というのが世界の流れだ。再生可能エネルギーで覇権を取った国が成長する。原発にしがみつく方が、じり貧のいばらの道だ。

(3)東京都知事選で支援した細川護煕元首相が敗れた
 自然エネルギー普及で成長と雇用、福祉を生み出す新しい日本の生き方として原発即時ゼロを訴えたが、ワンイシュー(単一争点)のイメージを付けられてしまった。

(4)安倍晋三政権は再稼働に前のめりだが
 百歩譲って再稼働を許すなら、電力会社が事故時の被害を全額賠償できるだけの保険加入を義務づけるべきだ。本当に安全なら、世界の再保険制度でまかなえる。

(5)「核のごみ」の最終処分地の選定を国が進めている
 日本学術会議が地層処分を見直すよう提言したのに、経済産業省の審議会はそれを無視して議論している。地中深くに埋めて何万年も安全などという新たな神話で国民をだまし、利権を温存するのはおかしい。

(6)国民の不安と政策の隔たりをどう埋めるか
 議員に圧力がかかり、国会で議論できない。自由に発言できるように、脱原発を訴える議員を支援する人々がいる現状を示すことが大事だ。

□古賀茂明「利権構造が完全復活 ~東日本大震災3年~」(日本海新聞 2014年3月8日)
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【地方分権】ポスト成長期は地域の時代 ~「緑の福祉国家」~

2014年03月08日 | 医療・保健・福祉・介護
【地方分権】ポスト成長期は地域の時代 ~「緑の福祉国家」~

 (1)ここ数年、若い世代の間で「ローカル」なものや地域再生といったテーマへの関心が明らかに高まっている。
 海外留学をへて地域の活動に向かう若者も珍しくない。
 若い世代のこうした意識や行動の変化は、私たちの生きる時代の構造変化を反映したものだ。

 (2)「拡大・成長」の時代(高度成長期がその象徴)においては、工業化というベクトルを中心に世の中全体が一つの方向に進むので、「進んでいる―遅れている」という時間軸に沿った一元的な物差しで各地域をとらえていた。
 <例>東京は進んでいる、米国は進んでいる、etc.。

 (3)「ポスト成長」の時代(人口減少を含む)においては、(2)のような時間軸自体が背景に退き、むしろ各地域のもつ固有の特徴や価値に、人々の関心が向かうようになる。

 (4)(2)の拡大・成長の時代は、中央集権化が強固に進む時代でもあった。
 なぜなら集権的なシステムのほうが経済にとってより効果的だったからだ。
 ここで「経済の空間的ユニット」という視点がポイントになる。つまり工業化の時代においては、鉄道の敷設にしても、道路建設や工場の配置にしても、到底ひとつの地域では完結せず、国レベルのプランニングが重要だ。おのずとそれは、「中央」での政策決定を要請する。

 (5)(3)の、現在のようなポスト工業化の成熟時代においては、人々の主な関心は福祉や環境、まちづくりやコミュニティーといった領域となっていく。これらは、本来的に「ローカル」な性格のものだ。
 つまり、経済構造の変化に伴って、問題解決の空間的ユニットがシフトしているのだ。
 ここにローカリゼーションないし分権化の基本的根拠がある。

 (6)他方、各地域は互いに孤立して存在するのではない。特に東京などの大都市は、地方都市や農村部から食料やエネルギーを安価に調達している。そこには、ある種の「不等価交換」が存在する。よって、地域間の「再分配」の仕組みが同時に不可欠だ(再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度や農業支援を含む)。
 ローカルな経済循環から出発し、再分配の仕組みを重層的に組み込みつつ、ナショナル、グローバルへと積み上げていく。・・・・そうした社会の構想(「緑の福祉国家」)が、いま求められているのではないか。

□広井良典(千葉大教授)「ポスト成長期は地域の時代 ~(未来への発想委員会)地方分権を問い直す:上~
(朝日デジタル 2014年3月7日05時00分)

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【古賀茂明】アベノミクスの限界 ~笑いの止まらない経産省~

2014年03月07日 | 社会
 (1)第一の矢、大胆な金融緩和で実現した円安により、輸出が増える・・・・という計算は、工場が海外移転してしまった、といった理由により、それほど輸出が増えない。

 (2)第二の矢、機動的な財政出動=公共事業のバラマキは、すぐに、人手、資機材、ダンプなどの不足がコストアップとなって、大幅増益どころか、減益の企業も増えている。これ以上予算を増やしても、工事の消化はおぼつかない限界状況だ。
 さらに、安部総理が再三強調した賃上げも、ほとんど進まない。所得がやっと下げ止まるかどうかという状況では、消費増税による生活への大打撃は必至。消費には、かなりのマイナス要因になるだろう。

 (3)だが、安倍政権は、なぜか根拠のない楽観的期待を持っているらしい。
 深刻な危機感はなくて、アベノミクスの第三の矢、成長戦略がまったく出てこない。

 (4)かかる状況は、国民から見れば深刻な事態だ。
 ところが、他方で、これを奇貨として、着々と焼け太る官僚と族議員がいる。
 官僚どもは、今の深刻な状況を逆手にとって、「成長戦略」、「景気対策」の美名の下に、自分たちの利権をせっせと拡大している。安倍政権は、「タマ不足」だから、官僚の振り付け通り、無駄なプロジェクトに予算をどんどん付ける。
 その最たるものが、官民ファンドだ。

 (5)昨年は、官民ファンドがぞろぞろと創設された。農業関連、クールジャパン、耐震化改修の推進、新たな価値の創造、大学発ベンチャーの支援など、何でもありだった。
 官民ファンドというと、何か特殊なことをやるように聞こえる。しかし、単に普通の投資に税金を入れる、というだけのことだ。
 官民ファンドの必要性として挙げられるのが、「民間だけではできないから官がやる」という理屈だ。
 官僚にそんな能力があるのか、という批判には、「民間から優秀な専門家を連れてくる」と反論する。
 しかし、どこかおかしい。
 普通のファンドなら、ファンドの経営者は自分の資金も投資する。だから、儲かりそうもない事業には手を出さない。
 しかし、同じ人でも、官民ファンドに雇われたら身銭を切らなくてよい。すると、民間ではできなかった事業に投資できる、という。自分の金なら絶対に投資しないのに、国民の税金だから投資できる、ということだ。
 こんなに危ない話はない。
 これらのファンドには、必ず天下りや現役出向の形で、官僚のためのポストもできる。彼らにとっては最高のしくみだ。

 (6)こんなことを止めさせるのが政治家の役割だ。しかし、こちらは、「国土強靱化」「防災・減災」のかけ声の下に、地元への利益誘導に忙しい。
 本州との間に3つの橋をかけた四国。
 その借金を全国の高速道路料金で肩代わりすることになった。「海峡横断道路」と銘打って、長大な橋やトンネルを作る計画が動き出す。正気の沙汰ではない。

 (7)さらには、武器輸出三原則変更さえも利権を生む。
 三原則を有名無実化して武器の輸出を認めるのだが、その個別判断は、経産官僚が担う、という。巨大利権の誕生だ。
 東電福島第一原発の事故処理も、無限に税金と電力料金を投入することが決まった。これが新たな公共事業となって、経産省が完全に仕切る。数十兆円の利権を手にしたわけだ。
 原発推進の方針も決まって、既存の利権を死守した。
 経産省は、「笑いが止まらない」。
 国民は、「涙が止まらない」。
 この事態を、どれだけの人が気づいているだろうか。

□古賀茂明「アベノミクスの限界 ~官々愕々第100回~」(「週刊現代」2014年3月15日号)
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