語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】ウクライナにおける対立の核心 ~ユリア・ティモシェンコ~

2014年03月06日 | ●佐藤優
 (1)ウクライナ情勢が緊迫している。
 2月22日、ウクライナ議会は所在不明のヤヌコビッチ大統領を解任し、翌23日、トゥルチノフ議会議長を大統領代行に指名した。トゥルチノフは反ヤヌコビッチの政党「祖国」に属する。ただし、カリスマ性はない。
 22日には、ヤヌコビッチの政敵のユリア・ティモシェンコ・前首相(「祖国」)が釈放された。車いすに乗って集会に参加し、前倒し大統領選挙に出馬する意向を表明した。

 (2)日本や欧米の報道だけ読んでいると、ティモシェンコは親欧米的で民主的な政治家にして、政争に巻き込まれて冤罪で投獄された、という印象を受ける。しかし、実態は大きく異なる。
 ティモシェンコが政争に巻き込まれたのは事実だが、彼女を含め、ウクライナの政治エリートは例外なく不正蓄財に手を染めている。利権抗争をめぐってマフィアの手を借りている。ウクライナの政治エリートは、法規を厳格に適用すれば、誰もが刑事訴追される状態にある。

 (3)いまウクライナで進行している事態は、革命だ。
 特に、地方でのロシア語の公用語化を認める法律を廃止したことが重要だ。この決定は、革命政権がロシアと距離を置き、欧米に接近する路線を選択したことを意味するからだ。

 (4)今回の革命の背景には、歴史的、文化的に根深い対立構造がある。反政権側は、西ウクライナ(ガリツィア地方)に基盤を置く民族主義勢力だ。
  (a)帝政ロシア時代、ウクライナは小ロシアと呼ばれていた。いまもウクライナ人で、自分は広義のロシア人という自己意識を持っている人も、東部、南部には少なからずいる。
  (b)これに対して、西部のガリツィア地方は、歴史的にハプスブルク帝国の版図で、同帝国解体後はポーランドに属していた。ガリツィア地方がソ連領ウクライナと統合されるのは、第二次世界大戦後のことだ。
  (c)ガリツィア地方のウクライナ人は、日常的にウクライナ語を話す。これに対して、東部、南部、中央部のウクライナ人は日常的にロシア語を話す。
  (d)ウクライナ人の大多数は正教徒だが、ガリツィア地方のウクライナ人はカトリック教徒が多数派だ。
  (e)ガリツィア地方のウクライナ人はロシアを嫌い、EUとの統合を強く望んでいる。
  (f)東部を基盤とする軍産複合体、宇宙産業、ロシア人との複合アイデンティティを持つウクライナ人は、ウクライナが北大西洋条約機構(NATO)に飲み込まれるのではないか、という強い危機感を抱いている。

 (5)2月23日にソチ冬季五輪が閉幕するまでは、国際世論に対する配慮から、ロシアはウクライナに対する露骨な干渉は行わなかった。
 しかし、今後は干渉を強める。ウクライナに親米政権が樹立されて、NATOに加入するような事態になれば、ロシアの軍事、宇宙産業に関する機密情報がすべて米国に流れてしまうからだ。

 (6)ウクライナ情勢の緊迫化は、日本外交にも影響を及ぼす。
 米国は日本にも対露索制に加わることを求めてくるだろう。
 日本が米国に歩調を合わせると、プーチン大統領は日本に対する不信感を持つようになる。その結果、プーチン大統領と安倍晋三首相との信頼関係を強化する中で北方領土問題を解決する、というシナリオに翳りが生じ得る。

□佐藤優「まだ続く「革命」 対立の核心を読み解く ~佐藤勝の人間観察 第59回~」(「週刊現代」2014年3月15日号)
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン

 【参考】
【ウクライナ】とEU間の、難航する協定締結に尽力するリトアニア
【佐藤優】ロシアとEUに引き裂かれる国 ~ウクライナ~

【片山善博】JR北海道の安全管理と道州制特区

2014年03月05日 | ●片山善博
 (1)1月22日付け各紙が報じるところによれば、JR北海道は、レールを点検した際の数値記録を改竄することなど日常茶飯事で、保線担当44部署のうち33部署で改竄していた。しかも、改竄は現場の管理職の指示や本社社員の関与もあるなど組織的で、担当者間で改竄の手口を引き継ぐことも常態化していた。
 レール点検は、事故が起こらないように危険箇所を把握するのが目的で、それを見つけたら速やかに改修することで事故を未然に防止できる。
 ところが、危険箇所の存在を隠蔽し、その改修を怠ってきたのなら脱線事故が起きてもなんら不思議はない。
 いったい彼らは何のために点検していたのか。点検して危険箇所が見つかっても改修しないで放置するだけなら、そもそも点検などしなくてもよさそうなものだが、関係法により点検を義務づけられているからやらざるを得ない。法律で義務づけられていることはやる、という「形式的遵法精神」だけは持ち合わせていた。

 (2)JR北海道に、国土交通省がこのたび幾つかの命令を下した。
 <例1>経営陣が改竄の悪質性を認識するよう、求めている。・・・・JR北海道は、安全検査の数値改竄がいけないことだ、と認識していなかった、ということか。
 <例2>安全部門トップの鉄道事業本部長を安全総括管理者から解任し、安全対策を助言・監視する第三者委員会を設置せよ、と求めている。・・・・JR北海道の安全管理体制もそのための人事もなってない、と国土交通省は言っているのだ。
 
 (3)鉄道事業者にとって一番大切なことは乗客の安全だ、という本来のミッションを再確認するところから(2)に取り組んでもらいたい。
 国土交通省にも猛省を求めたい。
 国土交通省は今になって居丈高にJR北海道を断罪しているが、これまでいったい何をしてきたのか。
 国土交通省には鉄道事業者を監督する権限と責任があり、相次ぐ事故を起こしたJR北海道の安全管理はどうなっているのか、徹底して検査する責務が国土交通省にはあったはずだ。安全管理規定は現場で励行されているか、帳簿書類は適正に整えられているか、その帳簿に記された数値と現場の数値は一致するかどうか、実際に計測してみる。もし実際に計測していたら、その時点で改竄は見抜けていたはずだ。44のうち33、全体の7割の部署で改竄されていたのだから、どこかで帳簿と実地の食い違いが判明していたはずだ。

 (4)国土交通省の鉄道安全管理部門は、これまで十分な働きをしてきたのだろうか。手抜きや遠慮はなかったか。
 かつて原子力発電所の安全をチェックする原子力保安院は、経済産業省資源エネルギー庁に属していた。資源エネルギー庁は原発を推進する役所であって、安全は二の次とまでは言わないにせよ、保安院の地位と士気は低かった。
 それと同じような事情が、国土交通省の鉄道局の中にありはしないか。
 鉄道局の組織図によれば、局の主流は幹線鉄道や都市鉄道の整備を担う課だったり、鉄道運送の振興に当たる課だったりする。鉄道の安全を確保する部門は、一つの課にもなっていない。肩身が狭いだろう。  

 (5)官庁に限らず、組織論では、ミッションが相克する部門を同じ組織内に同居させるべきはない。同居していると、どうしても力の強い側のミッションが、弱い側のミッションを封じ込めることになりがちだ。
 その悪例が、原子力発電を推進するミッションが原子力の安全を確保するミッションを押さえつけていた資源エネルギー庁の失敗だった。
 遅きに失したが、原子力安全部門を資源エネルギー庁から分離したことは間違っていない。
 同様に、鉄道の安全確保部門を鉄道事業推進部門から切り離し、別途の組織編成にするのが、このたびのJR北海道の失敗から得た教訓だ。

 (6)鉄道の安全確保に係る事務と権限は、北海道庁に移してはどうか。
 JR北海道の利用客のほとんどは北海道の住民だ。道庁はその住民の生活を守ることを最大のミッションとしているのだから、この移譲によって、少なくともミッションの相克は解消される。
 しかも、北海道は「道州制特区」になっている。これまでは名ばかりの特区で、実質は何も進んでいない。商工会議所の定款の変更ぐらいだが、こんなものは全国一般の構造改革特区として移譲対象にすれば足りる代物で、道州制とは無縁だ。
 ところが、鉄道の安全管理の権限は、今後道州制を導入するとした場合には、これと深く関係する。というのは、万が一現時点で国から地方への権限移譲を大胆に勧めることになったとしても、鉄道の安全管理の権限はこれになじまない。<例>山陰本線が関係する府県ごとに権限を区切って移譲しても適切に処理できない。
 しかし、北海道の場合、青函トンネルを潜る路線を除けばすべて道内で完結している。この事情を考えると、道州制特区の試みとして、鉄道の安全管理の権限を北海道庁に移譲することは、実に理に適っている。

 (7)住民の安全について国が責任を果たしてくれないのなら、国に代わって自ら責任を持つぐらいの気概を道庁は持ってほしい。さもなければ、望んで道州制特区になった真意を問われるだけでなく、日頃地方分権を唱えている姿勢も疑われる。
 一方、政府も、地方分権のための道州制導入を主張するなら、その前に道州制特区でまず実績を示してもらいたい。鉄道安全管理の権限移譲は、国の姿勢を問う試金石だ。

□片山善博(慶大教授)「JR北海道の安全管理と道州制特区 ~日本を診る 53~」(「世界」2014年3月号)
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン

【ドイツ】「貧困移民」大量流入を懸念する与党が「給付金の不正受給者は国外追放」

2014年03月04日 | 社会
 (1)1月8日、連邦政府は立ち上げた。移民の社会保障給付金に係る不正受給のチェックと対応策について協議する政務次官レベルの委員会を。
 今年元日から、ブルガリア人とルーマニア人に対する就労制限が撤廃された。EU全域内で自由に移動、居住、就労できるようになった。
 これに伴って、連立政権を担うキリスト教社会同盟(CSU)が、社会保障給付金の受給を目的とする「貧困移民」の大量流入を阻止しようと、「不正受給者は国外追放されるべし」との見解書を年末に出し、連立政権内外に波紋を広げたことが原因だ。

 (2)ブルガリアとルーマニアは、2007年にEU加盟したが、新規加盟国には最大7年間の就労制限を課すことができるため、ドイツでも2013年末までは就労ビザなしに働くことはできなかった。それでも、職を求めて両国から移住してくる者は、2007年移行、急増し、昨年半ばの時点でブルガリア人13万人、ルーマニア人23万人が居住していた。
 ベルリン、ドルトムント、デュイスブルグといった市に移民が集中し、彼らに支給される児童手当や緊急医療費などの出費で自治体の財政がさらに逼迫するといったケースが報告された。それとともに、一部地区でゲットー化が進む、といったことがメディアで頻繁にクローズアップされるようになった。
 さらに、昨年10月には、ノルトライン=ヴェストファーレン州の地方裁判所が、ドイツで職に就いたことのない求職中のルーマニア人家族に対して、長期失業者と生活保護者向け給付金ハルツⅣの受給(大人1人当たり月額391ユーロ=54,000円)を認める判決を下した。
 ために、2014年以降は給付金目当てに移民が押し寄せるのではないか、という懸念が一挙に広がり、昨年11月には15の市長が連立与党党首に対し、国の財政支援などを求める請願書を提出するまで至っていた。

 (3)連立政権から出されたのが、CSUの見解書だ。入国後3か月は社会保障給付金を給付しない。不正受給が発覚した場合は国外退去と再入国を禁止する。・・・・というもの。
 これに対して連立政権内部からは、
  (a)5月のEU議会選挙をにらんだキャンペーンだ(非難の声)。
  (b)特定の外国人グループを犯罪者と見なしている(批判の声)。
 連立を組む社会民主党(SPD)のシュタインマイヤー外相は、報道官を通じてコメントした。「EUで保障される居住と就労の自由を放棄することは許されない」

 (4)メルケル首相は、連立政権内の亀裂を危惧。問題を感情論ではなく、客観視すべきとして、委員会の設置を指示した。会議には、11省庁の政務次官と連邦移民・難民庁長官が加わり、不正受給の実態把握や法的措置の検討、さらに増加する移民に伴う自治体の支出増大に国としての支援策を検討し、6月をめどに最終的な結論を出す。

 (5)移民問題に係る国民感情は複雑だ。
 公共放送ZDFが1月17日に報告した世論調査では、56%が「移民が必要だ」と回答しつつも、62%が「ルーマニアとブルガリアから移民がやってくるのは社会保障給付金が目当てである」とみている。今の自分たちの豊かな暮らしを守りたい、と願う気持ちと、それを脅かすかもしれない者への不安の表れだろう。

 (6)専門家は、今年ルーマニアとブルガリアからドイツへ来る移民の数は、10万人から18万人にのぼる、と予測している。
 EUの最貧国から、EUの勝ち組であるドイツへ少しでも良い暮らしと将来への活路を求めて人々が移住してくるのは当然の流れだとも言える。
 そもそも、ドイツは戦後の高度成長期にトルコ、イタリア、スペインといった国々から大量の外国人労働者を招き、外部からの活力を取り入れて経済力を伸ばしてきた。
 今や、ドイツ国民の5人に1人が移民をバックグラウンドに持つ。10歳以下の子どもに至っては、3人に1人が移民ルーツだ。

 (7)ルーマニアとブルガリアからの移民といっても、単純作業にしかありつけない人から高学歴の人まで、多様な人材がいる。少子高齢化の影響が懸念される今だからこそ、さまざまな力を取り込む好機だ。
 それは、EUの索引力であるドイツの果たすべき役割であり、ひいてはEUの命運がここにかかっている。

□神野直子「「貧困移民」の大量流入を懸念する与党CSUが「給付金の不正受給者は国外追放」と見解出し波紋」(「週刊金曜日」2014年2月14日号)
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン

【堤未果】世界が危惧する日本のジャーナリズム ~「監視大国」米国以下~

2014年03月03日 | 社会
 (1)ジャーナリストの安全への脅威が、世界的に拡大している。
 先日、国連総会でジャーナリストの安全は、確保に係る初の決議が採択された際、パリに本部を構える「国境なき記者団(RSF)」は、加盟国が保護義務を果たしているかどうかの監視を呼びかけた。
 そのRSFが、「報道の自由度インデックス」を発表した。世界18か国における報道の自由度を順位付けた報告書だ。

 (2)米国は、46位。10年ほど前ブッシュ政権下における令状なしの監視システムが明らかになり、エドワード・スノーデン・元CIA職員の内部告発で政府による無差別監視が世界に暴露された。諜報機関による世界的通信傍受と、内部告発者への弾圧・脅迫は今も続いている。
 だが、政府の情報統制に係る世論の批判は、近年急激に拡大。米国内のIT大手企業(フェイスブック、ヤフー、グールグル、マイクロソフトなど)は、米国大統領および議会に、「これ以上のスパイ行為や国家安全保障局(NSA)への顧客データ提出強要を止める」よう要求する書簡を提出した。

 (3)46位の米国より「報道後進国」の烙印を強く押されたのが日本だ。 
 2010年は11位だったが、原発事故の翌年に22位に下がり、2013年はさらに大幅に急落して53位。今回、59位にまで下落した。
 今では、主要先進国で唯一、カテゴリー「顕著な問題がある」に該当。東アジアでは、韓国・台湾を下回る自由度とされている。
 閉鎖的な記者クラブ制度(従来から指摘されている)に加え、原発事故報道の自由度の欠如、原子力関連産業への取材内容の検閲、フリージャーナリストたちへの独自取材規制、および「特定秘密保護法」の成立が主な理由だ。
 2013年11月27日、RSFは「特定秘密保護法」について次のように批判した。
 <あらゆる不都合な情報を国家秘密に指定できる法律を成立させる日本政府は、福島第一原発事故の影響について、国民の間で怒りとともに高まっている「透明性」の要望に、どう応えるつもりなのか>

 (4)米国では、憲法に国民の権利として記載された「報道の自由」が、「愛国者法」を始めとする情報統制法や政権への権力集中によって暴力的に侵害されている。ジャーナリストたちが、批判の声をあげている。

 (5)日本ではどうか。
 日本国憲法には「報道の自由」は存在しない。あるのは、第21条で定められる「知る権利」を充足させるための、報道機関の自由だ。
 マスメディアは、誰の人生を取り上げ、誰を無視するかを決める権力を持っている。何に対して同情の涙を流させ、何を取るに足らないものとして無視させるのか、誰を英雄にし、誰を悪人として描くのか、記号でしかない数字にどんな意味をつけるのか。
 「報道の自由」は、社会が求め、守るべき価値があると認められて初めて正統性を得る。それは、次の2つだ。
  (a)権力の監視
  (b)真実の伝達

 (6)先日、在米独立系ジャーナリストのエイミー・グッドマンが、福島第一原発事故の取材ため来日した。彼女は、「独立ジャーナリズムの意義」を次のように語った。
 <マスメディアが無視するであろう海の向こうの人々を当事者として取り上げることで、数字だけでは見えないリアリティと連帯感を生み出せる>

 (7)いま、諮問会議で運用基準を審議中の「特定秘密保護法」についえ、安部総理が尊重するよう言及した「報道の自由」とはいったい何に対しての「自由」を指すのか。
 同法成立直前、マスコミ各社は「国民の知る権利」を主張した。急落し続ける「報道の自由」というコインの裏側で、横臥し続ける「報道しない権利」のほうはどうか。
 年末の施行に向けた特定保護法の行方を含め、世界の厳しい眼が我が国に注がれている。

□堤未果「「監視大国」アメリカ以下! 世界が危惧する日本のジャーナリズム ~ジャーナリストの目 第196回~」(「週刊現代」2014年3月8日号)
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン

【佐藤優】スペイン司法が中国要人を手配した理由 ~江沢民~

2014年03月02日 | ●佐藤優
 (1)スペインの全国管区裁判所が、2月10日、チベットにおける虐殺に関与した容疑で、中国の江沢民・元国家主席、李鵬・元首相らの国際手配を国際刑事警察機構(ICPO)に求める、と決定した。
 <スペインの裁判所は10日、チベットでの「虐殺」に関与した疑いがあるとして、中国の江沢民・元国家主席らを国際手配するよう国際刑事警察機構(インターポール)に求めると決めた。実際に逮捕される可能性は極めて乏しいとみられるが、中国は反発を強めている>【注】
 <AFP通信などが伝えた。国際手配を求められたのは江氏や李鵬・元首相ら計5人。亡命チベット人らの団体が「虐殺や拷問が重ねられた」としてスペインで告発していた。インターポールは仏リヨンに本部を構え、中国も加盟している。中国が国際手配に反対するのは確実だ>【注】
 <スペインの裁判所は昨年11月に告発の内容を認め、手続きを進めてきた。中国外務省の華春瑩副報道局長は11日の定例記者会見で「強烈な不満と断固たる反対」を表明した>【注】
 <華副局長は「チベット独立勢力があの手この手で中国政府を攻撃している」と批判。「スペイン政府が適切に問題を処理するよう希望する」と述べ、結果次第では「両国関係の健全な発展にも影響する」との見方を示した>【注】

 (2)フランコ総統時代のスペインは、第二次世界大戦中、ナチス・ドイツや日本に対して好意的な中立国だった。
 戦後も、欧米の民主主義国とは一線を画した権威主義的な統治が行われた。
 1946年12月の国連総会は、ファッショ国家であるスペインを国連から排除すべきである、との決議を採択した。その後、東西冷戦の激化によって、西側諸国はスペインに対する姿勢を軟化させた。しかし、フランコは権威主義的統治を継続した。他の西欧諸国では廃止ないし停止されていた死刑の執行もスペインでは行われた。

 (3)1975年にフランコ死去後、スペインは立憲君主体制に回帰した。急速に民主化が進行した。
 フランコ時代の人権抑圧に対する反省から、現在のスペインは人権問題に対して敏感で、同国の裁判所には反人道罪については海外の事件でも管轄が認められている。
 在外チベット人団体は、スペインのかかる事情に着目し、訴訟戦術によって中国当局によるチベット民族弾圧を国際社会に強く訴えることを試み、成功した。

 (4)もっとも、スペインにおいても司法は独立している。
 スペイン政府が中国に対してチベット人問題についてシグナルを発したわけではない。
 スペイン国内でもカタルーニャ州、バスク自治州において、深刻な分離・独立運動がある。よって、スペイン政府が中国からのチベットの分離・独立に肯定的態度をとることはない。
 今回は、ICOP加盟国である中国が江沢民らの引き渡しを拒否することは必至だ。事態がこれ以上深刻化することはない。
 もっとも、江沢民、李鵬らの悪名が世界に轟いたので、本件は中国の国益にとってマイナスだ。
 スペイン政府としても、今後、類似の問題が起きて中国との関係に悪影響を与えないよう、法改正を行うだろう。

 【注】記事「「江沢民氏、国際手配を」スペインの裁判所 チベット「虐殺」関与の疑い」(朝日デジタル 2014年2月12日05時00分)

□佐藤優「スペイン司法が中国要人を手配した理由 ~佐藤優の人間観察 第99回~」(「週刊現代」2014年3月8日号)
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン

【古賀茂明】労働者派遣法改正前にすべきこと

2014年03月01日 | 社会
 (1)これまでは、専門的なものを除く普通の業務では、労働者派遣を活用できる期間は「3年」が上限だった。
 この規制を緩和し、すべての仕事で、3年ごとに派遣労働者を代えれば、派遣に仕事を任せ続けられるようにする、という。
 これに対して、非正規雇用をますます増加させる、として反対の声が上がっている。

 (2)自民党を支持する既得権団体の反対が怖くて、規制改革をほとんど進められない安倍政権にとって、雇用関連の規制改革は、
  (a)固定客を失う心配がなく、
  (b)しかも経団連が一番喜ぶ話なので、
どうしてもやりたい政策だ。連合も、実は大企業正社員の既得権を守る団体だから、本気で反対はしない。実現しやすい。

 (3)最近、格差批判が高まっているが、その最大の原因は、
  (a)企業や産業の生産性が上がらず、
  (b)国際競争力が弱まる中で、
  (c)企業があらゆる手段で賃金抑制によるコスト削減を図っていることにある。

 (4)(3)に対して事後的に格差を是正するための政策(<例>累進課税の累進度を上げる、など)を強化するだけでは労働意欲が減退し、生産性はかえって低下するため、分配すべきパイそのものが縮小してしまう。
 経済学的には、労働者を生産性の低い企業や産業から生産性の高いところに移動させればよい、というのが定説だ。よって、派遣などの非正規雇用を使いやすくしよう、という理屈になる。
 しかし、この要請は、あくまでも経営者側の視点に立ったものだ。雇用関連の課題は多岐にわたるが、
  (a)これらは単に企業競争力の観点だけで論じるべきものではないし、
  (b)労働者保護の観点だけで考えてもいけない。
 また、雇用問題を労使の対立問題とする従来の図式では、社会全体の視点が抜け落ちていた。その結果、日本の社会構造が歪む結果になってしまった。

 (5)最大の問題は、日本人男性の働き方だ。会社に従属し、夜遅くまで働き、休みもろくに取れない。この非人間性は、先進国では類を見ない。
 女性の社会的進出が叫ばれている。男性同様に活躍したい、という女性は、滅私奉公しかない男性社会のなかで、男性と同じ働き方をしなければならない。
 そんな環境で、子どもを産み育てるのは難しい。
 その結果、優れた女性の才能が埋もれ、少子化が進み、経済的にも大きなマイナスとなった。

 (6)さらに問題なのは、男性も女性も会社に縛られているから、民間の様々な活動が弱い。自助、共助、公助のうち、共助が弱いのが日本の特色だ。
 労働運動、消費者運動、環境活動、政治活動、脱原発活動、さまざまな慈善活動・・・・すべてが弱く、政府・自治体がそれに代わる役割を求められているため、官が肥大化する。
 政府と企業だけが強大な社会は、歪んだ社会だ。
 こん歪んだ社会は、先進国にはない。

 (7)(6)の状況から抜け出すために、何をすべきか。
 サービス残業撲滅のため徹底的に取り締まるのだ。似非管理職制や裁量労働制の乱用を規制するのだ。
 <例1>年収で800万とか1,000万以上という規制をかける。有給休暇の強制取得または買い取りを義務づける。残業の割増率を高める。・・・・これらは、雇用増加にもつながる。
 <例2>残業実態や有休取得実績の開示を義務づけ、不当表示には厳罰をもってする。厳格な同一労働同一賃金規制を導入する。企業の年金、健康保険の対象となっていない非正規雇用の労働者にも広くこれらの権利を与える。
 こうした改革やセイフティネットの強化策とともに、雇用の流動化を検討するのが本筋だ。
 むろん、経団連は反対するだろう。
 安部総理は、それと戦う勇気があるのか。
 アベノミクスは誰のためにあるのか。

□古賀茂明「派遣法改正前にすべきこと ~官々愕々第99回~」(「週刊現代」2014年3月8日号)
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン

 【参考】
【労働】一気に進む雇用規制緩和 ~「岩盤規制」緩和と「国家戦略特区」~