水上陽平の独善雑記

水上陽平流の表現でいろいろな事を書いています。本館は http://iiki.desu.jp/ 「氣の空間」

家族の話・3

2005-03-26 21:10:18 | Weblog

御筆先様の気が進まない。
ワシも気が進まない。
だからグレた文章でウロウロしている。
テーマの「家族の話」に乗り気にならない。
TVで毎日のようにニュースになっている、
悲惨な家族の話が発端だからだ。

でもねぇ・・・
たまには気の進まん事もしなけりゃなぁ・・・
家族を「氣」の立場から観る人は少ないようだし・・・
しょうがない、少しマトモに書くか・・・
イイカゲンだから時々「マトモ」にもなるのだ・・・

ワシは昨年、茨城県の小学校PTAで講演をした。
その時のテーマが「親子関係における「氣」の話」
閉じこもったり、殺傷するほど荒れる小学生を、
親として見詰めなおすヒントとして「氣」の立場から話した。
基本的には「家族関係の「氣」の話」だ。

「家族」というのは必ず夫婦から始まる。
例外は無い。
法律的な夫婦でなくてもいい。
オトコとオナゴのツガイだ。
途中からどちらか欠ける事もあるが、
始まりはツガイからだ。

家系図などで個人と個人を線で結ぶ。
その線を「氣綱(絆)」という。
あれは「氣」の「綱(通路)」で出来ている。
直線の横線がツガイの「氣綱」だ。
愛人が幾人いても、それぞれがツガイだ。
それぞれが直線の「氣綱」で結ばれている。

「横の氣綱」は結ぶ事でつながっている。
最初からほどけそうなユルイものもある。
嘗てしっかり結ばっていても、ほころびの氣綱もある。
最初ゆるくても、きつく結ばれていく氣綱もある。
細くなってしまったり、傷だらけの氣綱もある。

双方にそれぞれの氣綱があり、
お互いの意思で結んだのが「横の氣綱」だ。
だから意思が消えれば、ほどける事もある(別れ)。
ある意味、とても頼りない氣綱なのだ。
(意思が消えても、底でつながる事もある。
これがオトコとオナゴの不可思議な部分だ)

とても頼りない「横の氣綱」から始まるのが「家族」
「家族」は「一族」につながっている。
「一族」は全ての「人類」につながっている。
「人類」は「哺乳類」につながり、
やがて「生きとし生けるモノ」全てにつながっている。


(本館は 「氣の空間・氣功療法院」
コメント
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