このところ悪口ばかり書いているが、意地の悪い奴と思われるのもしゃくだから、ここらで使徒信条のところ説明なしにおいてある「信解(しんげ)」について書いてみる。
数あるお経の中で最も大切なお経の一つは妙法蓮華経(法華経)である。法華経は諸経の王であると法華経に書いてある、ちょっと嫌味だが大事なお経であることは間違いない。
法華経は二十八品(ほん)から成り立っているが、その中でも四要品といって重要とされているのが四つある。「方便品」「安楽行品」「如来寿量品」「観音普門品(観音経)」の四つ。その中でも如来寿量品が最も大切とされているのである。
それの突端に信解という言葉が出てくる。
爾時仏告諸菩薩。及一切大衆。諸善男子。汝等当信解。如来誠諦之語。復告大衆。汝等当信解。如来誠諦之語。又復告諸大衆。汝等当信解。如来誠諦之語。
(ある時仏が菩薩および一切の大衆に告げられた。諸々の善男子よ、汝ら当に如来の誠諦(じょうたい)の語を信解すべし。・・・2回繰り返し)
「汝等当信解。如来誠諦之語。」が3回繰り返される。大切なお経の大事なところで3回も繰り返す。それが重要なところであるのがよく分る。
そこで如来誠諦の語のいみであるが、以下内山興正老師の書かれた文章を引用する。
「如来誠諦の語とは何かというと、つまるところ如来寿量は久遠実成(ぐおんじつじょう)だということです。いいかえれば、われわれの真実の生命は、時間的には久遠の昔から久遠の未来にいたるまでぶっ続きだということ。また空間的には宇宙一杯のものだということ」
ということだが、大方の人はなかなか信解できないと思う。このブログの中で説明して行きたい。