JR直営の印刷場名は国鉄時代の印刷場名を使用します。
10年以上前に御紹介した券も再度御紹介しようかと思います。
古紙蒐集雑記帖
小湊鉄道 養老渓谷駅 入鋏鋏痕変更
本年8月、小湊鉄道養老渓谷駅で使用されているパンチの鋏痕が変更になりました。
昭和24年1月に発行された、上総大久保ゆきの片道乗車券です。
青色JPRてつどう地紋のB型相互式券です。
この当時は国鉄上野駅で使用されていたものと同じ王冠のような特殊鋏痕が使用されていましたが、本年8月15日に桜木町駅で使用されていたものと同じmに似た特殊鋏痕に変更されています。
こちらが現行の鋏痕で、本年11月に発行されたものです。
同社の説明では、今回の鋏痕の変更は月崎駅の簡易委託化による乗車券発売再開によるものということでした。
同駅は本来m型の特殊鋏痕が使用されていましたが、昭和42年の月崎駅無人化以降、月崎駅で使用されていた王冠型の鋏痕が養老渓谷駅に転用されていた経緯から、月崎駅に本来の王冠型の鋏痕を戻し、養老渓谷駅にはかつて使用されていたm型鋏痕のパンチを新規に作成して設備したとのことです。
小湊鉄道ホームページ
駅弁の掛け紙
峠の釜めしで有名な、横川駅の駅弁屋「おぎのや」の復刻駅弁の掛け紙です。
いつ頃発売されていた駅弁の復刻なのか分かりませんが、通称「めがね橋」として親しまれている煉瓦アーチ橋を走る列車には、集電装置がトロリーポールからパンタグラフに改造されたEC40型電気機関車と思われるボンネット型の電気機関車が描かれており、同機関車がパンタグラフの姿となって活躍した昭和初期から廃車となる昭和11年頃のものを復刻したものと思われます。
食した後の容器の処分に関するお願いは現代のものになっていますが、私が小学校の頃(昭和40年代後半から50年代前半)に両親から買ってもらった駅弁には「空箱は窓から捨てないように 」とか「紐で縛ってデッキの屑物入れか腰掛の下に御置き(おしまつ)下さい」というようなことが書かれていたような気がします。
当時は窓の開く列車も多く存在していましたから、食べ終わったら窓から「ポイッ」というのが相当あったのでしょう。
また、普通列車で等のデッキがない列車では空容器を捨てるところがありませんから、窓から投げ捨てるよりはマシと考えられていたのでしょう、紐で縛って座席の下に置いておくというのが一般的でした。
駅弁ひとつとっても、日本という国は、この40年間でかなり衛生状態が向上したものだと、つくづく感じます。
小俣駅発行 東武宇都宮ゆき連絡乗車券
昭和54年11月に両毛線小俣駅で発行された、東武鉄道東武宇都宮ゆきの連絡乗車券です。
青色こくてつ地紋のA型一般式券で、東京印刷場で調製されたものです。
乗車経路は小俣~(両毛線)~栃木~(東武宇都宮線)~東武宇都宮で、接続駅である栃木駅が経由駅と記載されています。
これは国鉄末期の東京印刷場で調製された中・長距離の一般式連絡乗車券の様式で、前回エントリーいたしましたいすみ鉄道の大多喜から養老渓谷ゆき乗継乗車券のモデルとなったものと思われます。
着駅の「東武宇都宮」は特活が使用されておりますが、この頃の活字は一回り大きな15ポイントの特活が使用されているのに対して11ポイントの特活が使用されており、在庫として存在した旧活字体が使用されています。
昭和40年代ではいすみ鉄道の券のように運賃部分は大人運賃のみの記載となっておりましたが、国鉄運賃が小児運賃切捨て計算であるのと違って連絡社線では切上げ計算となることから、昭和50年代初頭から、大人運賃の下に小児運賃も記載されるようになっており、パッと見連絡乗車券であることが分かるようになりました。
いすみ鉄道 大多喜から養老渓谷ゆき乗車券
平成24年9月に大多喜駅で発行された、小湊鉄道養老渓谷ゆきの片道乗車券です。
青色こくてつ地紋のA型一般式券で、かつての国鉄東京印刷場で調製されたように作成されています。
実際、国鉄当時に発行されておりました、A型の連絡乗車券に良く似ていますので、それをモデルとして作成されたものと思われます。
乗車経路は大多喜~(いすみ鉄道線)~上総中野~(小湊鉄道線)~養老渓谷というもので、経由欄に上総中野と記載されています。
有効期間は発売当日限り有効で、下車前途無効の記載は裏面にあります。
裏面です。
下車前途無効のほか、上総中野に限り途中下車が可能である旨が記載されています。
上総中野駅はいすみ鉄道と小湊鉄道の接続駅で経由欄に記載されている無人駅で、直通列車が存在しないために乗換えが必ず発生するため、途中下車は必然的に行われることからの配慮でしょう。
ところで、いすみ鉄道は小湊鉄道との連絡運輸を行っていないため、この乗車券は連絡乗車券のような体裁をしてはおりますが連絡乗車券とは呼べませんので、乗継乗車券とでも呼べば良いのでしょうか?
また、カテゴリーを「私鉄乗車券」としていますが、連絡運輸による連絡乗車券ではありませんので「私鉄企画乗車券」という方が正しいのかも知れません。
真岡鉄道 団体乗車券
本年8月に益子駅で発行された、真岡鉄道の団体乗車券です。
緑色真岡鉄道自社地紋の軟券です。
この券は大手旅行会社の「SL乗車ツアー」催行の際に使用されたもので、モザイクをかけておりますが、「団体名または代表者名」の欄には旅行会社名が記入されています。
団体乗車券まで手を出すと膨大なコレクションとなってしまいますので、架空の団体を拵えてわざわざ購入することはありませんが、たまたまひょんなことで当雑記帖にスクラップ収蔵されることとなりました。
JRおよび他社の団体乗車券を見ますと、上部にあります種別欄には「大(小)口普通」や「大(小)口学生」等の割引種別が記載されているのが一般的と思われますが、ここでは「SL」と記載されています。
これは同社独特の記載方法のようで、普通の気動車列車に乗車する場合には「大(小)口普通」や「大(小)口学生」等と記載されるものと思われます。
乗車列車を記入する行程欄も、列車種別が「SL」と記入されており、SL列車がひとつの括りとなっているようです。
裏面です。
裏面は他社のものと特に変わることは無いようです。
東青梅駅発行 特殊往復乗車券
昭和57年2月に東青梅駅で発行された、特殊往復乗車券です。
桃色こくてつ地紋のB型券で、東京印刷場で調製されたものです。
この券は青梅マラソンの応援用として企画された往復乗車券で、河辺および東青梅駅と川井駅間の往復乗車券となっています。運賃は同区間の往復運賃分ですので、普通の往復乗車券と特に変わりはしないように見えますが、裏面を見ると、かなり特殊な往復乗車券であることが分かります。
裏面です。
ご案内文がぎっしりと詰め込まれて印刷されておりますが、その文面からは普通の往復乗車券とは異なることが読み取れます。
区間内での途中下車ができ、途中下車後、再度乗車する際の方向についての定めがありません。つまり、券面区間については終日フリーということであり、小さな「一日乗車券」となっているのです。
そのためでしょうか、この券は往路用と復路用に分けられていません。
これは、同区間は集改札業務が手薄な無人駅が殆どであり、無用なトラブルを避けるためのマラソンイベントにおける繁忙期対策用としての措置であると思われます。
再度表面を確認しますと、左上に「〇複」と表記されています。
「〇複」と表記されていることから、往路用を省略し、発行された時から復路用であるという意味合いになり、復路券が自由乗降区間において使用する券片となる、フリーきっぷの考え方からこうなったものと推測されます。
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