CNET Japan 2018年05月07日 12時30分 藤井涼 (編集部)
ニュージーランドと聞いて何を思い浮かべるだろうか。「広大な自然が広がっていて、羊が放し飼いにされている」――。そんな風景をイメージした人も多いだろう。確かに自然が豊かな国であることは間違いないが、実はニュージーランドは世界的に高い教育水準を誇る国でもある。ニュージーランド留学を支援する政府機関であるエデュケーション・ニュージーランド(ENZ)の協力のもと、3月に同国内のさまざまな教育機関を取材した。
まず、ニュージーランドについて簡単に紹介すると、オーストラリアの東に位置する面積26万8000K㎡(日本は37万8000K㎡)ほどの島国で、約480万人が暮らしている。イギリスの植民地だったため欧州人の比率が高いが、移民政策によって人口の約4分の1が移民となっている。そのため、学校では十数カ国の生徒が同じクラスで学ぶことが当たり前で、人種による差別なども比較的少ないと言われている。先住民であるマオリの文化を尊重しており、公用語は英語とマオリ語、そして手話だ。ニュージーランド政府観光局によれば、2016年の日本人による年間渡航者数は約10万人。
治安が良いことでも知られており、2017年の世界平和度指数ランキングではアイスランドに続き世界2位(日本は10位)。そのため、警察官は日頃、拳銃を持ち歩かないという。また、2016年の世界幸福度指数ランキングでは、ノルウェーやフィンランドを押さえて世界1位(日本は22位)に輝いた。働き方も特徴的で、国全体として残業を好まない文化があるため、18時になると飲食店を除きほとんどの店が閉まる。その後は、それぞれが家族や友人との時間を楽しむのだという。
教育については、1980年代に教育委員会の制度が廃止され、私立だけでなく公立の学校においても校長に経営が委ねられているため、学校ごとに独自のカラーや教育理念がある。ただし、政府が厳しいモニタリング評価をしているため、国全体として高い教育水準を維持しているという。経済協力開発機構(OECD)の「生徒の学習到達度調査(PISA)」において、ニュージーランドの生徒のスコアは、読解、数学、化学、いずれでも国際的な平均スコアを上回っている。また、公的教育への支出の割合が高い国でもあるという。
なぜ、ニュージーランドの教育は世界的にも評価されているのか。同国内の学校をまわりながらその理由を探るとともに、日本でも徐々に導入が進んでいる教育機関におけるテクノロジ活用についても取材した。
女子生徒も積極的にテクノロジを活用
ニュージーランドの首都ウェリントンで訪れた唯一の私立女子学校であるクイーン・マーガレット・カレッジでは、プレスクール(3~5歳、男女共学)と、1~13年生(5~18歳)の女子生徒が約700人通っている。ここで学年の数え方について補足すると、同国では1~8年生(5~12歳)までが小学校、9~13年生(13~18歳)までが中学・高校に通う。さらに進学する場合は、国立の総合大学や工科大学・ポリテクニック、私立の専門学校などに進む。
2017年8月にクイーン・マーガレット・カレッジの校長に就任したジェーン=アン・ヤング氏によると、同校では教師の人材育成に力を入れており、(1)生徒がどうやって学んだのかを理解すること、(2)自分だけでなく後輩など他人もリードすること、(3)21世紀の社会に必要なスキルに対応する教育を提供すること、(4)教師が生徒に与えている影響をきちんと把握すること、という4つの柱を設けているという。また、これを教育理念として生徒たちにも伝えているとのこと。
同校には現在4人の日本人が留学している。その目的は「ボランティアをするために海外の文化を知りたい」「日本の学校がつまらなくて違うことを経験したかった」「グローバルな獣医になりたくて英語を学びたかった」などさまざまだ。学校生活については「英語なのでついていくのは大変だけど、授業中の生徒の発言数がすごく多くて驚いた。教師も生徒の意見を尊重してくれるので、もし間違っていてもすぐに否定はしない」と同校ならではの魅力を挙げる。また、一部の必修科目を除き、半数以上の科目を生徒が自由に選べることも特徴だ。その内容は、ビジネス、エコ、マテリアルテクノロジ、ジオグラフィなど幅広い。自らのバックグラウンドを想像して、ポエムを読んだり演技をしたりするドラマというユニークな科目もあるという。
教育におけるテクノロジの活用については、すべての教室にWi-Fiを完備。10歳以下の生徒にはタブレット端末を持たせ、10歳以上には1人1台ずつPC(ほとんどの生徒がMacを所有)を持たせている。また、テクノロジに関する科目として、7~9年生は「デザイン(テクノロジ)クラス」、10年生は「デジタルデザインクラス」が必修科目となっているという。
まず7年生は、フェルト地を使った手縫いや縫製のほか、デジタル技術について学ぶ。続いて8年生は、複数のリサイクル素材に電子回路を付けた作品制作や、ミシン縫い・刺繍の方法、電子回路構築、はんだ付けなどについて学ぶ。9年生になると本格的なデジタル授業が始まり、デジタルデザインやウェブサイト制作、プログラミングなどについて学ぶ。そして、10年生は3Dプリンティングやデータ操作、より高度なプログラミングなどを学ぶという。
ヤング氏は、女子生徒は共学よりも女子校の方がより成績が上がるとするPISAの調査結果を紹介し、「女子はテクノロジやサイエンスの分野において、男子に圧倒されてしまうところがある。(女子校の)クイーン・マーガレット・カレッジでは、女子も積極的にテクノロジを活用できる環境が整っている。また、日頃から『あなたたちが将来の女性のリーダーシップを担う』と伝えている」と話す。実際、過去にはプログラミングで頭角を現し、災害避難アプリを開発した女子生徒が国際コンテストで入賞し、ウェリントン災害対策室が関心を示したケースもあったようだ。
ただし、ヤング氏はAIやIoT、プログラミングといった最新技術を使うこと自体を“テクノロジ活用”とは考えていない。「生徒は環境保護のことを考えて、リサイクル素材などを使ってドレスを作ることもあるが、私たちはこれも1つのテクノロジだと思っている。ITはあくまでもツールであって、何を実現したいのか、どんなアイデアを具現化したいのかという思いが大切だ」(ヤング氏)。
また、生徒自身がそういったアイデアを見つけるためには、ただ教室の座学でノートを取るのではなく、自ら学びの機会を作ったり、デザインをしたり、質問をしたりすることに、より多くの時間を割くべきだと強調した。
酪農大国ならではのIoT教育
ニュージーランドで最も大きな経済都市であるオークランドにあるマウント・アルバート・グラマー・スクールには、9~13年生の生徒が約2800人通っている。同校では、生徒の将来の方向性にあわせたカリキュラムを提供しており、生徒自身で責任を持って学ぶ、問題解決をする、忍耐力をつけるといった教育に重きを置いているという。
日本とは評価の方法も異なる。日本では答えを暗記して間違えると点数が減る“減点方式”のテストが一般的だが、同校では答えの正否よりも、自分の考えを記述式で書かせ、その内容によって評価する“加点方式”のテストを採用しているという。日本人の留学生も約10人ほど通っているが、ある生徒は英語に苦労しながらも、「しっかり自分の意見を書かないといけないので、自分がいろいろな物事についてどう思っているのかを日本にいた頃より考えるようになった」と話す。
同校の生徒は、近くにあるユニテック工科大学のキャンパスで、進学に向けたコンピュータサイエンスのクラスを受けることもできるという。また学内には、大きな農場も併設されている。日本では高齢化にともない離農者が後を絶たないが、それは酪農大国であるニュージーランドでも同じだという。そのため、テクノロジを一次産業に応用するための取り組みを進めているそうだ。たとえば、IoTによる蜂の巣の健康状態のモニタリングや、ロボットによる牛の搾乳など。2020年に新設する校舎にこれらのテクノロジを正式導入する予定で、すでに授業は始まっているという。
子どもの個性を伸ばす幼児教育「テファリキ」
こうした個人の意見を尊重し、自由に学ばせるニュージーランドの教育の基礎を作っているのが同国の幼児教育だ。ニュージーランドでは1996年に、子どもの個性を伸ばすことを重視する教育カリキュラム「テファリキ」を打ち出した。
テファリキは、(1)子ども自身に学ぶ力をつけさせるようサポートする「エンパワーメント」、(2)全人的な成長である「ホリスティックデベロップメント」、(3)家族やコミュニティの中で育つ「ファミリーアンドコミュニティ」、(4)さまざまな人や物事の関係性を学ぶ「リレーションシップ」という4つの原則に基づいており、すべての乳幼児教育施設 (幼稚園)がこの方針に則って運営しているという。
今回の取材では、海や山に囲まれた自然豊かな街であるフィティアンガにある乳幼児教育施設のカウリ・ラーナーズを訪れた。中に入ると、子どもたちが部屋中を走り回ったり、おもちゃや粘土で物作りを楽しんだりしている。先生に目を向けると、自由に遊ぶ子どもを見守りながら必要に応じて近寄り、おもちゃの遊び方や道具の使い方などを教えていた。
カウリ・ラーナーズのマネージャーであるマキシーン・マクロビー氏は、「この施設では、お互いをリスペクトし、思いやる気持ちを育めるよう、それぞれの子どもが一番伸びる形でサポートしている。たとえば、子どもが鼻水を垂らしていても勝手に拭いたりせず、先生から本人に拭いてもいいか断りを入れる。こうした大人と同じように個人を尊重した教育を続けることで、子どもたちは従来よりも交流を好むようになった」と話す。
実は、このカウリ・ラーナーズの経営者は日本人。世界100カ国以上の大学が入学資格として認めている「国際バカロレア(IB機構)」初等教育プログラムの日本第1号に認定された、岐阜県のサニーサイドインターナショナルスクールを経営している渡辺寿之氏が、2015年12月にニュージーランドに設立した乳幼児教育施設だ。スタッフもすべて現地で採用しており、生徒もニュージーランドの子どもが中心だという。
同国で乳幼児教育施設を立ち上げたきっかけは、当時小学生だった息子の不登校だったと渡辺氏は振り返る。他の進路を模索する中で、息子がニュージーランドでの短期留学に興味を持ち、試しに共に行ってみたところ、渡辺氏自身も同国の教育に魅力を感じるようになり、現地に乳幼児教育施設を設立することを決めたという。「もともとニュージーランドの生徒主体の教育や、考えさせる教育、失敗から学ぶ教育には興味があった。人の才能はマルチで、運動が得意な子もいればアートが好きな子もいる。時代が変わるなかで、我が子も含めて日本の一斉的な教育にはフィットしていないと思った」(渡辺氏)。
教育そのものにとり入れているわけではないが、テクノロジも活用している。カウリ・ラーナーズを含むニュージーランドの多くの乳幼児教育施設では、子どもたちの成長記録を「Storypark(ストーリーパーク)」というサービスに残している。それぞれの担任の先生が子どもたちの日々の過ごし方を写真にコメントをつけて記録。そのページに両親や祖父母がいつでもアクセスできるようになっている。料金は生徒1人あたり月額9.90NZD(1NDZ=約77円)ほどだという。
自然の中で身につける“忍耐力”
森の中にある乳幼児教育施設リバーリー・アーリー・ラーニング・センターも訪れた。同園では、“子どもを自然に帰す”ことをコンセプトにしており、座学よりも、大自然の中で遊び、体を動かして経験を積むことを大切にしているという。ただし、テクノロジを一切使わないわけではなく、自然の中でiPadの教材を使ったりすることもあるそうだ。
同園のディレクターであるカースティ・ミレン氏は、自然の中で育った子どもは2つのスキルを身につけると話す。1つ目は「忍耐力」。たとえば、雨が降ってもすぐに部屋に入るのではなく、レインコートを着て泥だらけになって遊ぶ経験をすることで、その後の人生でもさまざまな環境に適用できるようになると考えている。そして、2つ目は「リスクテイカー」になれること。日本では先生が最初から問題の答えを教えてしまったり、保護者からのクレームを恐れて怪我や失敗をさせない園も少なくないが、ミレン氏は自然の中で想像力を膨らませて遊んだり物作りをしながら、時には失敗したり怪我をしたりすることで、より子どもの豊かな成長を促せるのではないかと語った。
この2つの乳幼児教育施設には、サニーサイドインターナショナルスクールのスタッフである2人の女性が親子留学で訪れていた。2週間の短期間で子どもを現地の乳幼児教育施設に預け、自身も英語学校などに通うというものだ。参加者である母親は、「小学校受験に向けて、子どもが小さなうちから夜遅くまで塾に通わせる詰め込み型の教育には違和感があった。小さい時だからこそ、人間性やその後の軸となるものが必要。勉強よりもまずはコミュニケーション力などを養ってほしかった」と、親子留学に参加した理由を話す。
また、2週間ほどの参加を通じた気づきとして、「短期間でも5歳の娘の成長は著しい。最初は服が汚れることも嫌がっていたけれど、いまでは平気で汚れることを楽しんでいるし、以前より自立するようになった。また、(リバーリー・アーリー・ラーニング・センターは)大人と同じものを生徒にも使わせる。マグカップもプラスチックではなく割れる陶器のマグカップ。小さいうちから本物を使う経験をすることで生きる力につながっていくと思う」と我が子の成長を喜んでいた。
今回の取材では、幼稚園から高校までの幅広い教育機関を回ったが、いずれの学校においても共通していたのが、一人ひとりの生徒を尊重し、たとえ幼稚園児であっても子ども扱いしないことだ。個性を伸ばす教育であるテファリキの精神が、教科や日々の授業・試験内容などにも表れており、これが同国の高い教育水準にもつながっているのだろう。もちろん、日本とは国の成り立ちや人口の規模、また人種の数も異なるが、グローバル化が避けられない現代において、同国の教育から学ぶことは少なくないだろう。
取材協力:ニュージーランド大使館 エデュケーション・ニュージーランド(ENZ)、ニュージーランド航空
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