先住民族関連ニュース

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政府、アイヌ文化伝える「民族共生象徴空間・ウポポイ」の開業を5月29日に延期

2020-04-24 | アイヌ民族関連
観光経済新聞-2020年4月24日
 政府は新型コロナウイルスの感染拡大を受け、4月24日に予定していた「民族共生象徴空間・ウポポイ」(北海道白老町)の開業を5月29日に延期することを決定し、このほど正式に発表した。菅義偉官房長官らが出席して4月18日に開催する予定だった開園記念式典も5月23日に延期となった。
 ウポポイは、アイヌ民族の歴史・文化に対する理解を深める拠点として、国が2017年から同町ポロト湖畔10.6ヘクタールの敷地に総工費約200億円をかけて整備。
 中核施設の国立アイヌ民族博物館をはじめ、アイヌ文化の体験交流ホール、体験学習館、工房、コタン(集落)などの施設が完成し、収蔵資料の展示や文化体験メニューの準備も順調に進んでいる。
 ウポポイは、年間来場者100万人を目標としており、地域の活性化や観光振興に対する期待が大きい。
 道や白老町では、引き続き全国の状況を注視しながら、関係機関と連携して5月開業に向けた情報発信などの取り組みに力を入れたいとしている。
 また、ウポポイの運営主体となるアイヌ民族文化財団も、「来場者の皆さんが安心して楽しんでもらえるよう、ウイルス対策にも万全の準備をしていきたい」と話している。
 赤羽一嘉国土交通相は7日の閣議後の記者会見で、ウポポイの開業が延期となったことについて触れ、「新たな開業日までの間を『攻めの準備期間』と位置付け、ウポポイのさらなる認知度の向上、また、新たな開業に関する情報発信など、本格開業後の来場を一段と加速する取り組みをしっかり進めていく」と強調した。

開業を待つ中核施設の国立アイヌ民族博物館
https://www.kankokeizai.com/政府、アイヌ文化伝える「民族共生象徴空間・ウ/

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「よそ者が変えた!」北のアイヌ観光の町に小さな変化

2020-04-24 | アイヌ民族関連
櫻田弘文・クエストリー代表取締役
毎日新聞 2020年4月24日
 北海道白老(しらおい)町は札幌市から車で南に1時間あまりの距離で、苫小牧市と登別市の間に位置する人口1万6500人ほどの自然豊かな町だ。JR白老駅近くで同町内に少なかった宿泊施設を新たに営業し始めた“よそ者”がいる。その動きは地域活性化の観点から興味深い。
 白老町は、白老駅近くのポロト湖畔に5月29日、国立アイヌ民族博物館や国立民族共生公園などからなる「ウポポイ(民族共生象徴空間)」がオープンする予定で注目を集める。
 白老駅から南西に徒歩数分のところに2019年4月にオープンしたのが「haku hostel+cafe bar」(ハク)だ。町内に設立した株式会社hakuが運営する。社長の菊地辰徳さんは1976年に千葉県で生まれ、17年に白老町に移住してきた“よそ者”だ。
この記事は有料記事です。
残り1683文字(全文2022文字)
https://mainichi.jp/premier/business/articles/20200421/biz/00m/020/006000c

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アイヌ・マイ・ボイス ‘-アイヌ民族の現代の闘争に焦点を当てたドキュメンタリー

2020-04-24 | アイヌ民族関連
ラベルオンライン-04/23
日本のすべての先住民族の中で、アイヌは間違いなく、日本人と国際社会の両方の間で最もよく知られています。
日本列島出身の古代民族であるアイヌは、何千年も後に国にやってきた弥生人とは対照的な独特の文化を発達させました。アイヌは約16、500年前に日本に住んでいた縄文人(狩猟採集民)の子孫であると考えられています。
かつて、アイヌはほとんどの日本に住んでいたが、紀元前300年の間に弥生人が日本に移住した後、アイヌは北東に北海道、そして日本列島カラフト(サハリン)とチシマ(千島列島)に押しやられた。明治維新と近代社会の北への急速な拡大の後、アイヌ文化は消滅し始め、北海道の島にはポケットしか残っていませんでした。
『アイヌ・マイ・ボイス』は、女性のエンパワーメント・ドキュメンタリー・シリーズ「フューチャー・イズ・マイン」の1つとして、3MINUTE Incとファッション誌MINEが制作した短編ドキュメンタリー。このプログラムは、現代のアイヌの女性と現代の生活とアイヌのアイデンティティとの間のバランスを見つけようとする現代のアイヌの女性、カヤノリエの闘争に焦点を当てています。
https://label-online.jp/アイヌ・マイ・ボイス-アイヌ民族の現代の闘争/

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<北の事始め 発祥の地あれこれ>捕鯨 戦後、国内有数の漁場に 室蘭に残る神楽の舞

2020-04-24 | アイヌ民族関連
北海道新聞 04/23 05:00
 クジラの舞う神楽を室蘭八幡宮(室蘭市)のお祭りで見ました。岸に流れ着いたクジラを売ったお金で明治期に神社が建てられたという由緒にちなむものです。北海道には古来、クジラと縁のある地域がたくさんあります。漁具を用いてクジラを捕る捕鯨は、5~9世紀にかけてオホーツク海沿岸などに広がっていたオホーツク文化期には行われていました。
 根室市の弁天島貝塚竪穴群で出土したオホーツク文化期の鳥骨製針入(はりいれ)に、捕鯨の様子が刻まれています。綱でつながったクジラと舟、舟の先に立って銛(もり)を突く人、クジラに突き刺さった4本の銛…。根室市歴史と自然の資料館の猪熊樹人学芸員(43)は「7~8世紀ごろを中心に、根室沖に浮かぶ弁天島に暮らしたオホーツク人が刻んだものです。櫂(かい)をこぐ人など捕鯨の編成も分かり、躍動感が伝わってきます」と話します。
 その後、アイヌ文化期となり、「巨大な食料であるクジラが頻繁に岸に打ち上がったことは、“寄り鯨”にちなむアイヌ語地名が各地に残されていることが裏付けています」と語るのは、北海道博物館の水島未記学芸員(52)です。
 しかし、伝統文化として積極的にクジラを捕っていたという確実な記録や証拠はないといいます。ただ、「『噴火湾アイヌの捕鯨』(名取武光著)によると、少なくとも明治の中頃くらいまで道南の噴火湾沿岸では、小舟でオットセイなどの漁に出てたまたま沖でクジラを見つけて捕らえることはあった」と水島さん。捕獲法はトリカブトの毒を塗った銛を何本も打ち込み、弱って打ち上がるのを待つというものでした。
 これら道内での捕鯨に対し、本州以南では16世紀後半から捕鯨が産業化を遂げました。「古式捕鯨」と呼ばれ、多数の手こぎ舟で一斉に出漁。クジラを追い立てて、行く手に張った網にからませ、動きを鈍らせて銛などで仕留めます。
 19世紀に入り、幕府はロシアの南下に伴い、国防も兼ねて択捉島などで古式捕鯨を試みます。だが、多額の費用が掛かることなどから本格的な実施には至りませんでした。一方、日本近海では米国など西洋の捕鯨船が多数操業し、幕末に箱館が開港すると欧米の捕鯨技術の移入も試みられました。
 捕鯨砲で銛を発射して仕留める「近代捕鯨」は、道内では1912年(明治45年)に、絵鞆村(現室蘭市)に本州の捕鯨会社が進出してから普及しました。
 厚岸町海事記念館(釧路管内厚岸町)の熊崎農夫博(のぶひろ)専門員(61)は「厚岸町は31年から。戦後は食糧難などを背景に46年から69年までの24年間で1万1652頭を捕獲しました。大型のシロナガスクジラやマッコウクジラなどです」と話します。50年代には釧路市と釧路管内浜中町を加えた3市町で全国シェアの半数以上を占め、北海道沖は国内有数の漁場でした。
 その後、鯨資源の減少や捕獲規制により、道内での大型捕鯨は行われなくなりました。さらに、日本も加盟する国際捕鯨委員会(IWC)は82年に商業捕鯨の一時停止を決め、88年に日本は商業捕鯨から撤退しました。IWCの対象外であるツチクジラの捕鯨は網走市などで行われてきました。
 昨年、日本は1WCを脱退し、31年ぶりに商業捕鯨を再開しました。「日本捕鯨史 概説」の著者で長崎県の平戸市生月町博物館・島の館の中園成生学芸員(57)は「近代捕鯨には“捕り得”といった感覚が強かったのではないでしょうか。歴史を振り返ると、アイヌ民族の捕鯨や古式捕鯨にはクジラに対する感謝と資源保護の考え方がありました」と指摘します。
 室蘭の神社で奉納されたクジラの舞の勇ましさにも、生き物へのリスペクトを感じました。
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/414772

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アイヌ文化の魅力を伝えたい ひるまえナマら!北海道

2020-04-24 | アイヌ民族関連
NHK 2020年4月23日(木)午前11時45分
「トークSP」は札幌大学の教授、本田優子さんとトークを展開!本田さんはアイヌ文化を40年近く研究し、アイヌ文化の担い手を育成するプロジェクトを手がけている。今回はアイヌ文化の魅力を、どのような形で未来につないでいくのか、本田さんが力を入れている活動と、その思いを伺う!▽「わたしの1枚」「おうちでの楽しい過ごし方」番組HP・FAX011-208-1575で受付!
https://www.nhk.or.jp/hokkaido/program/12e1/7e47c65ec/

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<北海道>コロナの影響 道東の観光地は今…(動画)

2020-04-24 | アイヌ民族関連
HTB4/22(水) 18:37配信
 道東の観光地で何が起きているのでしょうか。 多くの外国人観光客で賑わっていた店舗は、いま厳しい状況に置かれています。
 新型コロナの感染拡大が収まるよう地元住民とともに祈りを捧げるアイヌの人たち。
 弟子屈町屈斜路古丹アイヌ文化保存会 豊岡征則会長「きょうのお祓いは50年に1回、100年に1回やるかやらないか。コロナウイルスの神様になんとかお鎮まりくださいと(祈った)」
 摩周湖や川湯温泉など観光名所が集まる弟子屈町。外国人観光客のお目当てだったのが厳選した道産の豚ロース肉で作る「摩周の豚丼」。わずか3カ月前、多くの客で賑わっていた店は…
 佐藤裕樹記者「いまは土曜日のお昼時だが、お客さんの姿はありません。出前とテイクアウトのみの営業に限定しています」
 3月の売り上げは2019年より7割も減少。緊急事態宣言を受けて店内の営業を自粛し弁当だけを販売しています。
 ぽっぽ亭 菅原慎也店長「ツアー客は5月6月の予約もキャンセルになっている。だんだんと戻ってくると思うが厳しい状況が続いています」
 影響は、温泉街にも。川湯温泉で最大の部屋数を誇ったホテルが3月倒産。ほかのホテルも苦しい状況に追い込まれています。
 観光協会によりますと弟子屈町内の宿泊施設は3月の売上が2019年より6割も減少。2月から4月までの損失は少なくとも6300万円にのぼるということです。
 川湯観光ホテル 中嶋康雄社長「リーマンショックも東日本大震災も経験したが、これだけ状況が長期化するのは初めて。まずはコロナの期間あまずは生き延びたい」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200422-00000008-htbv-hok

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これ、なんて読むの…? 全国の難読地名5選

2020-04-24 | アイヌ民族関連
バイクのニュース4/22(水) 9:00配信
初見ではほぼ解読不可能? 全国の難解地名たち
●神居古潭(北海道旭川市)
 こちらは「かむいこたん」と読み、アイヌ語の「カムイコタン(神の住む場所)」の意訳となっています。
 北海道はアイヌ語を語源とした難読地名の宝庫です。そして、アイヌ語がもととなって現在の地名となった場所も多く存在します。例えば、札幌はアイヌ語の「サッ(乾く)・ポロ(大きい)・ペッ(川)」が、小樽は「オタ(砂)・ル(とける)・ナイ(川)」が語源となっています。ちなみに、アイヌ語で多く使われる「ペッ」や「ナイ」は川の意味を持っており、それほどアイヌ民族が川を交通路として依存していたことが分かります。
 諸説ありますが、石狩川は急に川幅が狭くなり流れが激しいためアイヌ民族にとっては最大の難所であり、無事に通過できることを神に祈っていたことから神の住む場所の意味を持つ神居古潭という地名になったともいわれています。
そのため現在はパワースポットとしても人気があります。
 1969年に廃止となった線路はサイクリングロードとなり、有形文化財に指定されている旧神居古潭駅舎は休憩所として利用されています。秋は紅葉の名所と知られた観光スポットとなっていますので、北の大地をツーリングで訪れる際は、ぜひ一度立ち寄ってみてはいかがでしょうか。続きあり
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200422-00010000-bikeno-bus_all

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