北海道新聞11/02 10:09

新型コロナウイルス禍で打撃を受けた観光産業への追い風が本格的に吹き始めた。10月11日、政府の観光促進事業「全国旅行支援」が始まり、道内の観光地はにぎわいを取り戻しつつある。水際対策として続いていた入国者数の制限も同時撤廃となり、円安効果も相まって、今後はインバウンド(訪日客)の増加も見込まれる。コロナ禍前とは環境が異なる中、道内経済の「稼ぎ頭」だった観光をどのように立て直し、新たな価値を提供していくべきなのか、2人に聞いた。
■地域主体に戦略深めて 北大観光学高等研究センター教授・木村宏さん
全国旅行支援と入国制限の撤廃に伴い、コロナの感染状況が下火のままなら、北海道に観光客が本格的に戻ってくるでしょう。今はまだ、受け入れ体制に比較的余裕がある時期です。これまで考えてきた戦略を練り直し、自分たちが根を下ろす観光地全体の将来像について突き詰めて考える時間にしてもらいたいです。
転換期の今、新たなキーワードとして考慮すべきは「危機管理」です。感染症の拡大や災害、国際情勢の激変があった際、インバウンドなど一つのターゲットに軸足を置きすぎると、思った以上の打撃を受けることが明らかになりました。
頻発する台風や地震を教訓に、沖縄県や富士五湖観光連盟(山梨県富士吉田市)は危機管理に関する計画を立てています。道内で、さまざまな事態を念頭に、深く議論している観光地は多くないでしょう。リスクに直面した時の備えをしておかないと客足回復は難しくなります。
どんな客層に、どんなサービスを提供すると、満足度を高めてもらえるか。地域ごとに最適解は異なります。観光地によっては老朽化した施設が目立つなど、地域の人たち自身が必ずしも胸を張れない場合があります。過去の外国人の「爆買い」に限界を感じつつも、「お金を落としてくれるから」と受け入れていた人もいるはずです。国の一時的な需要喚起策を利用して初めて来てくれた客に再訪してもらうため、何ができたかを見極める作業も欠かせません。
プロである外部のコンサルタント会社に頼みたいと考えるケースもあるかもしれません。ですが、地域の事情を理解する住民や観光業者、行政が主体となり意見調整に取り組むDMO(観光地域づくり法人)が旗振り役となって議論した方が、利害関係者の納得感は高くなると思います。例えば「ひがし北海道自然美への道DMO」(釧路市)は、マーケティング手法を用いてコロナ後の戦略を明確に打ち出しています。
これまで道内観光と言えば、特に団体旅行で、数日かけて各地を巡る周遊型が好まれてきました。今後は滞在型観光をどう定着させていくのかも改めて焦点となるでしょう。
今は個人が、旅行会社が取り上げてこなかった旅先の魅力をインスタグラムといった交流サイト(SNS)で見つけて訪れるなど、昔ながらの情報の受け手とは異なる動きをするのが当たり前です。コロナ禍で密を避けられる一人旅も注目されています。2030年度末には、北海道新幹線の札幌延伸も控えています。東京や東北と札幌の行き来がしやすくなるだけでなく、道南にも短時間で行けるようになり、旅行客はこれまでと違う動きをするでしょう。
単純に名勝を巡るだけでは満足しない人が増えています。地域に備わる素材を生かすのはもちろん、おもてなし、飽きの来ない食事やアクティビティを磨き上げてもらいたいです。
少子高齢化や人口減少が進む10、20年後に自分たちの観光地を残すため、今後も生まれる新しい旅のスタイルを敏感にとらえ、ターゲットをどう引き付けるか。今後、意欲的に深掘りする地域と、そうでない地域の差は如実に出てくると思います。(麻植文佳)
■価値の高い滞在・体験を 京王プラザホテル札幌社長・池田純久さん
新型コロナウイルス流行以降の約2年半で、道内の観光業界は事業継続が危ぶまれるほどダメージを受けました。当社の場合、売り上げは一時コロナ前の4分の1まで落ち込みました。
一方、6月に決まった経済財政運営の指針「骨太方針」で「観光立国の復活」がうたわれ、水際対策は徐々に緩和されてきました。今般の入国者数の上限撤廃や全国旅行支援のスタートも追い風になっています。10月11日以降、外国人による予約は上限撤廃前の5割増と勢いが出てきました。それでも事業を立て直すまで、あと2年はかかるとみています。国には息の長い支援を求めたいです。
観光を軸とした交流人口の増加は、日本経済の活性化に寄与してきました。定住人口の国内消費は1人当たり年間127万円ですが、2050年代には日本の人口はピーク時から約2800万人減り、35兆円の消費減が見込まれます。19年の外国人観光客1人当たり消費額は15万9千円と8人で定住人口1人分に相当し、これまでも訪日客が内需の縮小を補ってきました。
コロナ禍で突然、客足が途絶え、宿泊施設など各事業者はおのおのの足元を見つめ直しました。旅行者に選ばれるには、私たちが地域の価値を深く理解することが欠かせません。日本ホテル協会北海道支部でも、道内の知る人ぞ知るような観光地を訪れて魅力を探るといった取り組みに力を入れてきました。
将来に向けて、設備の充実を続けたケースもあります。有珠山ロープウェイ(胆振管内壮瞥町)は、20年3月にゴンドラをスイス製の新型に置き換えた後、眺望を楽しめるテラスを毎年、拡張しています。現状に安住せず工夫を重ね、リピーターに「前よりさらに良くなった」と感じてもらえれば、ファンづくりにつながるでしょう。
北海道は自然や食など古くからの観光資源は豊かです。文化面でも、アイヌ文化は民族共生象徴空間(ウポポイ)で分かりやすく学べるようになり、世界文化遺産に加わった「北海道・北東北の縄文遺跡群」も、エリア全体で楽しめる環境が整ってきています。
今後は、不測の事態に対応できるレジリエンス(しなやかさ)が高い事業体質を目指すべきです。苦しい期間に皆が危機感を覚え、アイデアを出してさまざまな宿泊プランや利用方法を試し、計画、実施、点検、見直しを繰り返す「PDCAサイクル」に力を入れたことは財産になります。施設や団体の横のつながりを強めてDMO(観光地域づくり法人)を組織するなど、広域連携に発展させることも求められています。
これから訪日客の増加は確実でしょう。円安のプラス効果にも注目しています。金銭面で日本を旅行しやすくなる分、以前にも来日した人は前回よりも長い滞在や価値ある体験にお金を使うことを考える。そういった需要に応える商品を考え、高付加価値化できるかどうかが問われています。
観光業の復活には、業界で働く人を大切にすることも欠かせません。お客さまを呼び込むのと並行して、最前線で働く私たちが、地域の魅力や観光業のやりがいについて、将来の担い手に情熱を持って伝えていきます。(加藤祐輔)
<ことば>北海道の観光 自然や食への注目度が高く、民間シンクタンクの都道府県別魅力度ランキングでは、2022年まで北海道が14年連続の1位。国内の観光客数は19年度まで8年続けて5千万人を超えた。訪日客にも人気で、18年度は過去最多の約312万人だったが、コロナの感染拡大で急ブレーキがかかった。コロナ禍前、道内での観光消費額は年約1兆5千億円に上り、道内経済をけん引した。コロナとの共存が課題となる中、政府は観光の再活性化を目指し、30年に全国で6千万人の訪日客を受け入れる目標を掲げている。
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/754565/


新型コロナウイルス禍で打撃を受けた観光産業への追い風が本格的に吹き始めた。10月11日、政府の観光促進事業「全国旅行支援」が始まり、道内の観光地はにぎわいを取り戻しつつある。水際対策として続いていた入国者数の制限も同時撤廃となり、円安効果も相まって、今後はインバウンド(訪日客)の増加も見込まれる。コロナ禍前とは環境が異なる中、道内経済の「稼ぎ頭」だった観光をどのように立て直し、新たな価値を提供していくべきなのか、2人に聞いた。
■地域主体に戦略深めて 北大観光学高等研究センター教授・木村宏さん
全国旅行支援と入国制限の撤廃に伴い、コロナの感染状況が下火のままなら、北海道に観光客が本格的に戻ってくるでしょう。今はまだ、受け入れ体制に比較的余裕がある時期です。これまで考えてきた戦略を練り直し、自分たちが根を下ろす観光地全体の将来像について突き詰めて考える時間にしてもらいたいです。
転換期の今、新たなキーワードとして考慮すべきは「危機管理」です。感染症の拡大や災害、国際情勢の激変があった際、インバウンドなど一つのターゲットに軸足を置きすぎると、思った以上の打撃を受けることが明らかになりました。
頻発する台風や地震を教訓に、沖縄県や富士五湖観光連盟(山梨県富士吉田市)は危機管理に関する計画を立てています。道内で、さまざまな事態を念頭に、深く議論している観光地は多くないでしょう。リスクに直面した時の備えをしておかないと客足回復は難しくなります。
どんな客層に、どんなサービスを提供すると、満足度を高めてもらえるか。地域ごとに最適解は異なります。観光地によっては老朽化した施設が目立つなど、地域の人たち自身が必ずしも胸を張れない場合があります。過去の外国人の「爆買い」に限界を感じつつも、「お金を落としてくれるから」と受け入れていた人もいるはずです。国の一時的な需要喚起策を利用して初めて来てくれた客に再訪してもらうため、何ができたかを見極める作業も欠かせません。
プロである外部のコンサルタント会社に頼みたいと考えるケースもあるかもしれません。ですが、地域の事情を理解する住民や観光業者、行政が主体となり意見調整に取り組むDMO(観光地域づくり法人)が旗振り役となって議論した方が、利害関係者の納得感は高くなると思います。例えば「ひがし北海道自然美への道DMO」(釧路市)は、マーケティング手法を用いてコロナ後の戦略を明確に打ち出しています。
これまで道内観光と言えば、特に団体旅行で、数日かけて各地を巡る周遊型が好まれてきました。今後は滞在型観光をどう定着させていくのかも改めて焦点となるでしょう。
今は個人が、旅行会社が取り上げてこなかった旅先の魅力をインスタグラムといった交流サイト(SNS)で見つけて訪れるなど、昔ながらの情報の受け手とは異なる動きをするのが当たり前です。コロナ禍で密を避けられる一人旅も注目されています。2030年度末には、北海道新幹線の札幌延伸も控えています。東京や東北と札幌の行き来がしやすくなるだけでなく、道南にも短時間で行けるようになり、旅行客はこれまでと違う動きをするでしょう。
単純に名勝を巡るだけでは満足しない人が増えています。地域に備わる素材を生かすのはもちろん、おもてなし、飽きの来ない食事やアクティビティを磨き上げてもらいたいです。
少子高齢化や人口減少が進む10、20年後に自分たちの観光地を残すため、今後も生まれる新しい旅のスタイルを敏感にとらえ、ターゲットをどう引き付けるか。今後、意欲的に深掘りする地域と、そうでない地域の差は如実に出てくると思います。(麻植文佳)
■価値の高い滞在・体験を 京王プラザホテル札幌社長・池田純久さん
新型コロナウイルス流行以降の約2年半で、道内の観光業界は事業継続が危ぶまれるほどダメージを受けました。当社の場合、売り上げは一時コロナ前の4分の1まで落ち込みました。
一方、6月に決まった経済財政運営の指針「骨太方針」で「観光立国の復活」がうたわれ、水際対策は徐々に緩和されてきました。今般の入国者数の上限撤廃や全国旅行支援のスタートも追い風になっています。10月11日以降、外国人による予約は上限撤廃前の5割増と勢いが出てきました。それでも事業を立て直すまで、あと2年はかかるとみています。国には息の長い支援を求めたいです。
観光を軸とした交流人口の増加は、日本経済の活性化に寄与してきました。定住人口の国内消費は1人当たり年間127万円ですが、2050年代には日本の人口はピーク時から約2800万人減り、35兆円の消費減が見込まれます。19年の外国人観光客1人当たり消費額は15万9千円と8人で定住人口1人分に相当し、これまでも訪日客が内需の縮小を補ってきました。
コロナ禍で突然、客足が途絶え、宿泊施設など各事業者はおのおのの足元を見つめ直しました。旅行者に選ばれるには、私たちが地域の価値を深く理解することが欠かせません。日本ホテル協会北海道支部でも、道内の知る人ぞ知るような観光地を訪れて魅力を探るといった取り組みに力を入れてきました。
将来に向けて、設備の充実を続けたケースもあります。有珠山ロープウェイ(胆振管内壮瞥町)は、20年3月にゴンドラをスイス製の新型に置き換えた後、眺望を楽しめるテラスを毎年、拡張しています。現状に安住せず工夫を重ね、リピーターに「前よりさらに良くなった」と感じてもらえれば、ファンづくりにつながるでしょう。
北海道は自然や食など古くからの観光資源は豊かです。文化面でも、アイヌ文化は民族共生象徴空間(ウポポイ)で分かりやすく学べるようになり、世界文化遺産に加わった「北海道・北東北の縄文遺跡群」も、エリア全体で楽しめる環境が整ってきています。
今後は、不測の事態に対応できるレジリエンス(しなやかさ)が高い事業体質を目指すべきです。苦しい期間に皆が危機感を覚え、アイデアを出してさまざまな宿泊プランや利用方法を試し、計画、実施、点検、見直しを繰り返す「PDCAサイクル」に力を入れたことは財産になります。施設や団体の横のつながりを強めてDMO(観光地域づくり法人)を組織するなど、広域連携に発展させることも求められています。
これから訪日客の増加は確実でしょう。円安のプラス効果にも注目しています。金銭面で日本を旅行しやすくなる分、以前にも来日した人は前回よりも長い滞在や価値ある体験にお金を使うことを考える。そういった需要に応える商品を考え、高付加価値化できるかどうかが問われています。
観光業の復活には、業界で働く人を大切にすることも欠かせません。お客さまを呼び込むのと並行して、最前線で働く私たちが、地域の魅力や観光業のやりがいについて、将来の担い手に情熱を持って伝えていきます。(加藤祐輔)
<ことば>北海道の観光 自然や食への注目度が高く、民間シンクタンクの都道府県別魅力度ランキングでは、2022年まで北海道が14年連続の1位。国内の観光客数は19年度まで8年続けて5千万人を超えた。訪日客にも人気で、18年度は過去最多の約312万人だったが、コロナの感染拡大で急ブレーキがかかった。コロナ禍前、道内での観光消費額は年約1兆5千億円に上り、道内経済をけん引した。コロナとの共存が課題となる中、政府は観光の再活性化を目指し、30年に全国で6千万人の訪日客を受け入れる目標を掲げている。
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/754565/