ITmedia NEWS11/14(月) 18:21配信


国立科学博物館の特別展「毒」
国立科学博物館で開催している特別展「毒」。面白いのは“毒”というテーマが、国立科学博物館で扱う様々なジャンルの、ほぼ全てを網羅する内容になっているところだ。動物から植物、菌類、鉱物、人類史に理化学分野まで、これらの学術研究にまたがる毒という存在と考え方を総括的に展示し、しかも見る人々の生活と結びつけようと試み、それはかなり成功している。
監修スタッフを見ればそれが分かる。同館の植物研究部長の細矢剛氏を始め、動物研究部の脊椎動物研究グループから研究主幹の中江雅典氏と研究員の吉川夏彦氏、同じく動物研究部ながら、こちらは陸生無脊椎動物研究グループ 研究員の井手竜也氏、植物研究部からは陸上植物研究グループ長の田中伸幸氏に、菌類・藻類研究グループ 研究主幹の保坂健太郎氏、さらに地学研究部 鉱物科学研究グループ 研究主幹の堤之恭氏、人類研究部 人類史研究グループ長の坂上和弘氏、理工学研究部 理化学グループ 研究員の林峻氏が名を連ねている。
展示は5章で構成されている。
第1章「毒の世界へようこそ」では、毒とは何か? や、毒の種類、それらの毒は人体にどのように作用するものなのか、といった、毒の基礎的な総論がパネルと動画で展示されている。「神経毒」という言葉は聞いたことがあっても、これが実際、どういう作用によって人を害するのかを具体的に説明することができる人は少ないだろう。動画での説明はとても分かりやすく、この先の展示への基礎知識をここで得ることができる。
第2章は「毒の博物館」。毒を持った動物、植物、菌類といった生物を展示する、この展示のメイン部分だ。単に毒を持つ生物の標本が並んでいるだけではなく「攻めるための毒」「守るための毒」「珍しい毒」などの分類で、毒の性質や毒を持って生きる理由に踏み込んでいるのが面白い。
さらに、自然の中にある鉱物や無生物の中の毒や、ヒトが作り出した毒まで、この世界の、あらゆる毒が並ぶのは圧巻。
第3章は「毒と進化」。毒の存在が生物同士の関係性に影響し、長期的には進化として現れたりもする、その相互影響について、標本で見せてくれる。毒を持たない生物が、生存戦略として「毒の盗用」を行っている事例など、興味深い展示が並ぶ。個人的に1番楽しめたのがここだ。
第4章は「毒と人間」。人間が、毒とどのように付き合ってきたのか、どう利用し、研究してきたのかの歴史と今についての展示だ。それこそ、研究者としてのプリニウスから、毒使いとしてのボルジア家まで、毒と付き合う人間の姿が並ぶ。
江戸時代の白粉の鉛や水銀による被害のような生活に密着した毒や、モルヒネなどの薬物利用、アレルギーに毒生物料理までを一覧できる機会は中々ない。
最終章は「毒とはうまくつきあおう」。毒の全てを見たことで知った様々なことから、私たちはどのように、毒と向き合えば良いのかを問い掛けることで、この展示全体を締める。
そして、しゃれの利いた「毒まんじゅう」などの「毒」展オリジナル・グッズが並ぶミュージアムショップまでが、特別展「毒」。
さすがは国立科学博物館と思わせる、見事な標本や展示方法で、毒をキーワードに生物や地球の不思議から、人間の歴史と生活までを一気に見せる趣向は、もはやテーマ・パークに近い楽しさがあった。どこかに「毒ランド」みたいなものを作ればいいのにと思うほどだったのだが、博物館サイドはこれではちょっと真面目でシリアスになり過ぎてるかも、と思ったらしい。
だから、オフィシャル・サポーターにクイズ・プレイヤーの伊沢拓司氏を招き、入り口には伊沢氏率いる東大発知識YouTuber集団「QuizKnock」からの「毒」クイズが用意されているといった仕掛けも用意した。クイズは展示を見れば解けるものもあるし、展示以外のクイズもある。さらに「秘密結社 鷹の爪」による解説イラストやアニメーションもあちこちに設置するなど、展示を盛り上げる工夫も見られる。ただ、私は不勉強で伊沢氏もQuizKnockも知らなかったこともあって、毒だけで十分面白いのにな、とか思ってしまった。
むしろ仕掛けとしてはアニメ「呪術廻戦」の五条悟役などで知られる声優・中村悠一氏による、ものすごく分かりやすく、しかも展示を見る際にじゃまにならない音声ガイドの構成の見事さの方に感心した。
またタイアップ・ソングであるBiSHの「UP to ME」がフル・コーラス、音声ガイドで聞けるようになっているのも良かった。ちゃんと、BiSHのメンバーであるアイナ・ジ・エンドによるコメント入りなので、ファンの方は音声ガイドを借りるように。
生物や植物の標本から、分子モデル、歴史に血清、毒矢や罠など、とにかく多岐に渡る展示は色んな角度から楽しめるため、見どころは人によって、興味の方向によって様々だろう。その多角的な内容が、毒という、物質でもあるし、概念でもあるし、歴史や文学でもある「言葉」で、串刺しになっているのが面白いのだ。これこそが多様性のモデル。
個人的には、内覧会でも撮影不可だった、身近ではあるものの中々本物はお目にかかれないアレとか、砒素鋼鉄のデカい現物とか、警告色を見せるアカハライモリとか、テントウムシを例に、毒を持つ生物同士の外見が似る現象の「ミューラー擬態」と、同じ地域に住む毒を持つ生物と毒を持たない生物の外見が似る「ベイツ擬態」を解説している展示、毒矢を使ったアイヌの矢を自動発射する道具「アマッポ」の展示と、その動作を見せる動画などに興奮してしまった。
他にも、よく見る割に強力な毒を持つキョウチクトウと、そのキョウチクトウを餌とする蛾の一種、キョウチクトウスズメの毒に耐えることで生き残る戦略や、日本人研究者によるフグ毒研究の歴史、ヒアリやセアカゴケグモなどの最近、日本の生活圏に現れた毒を持つ生物の標本、毒きのこを見分けるのがいかに難しいかを示す展示など、そこらじゅうに見どころがある。
さらに、充実した展示の写真や図版に加えて、コラムや資料も充実した図録が良い出来なのだ。中世の錬金術の本のようなイメージの箔押しハードカバーで作られた凝った造本と特殊判型に、いろんな毒の構造式と分子モデルまで収録したマニアックな編集で、持っているだけでも楽しいのに、読み物としても、資料としても充実しているのだ。これで2400円は図録ならではのリーズナブル価格。
そして、ミュージアムショップには、ベニテングタケやヤドクガエルなどの毒を持つ生物のぬいぐるみから、マルマンのスケッチブックとコラボした製品等の文房具類、各種シールやステッカーなどに加え、前述の毒(の焼き印)入りまんじゅうなどの食べ物まで。
参考までに、個人的に気に入ったグッズの写真をいくつか上げておく。何か、やたらと品数が多い辺りにも、この展示会への意気込みの熱さが感じられて、ちょっと面白い。
毒の展覧会というとキワモノっぽい感じがしたり、見世物小屋的ないかがわしさとか、ホラーっぽさとかをイメージする人も多いだろうし、科学の暗黒面的な展示と受け取られる場合もあると思う。
この展示が本当に面白いと思ったのは、あえてそういうイメージを否定せず、真面目に丁寧に作りながらも、見世物小屋的な見せ方や、毒の負の歴史、毒による被害や人間が作り出す毒、といった部分もきちんと見せることで、「毒」というものの全体像を描いていること。子どもの頃から、博物館に感じるワクワク感というのは、こういう何でもアリで、楽しげで、でも少し怖い気もする空間だからこそ生まれるものだったなということを思い出す。その意味でも、とても良い展示なので、会期が長いことに油断せず、遊びに行ってほしいと思う。
国立科学博物館 特別展「毒」概要
開催日程:2022年11月1日~2023年2月19日
開催時間:午前9時~午後5時(入場は午後4時30分まで)
休館日:月曜日、12月28日(水)~1月1日(日・祝)、1月10日(火)
入場料:一般・大学生は2000円、小・中・高校生は600円
https://news.yahoo.co.jp/articles/fcf54144ace55182fa924b3cd014c3553e5928a6