最近の小旅行の中で5日間に渡り人の命を預かる品行方正な生活を続けて居たら如何しても早寝の習慣が身に付き最近は21時頃が来ると眠たく成り遅くても22時頃には布団に入り眠る様に成った。
半面に歳を取る毎に睡眠時間は短くなり長く寝られても5~6時間位か?従って起床は毎朝保々03~04時くらいにパチリンコンと機嫌良く目覚めて何時も通りのパソコンと無線機の電源スイッチを入れてインターネットを楽しみながら無線機でワッチする。今朝も04時前から7MHz帯を聞き始めた。然し此の時間帯ではDX局の信号は殆ど聞こえずDX局の信号が聞こえ始めるのは矢張り05時少し前くらいからで今朝は04:54JSTにH40GC(Temotu Province)との交信から始まり4局との交信に終わった。
最近は早朝の7MHz帯で保々毎朝比較的珍しい場所からのS9YY,A5A,HZ8ND,TZ4AM等の信号が強くは無いが入感して居る。今朝はTZ4AMの信号が上がって来るのを辛抱強く受信したが最期まで呼掛けれる程の信号に上がる事無くやがて信号はノイズの中へと沈んで行った。最近は早朝に起きて人より早く信号を見付けて交信出切る様に努力はして居るが実績の方は思った様に伴わない。
今朝の交信
H40GC(7,CW) HG500T(7,CW) LZ251MKP(7,CW)
OE3DIA(3.5,CW)
今回の小旅行は私が全国を廻った旅の中で一番観光らしき事が出来なかった岐阜県と日本国内の半島で唯一、半島の先端まで到達出来て居ない能登半島の先端部に行く事でした。私が日本一周を思い立ち実行して行く過程で岐阜県を通過(名神高速道路)する事は何回も有りましたが無線の移動運用をしたのは羽島郡笠松町(2010年)と養老郡養老町(2014年)の2回だけで岐阜県の観光スポットに行く機会は全く有りませんでした。
若い頃には単なる観光旅行として岐阜県で有名な観光スポットの下呂温泉や白川郷を訪れた事は何回か有りましたが前記した様に無線の移動運用をしながら全都道府県を廻った時には全く観光をして居なかったので今回の小旅行に当り事前にインターネットで観光スポットを調べたら意外と観光スポットが少なく私が訪れて居ないのは金華山に有る岐阜城(稲葉山城)と白山白川郷ホワイトロード(白山スーパー林道)が有り此の日の宿泊地が家内の要望で下呂温泉と決まって居たので先ずは其の途中に位置する私の訪れた事の無い岐阜市内に有る金華山に向かう事にしました。
阿南市の我家を出て同行の義姉の家に向かい徳島市内を06時に出発し鳴門ICから高速に上がり大鳴門橋~淡路島~明石大橋を経て中国道~名神高速に入り京都の桂川PAで少し休憩した後に一宮JCTで東海北陸道に入り各務原ICで高速を降りて岐阜市内に入り岐阜城の有る金華山の麓の駐車場に車を入れたら調度11時頃で有った。最初の写真の織田信長公の像が有る公園内で早めの昼食をとった後に2番目の写真にある金華山ロープウェイで山頂付近に上がった。此処は「国取り物語」で有名な斉藤道三(マムシの道三)が稲葉山城を開き後に娘婿の織田信長が450年前に岐阜と改名し居城とした場所で私は可也大きい城を連想していたが現在の山城がある場所は意外と面積も狭く小さいお城の全景をカメラにおさめる事が出来ぬ程の狭い場所に有った。確かに急峻な場所に在る山城なので軽装な私達でもロープウェイの山頂駅から城までの数百メーターでハァ~ハァ~言う状態に、昔の鎧兜で身を固めた武将では攻め辛い難攻不落の砦で有る事は間違い無いと思えた。
一通りの見学を終えて山を降りる為にロープウェイの山頂駅に向かう途中で救急車のサイレンが大きく近くで長く聞こえたので「何事か?」と思って居たら下山するゴンドラに私達が乗り込もうとしたら上りのゴンドラの中からレスキュー隊の制服を着た隊員が4~5人ドヤドヤと駆け上がって来た・・・・多分急峻な階段で足を踏み外し転んだ観光客が居たのだろう?途中の長い階段は高さが一様では無く幅が狭くて足場の悪い所も有って私達も可也注意してユックリと散策しなければ成らなかった。歴史的には有名な場所だけに訪れる観光客も多い筈、もう少し順路の整備が必要なのでは?
と感じながら下山した。