その日、神宮前での所用を済ませた帰り道。
キャットストリートから明治通りに出たあたりで
目の前に広がる煌々とした明かりに圧倒された。
明治通り(東京都渋谷区) 2021.09.04 19:44 Sony α7R3 FE2.8 16-35 GM (24㎜ ,f/5.6,1/30sec,ISO1600)
一瞬、「なんだこれは!」と戸惑ったのだが、
すぐに商業施設とともに再開発された宮下公園と気づいた。
もう50年近くも昔のこと。
すでに朽ちかけた宮下公園と
公園沿いの明治通りは渋谷の中でも
立ち遅れた地域という印象を持っていた。
それで、突然現れた「煌々とした光景」に圧倒されたのだ。
けれども、立ち遅れた中にひとつだけ近未来的な光景を覚えていて
「あれはどうなったのだろう?」と渋谷駅への道を急いだ。
渋谷駅の三階のホームを発した銀座線のカナリヤ色の車体は
明治通りをゆっくりと跨ぎ、その後すぐに青山台地へと
吸い込まれるように消える。
「地下鉄の駅がなぜ三階に?」という違和感とともに
空中を行き来する電車が、自分の目には近未来的な光景として映っていたのだ。
その光景を上京間もない私に自慢げに教えたのは
開業当時の銀座線に勤めていた父だったのだが
その光景がどうなったのか...、それが気になったのである。
渋谷駅とヒカリエの間、
かつて銀座線が走っていた明治通りの上に
大きなチューブ状の橋が架かっていた。
そのチューブはガラスで覆われていて
その中にカナリヤ色の車体が止まっているのが見える。
銀座線のホームが移動したのだ。
父が自慢した光景はすでに無くなっていた。
新しい高層ビルとともに駅舎の新装が完了したのである。
それがちょっぴりさみしくもあったのだが
時の流れは仕方のないことだからと、自分にこう言い聞かせた。
「いや、これこそがあの時思い描いた未来の光景なのだ」と。
そして、胸の奥にまたひとつ、失われた光景をしまい込んだのである。
悲しきクラクション 杉真理