はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

色づかない葉

2006-09-18 17:29:51 | かごんま便り
 鹿児島に赴任して1年になる。住み始めてすぐ秋から冬を体験し、そこで不思議な光景に気づいた。以前から市街地に住んでいる人は毎年見慣れているであろうが、県外から来た私としては珍しく、興味をひかれる自然現象だった。
 それは街路樹などが、完全に色づかないまま散っていることである。イチョウの葉は、ほんの少し黄色くなるか、あるいは緑のまま地面に落ちていた。秋から冬へ。葉に色の変化を見せながら、名残惜しそうに散る葉に風情を感じるものだが……。
 紅葉に心情を重ねた歌で、私が印象深く思うのが藤原為家(鎌倉時代中期)の「くちなしの一しお染のうす紅葉いはでの山はさぞしぐるらん」だ。
 「くちなし」は、「口に出さない」、「言わで」は「いわずして」にかけてある。クチナシの実から取った染料の一入(ひとしお)染めの淡い色で山は染まった。忍ぶ恋心とまがう時雨のせいで。
 移りゆく季節を少しずつ色づく葉でとらえ、じっと我慢した恋心を詠み込んでいる。為家も鹿児島にいたのなら、こんな歌はとてもつくれないだろう。
 鹿児島の葉は、色づくよりも前に潔くパッと散ってしまう。人が心情を重ね合わせる時間がない。葉っぱからして、どうせ散るのだから「ぎをいうな(理屈、文句を言うな)」だ。錦江町の神川大滝公園を訪ねた時も地元の人から「この辺のカエデは、色づかないうちに散ってしまう」と聞いた。
 なぜ、紅葉しないまま散るのだろうか。フラワーパークかごしま(指宿市)に尋ねたら「昼と夜の温度差、寒暖の差が激しいと綺麗に色づく」のだそうだ。市街地は温度が高いのでそんなに寒くはならない。神川大滝公園は夏でも涼しいから寒暖の差は激しくない。これで納得した。
 ちなみに綺麗に色づく場所の1つは「霧島です」と教えてくれた。ならば、少し早いかなと思いつつ、霧島へ車を走らせた。霧島神宮周辺のカエデは、まだ緑色だった。日光があたって、きれいな葉脈が観察できた。
 ここで目立つカエデを見つけ、自分なりの「指示植物」にした。どんな色になるのか通う楽しみにもなる。自然をめでながら、ゆっくりとくつろぐ時間。今の時代、多くの人が忘れている最もぜいたくな過ごし方と言えると思う。
   毎日新聞鹿児島支局長 竹本啓自 2006/9/18 掲載

星物語

2006-09-18 07:46:25 | はがき随筆
 生ぬるい空気にまとわりつかれて目が覚めた。
 エアコンを入れ、部屋が冷えるまでと、庭に出る。
 天然の冷房に生き返る。冬のめくるめき星空には及ばないけれど、シンプルな夏の夜空もまたいい。
 光の粒がびっしり集まってまたたいている。
 あれは母さんの髪飾り。赤、青、オレンジの輝きを編み込んだ、あれは生まれてくるはずだった坊やの揺りかご。なくした指輪はどこかしら?
 天を仰いで小一時間、部屋に戻るのが惜しくなった。
   鹿屋市 伊地知咲子(69) 2006/9/18 掲載