胸の検査をしていた医師の表情が急に厳しくなった。「今日は、ご家族の誰かと一緒ですか」の問いに「家族は福岡で、鹿児島は単身赴任です」と答えながら、「こりゃ大変な事になったかも」と思った。
深夜から続いた初めて経験する胸の痛み。冷や汗、嘔吐感、痛みは歯茎へも広がった。夜が明け近くの内科へ行ったら即、循環器専門の病院を紹介された。診断結果は急性心筋梗塞。集中治療室へ運ばれた。
主治医は福岡の自宅に電話してくれ、「現在は安定しているが危ない状態です」「病院に(生きて)来られたこと自体がラッキーでした」などと説明したという。家族も突然の電話に驚いたらしい。
こちらは腕には点滴のチューブ、ベッドで絶対安静状態。後から聞いて、そんなに危険な状態だったのかと知った。歩いて来院したことに医師はあきれた様子で「救急車は考えなかったのですか」とも言った。
数日間はベッド上で〝座って半畳、寝て一畳〟の生活。医療機器に囲まれて、寝るか座るかしか動けなかった。胸の痛みが取れたら、活字を読みたいという気持ちに駆られた。新聞や本は多分許されないだろう。尋ねるのもはばかられた。あちこち見回すと小さな文字が目に付いた。
点滴を一定量流す機器の側面に点滴のチューブのセット方法が書いてあった。「①チューブクランプを解除する②強く押し込む③チューブガイドの奥までしっかり入れる④チューブを軽く引きながらまっすぐに⑤ドアを閉める※正しくセットされないとドアが閉まりにくいことがあります」とあった。
決して自分ではチューブをセットしたり、扱うことはない医療機器だが、何回も繰り返し読んだので暗記してしまった。体調が安定してから足の付け根の血管からカテーテルを入れての検査、そして手首からカテーテルを入れて詰まっている心臓の血管を膨らませる治療をしてもらった。
入院から退院まで約3週間。今、少しずつ体を慣らしている。まさか、48歳で心筋梗塞になるとは思ってもいなかった。しかし、私より若い30代の人も入院していたし、40代で運ばれる人も多いという。
少し寂しいが「もう若くはないぞ」と体が音を上げ、警告してくれたのだろう。私もそんな時期を迎えた。
毎日新聞鹿児島支局長 竹本啓自(2006/11/20 掲載)