カム。私の家に住む犬の名前である。近所の子どもたちは「変な名前。この犬、かむの?」と聞く。「犬の名前はカムだけど、かまないし、ほえないよ」と答えている。
カムは千葉県・銚子の近くで生後すぐに捨てられたらしい。女子児童が拾ったが、家で飼ってもらえず、学校に連れてきた。その児童の担任だった私の次男が、もらってくれる人を探してみたが見つからず、保健所に依頼するしかないと決めた。しかし子犬が次男をじっと見つめる目にほだされ、自分で飼うことに決めたという犬だ。
カムが6歳半になったとき、次男が大学院に入るから預かってくれ、と私の家に連れてきた。カムは賢い犬で、すぐになついた。それから8年が過ぎた。
カムは犬小屋に入らず、玄関に居座り、居間への廊下で暮らす。妻はカムを次男の分身のように「カムさん」と呼び、座って話をする。朝の犬の散歩は妻、午後は私、夜は交代で欠かせない。散歩で会う人からは「健康なのは犬のおかげですよ」と褒められた。
長男は「次男の唯一の親孝行は、カムを連れてきたこと」という。しかしそのカムが、命を終わらせようとしている。昨年、長命の犬を失った隣家の奥さんが「覚悟しときなさいよ。たまらん寂しさやけ」と忠告してくれた。犬は人間の心にまで住み着く生きものだったのか。私はカムの命の尊さを感じている。
北九州市 井無田武 2012/6/15 毎日新聞男の気持欄掲載
カムは千葉県・銚子の近くで生後すぐに捨てられたらしい。女子児童が拾ったが、家で飼ってもらえず、学校に連れてきた。その児童の担任だった私の次男が、もらってくれる人を探してみたが見つからず、保健所に依頼するしかないと決めた。しかし子犬が次男をじっと見つめる目にほだされ、自分で飼うことに決めたという犬だ。
カムが6歳半になったとき、次男が大学院に入るから預かってくれ、と私の家に連れてきた。カムは賢い犬で、すぐになついた。それから8年が過ぎた。
カムは犬小屋に入らず、玄関に居座り、居間への廊下で暮らす。妻はカムを次男の分身のように「カムさん」と呼び、座って話をする。朝の犬の散歩は妻、午後は私、夜は交代で欠かせない。散歩で会う人からは「健康なのは犬のおかげですよ」と褒められた。
長男は「次男の唯一の親孝行は、カムを連れてきたこと」という。しかしそのカムが、命を終わらせようとしている。昨年、長命の犬を失った隣家の奥さんが「覚悟しときなさいよ。たまらん寂しさやけ」と忠告してくれた。犬は人間の心にまで住み着く生きものだったのか。私はカムの命の尊さを感じている。
北九州市 井無田武 2012/6/15 毎日新聞男の気持欄掲載