はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

カムとの暮らし

2012-06-15 21:58:43 | 女の気持ち/男の気持ち
 カム。私の家に住む犬の名前である。近所の子どもたちは「変な名前。この犬、かむの?」と聞く。「犬の名前はカムだけど、かまないし、ほえないよ」と答えている。
 カムは千葉県・銚子の近くで生後すぐに捨てられたらしい。女子児童が拾ったが、家で飼ってもらえず、学校に連れてきた。その児童の担任だった私の次男が、もらってくれる人を探してみたが見つからず、保健所に依頼するしかないと決めた。しかし子犬が次男をじっと見つめる目にほだされ、自分で飼うことに決めたという犬だ。
 カムが6歳半になったとき、次男が大学院に入るから預かってくれ、と私の家に連れてきた。カムは賢い犬で、すぐになついた。それから8年が過ぎた。
 カムは犬小屋に入らず、玄関に居座り、居間への廊下で暮らす。妻はカムを次男の分身のように「カムさん」と呼び、座って話をする。朝の犬の散歩は妻、午後は私、夜は交代で欠かせない。散歩で会う人からは「健康なのは犬のおかげですよ」と褒められた。
 長男は「次男の唯一の親孝行は、カムを連れてきたこと」という。しかしそのカムが、命を終わらせようとしている。昨年、長命の犬を失った隣家の奥さんが「覚悟しときなさいよ。たまらん寂しさやけ」と忠告してくれた。犬は人間の心にまで住み着く生きものだったのか。私はカムの命の尊さを感じている。
  北九州市 井無田武 2012/6/15 毎日新聞の気持欄掲載

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2012-06-15 21:51:29 | はがき随筆
 もし僕が映画監督ならば僕を主演男優にする。なりたかった自分、なれなかった自分を、天然色のスクリーンいっぱいにすてきに輝かせてあげる。
 生まれ変われるチャンスを与えられ、人生の「英雄」になる。そして回り道、寄り道は人生の無駄さとつぶやく。
 もし僕が映画監督ならば今の僕を演出する。ありのままの自分を、他の誰も演技できない僕を純朴に表現する。他人に誇れる生き方ではないれどそんな「自分」が好き。セピア色のスクリーンいっぱいに僕は僕であり続ける。もし僕が映画監督で映画を撮るならば……。
  鹿児島市 吉松幸夫 2012/6/15 毎日新聞鹿児島版掲載

山査子の花

2012-06-15 21:35:23 | はがき随筆


 私に見て! と言わんばかりに「かわいい山査子の赤い花が咲いている」と、妻が言う。
 近づくと、小さなバラに似た桃紅色の花が咲いている。花は可愛く綺麗だった。だが、私は「山査子」という言葉が、どこか記憶にあり気になった。
 さっそく「日本愛唱歌集」のページをめくる。あった! 「この道」(北原白秋作詞)の詞に。すぐ「この道」の歌のCDを聴いた。聴きながら私たち2人が歩いてきた道を思った。
 妻が咲かせた山査子の花は、今までの2人の平凡な道を振り返らせ、今後も平和な道を歩けるように、と願わせた。
  出水市 小村忍 2012/6/14 毎日新聞鹿児島版掲載

闘病記その5

2012-06-15 21:25:19 | はがき随筆
 大腸ポリープの切除手術に約2時間かかった。担当医から説明があり、二つのポリープは良性だった。
 夫は沈んだ面持ちだが血の色がかよい始めた。一方、ぼうこう、肋骨の痛みを和らげるための放射線治療をする。
 決められた量の放射線を、数回に分けて照射することで病気の細胞が死滅する。ただ、皮膚炎、全身倦怠感、下痢、腹痛などの副作用がある。
 夫の副作用は全身倦怠感と下血。全身に元気がなく、だるいと。下血のため、止血剤を200㍉㍑投入した。夜半の1時過ぎだった。
  姶良市 堀美代子 2012/6/14 毎日新聞鹿児島版掲載

ミニバン

2012-06-15 21:19:54 | はがき随筆
 息子が車を買うという。
 「通勤に使うだけなら軽自動車でいいじゃないか」と夫が言うと「7、8人乗りのミニバンを買おうかと思っている」。
 「独身なのに大きな車は無駄だろう」
 「いや、長く乗るつもりだから。結婚して子どもが3人もできたら4人乗りでは小さい」
 電話を切った夫からこの話を聞いて私は小躍りした。いよいよ結婚かな、子どもも3人考えているみたいと。
 「いったい何年乗るつもりなんだろうか。子どもが3人できるまでには相当時間がかかると思うが」。夫はあきれていた。
  出水市 清水昌子 2012/6/12 毎日新聞鹿児島版掲載