はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

桜島とともに

2012-06-20 21:31:51 | 女の気持ち/男の気持ち


 不意に日が陰り、室内が暗くなった。慌てて空をうかがうと、怪しげな黒雲が分厚く広がっている。あれは雨雲ではない。小走りで家中の窓を閉め、半乾きの洗濯物をひったくるように取り込む。今、頭上を桜島の火山灰が通過中なのだ。
 向かいの山がみるみるうちにかすんでいく。灰はとうとう地上に降り始めた。近所のアパートの出窓にある小さな鯉のぼりが、降灰にうなだれている。旧暦で節句を祝う鹿児島では、まだ鯉のぼりが飾ってあるのだ。空き地に駐車している白い車も赤い車も、すりゴマを振りかけられたようになっている。
 思わず天井を見上げる。去年の秋に瓦をふき替えたとき、業者さんが「屋根の下にたまった灰がものすごい」といっていたからだ。雨どいも灰の重みでゆがんでいたらしい。知人の家では、雨どいに灰が詰まったのが原因で、仏壇に雨漏りがしたそうだ。
 実は灰は重い。雪のように溶けないし、雨が混じればもっと重くなって、底に吸い付いたようにたまる。しかも近ごろの桜島の元気なこと。とにかく活発に噴火している。
 しばらくすると風向きが変わったのか、薄い青空が戻ってきた。灰だらけの庭に、小鳥も戻ってきた。
 さあ、今のうちに犬の散歩に行ってこよう。それから苗物の世話も。ニガウリ、アサガオ、ミニトマト。私も負けずにこの夏を乗り切らなくては。
  鹿児島市 青木千鶴 2012/6/19 毎日新聞の気持ち欄掲載

はがき随筆5月度月間賞

2012-06-20 18:59:53 | 受賞作品
 はがき随筆5月度の入賞作は次の皆さんです。(敬称略)

【月間賞】2日「写経」竹之内美知子=鹿児島市
【佳 作】11日「役割分担」秋峯いくよ=霧島市
     25日「バラ祭りと友情」森園愛吉=鹿屋市


月間賞に竹之内さん(鹿児島市)
  佳作には秋峯さん(霧島市)、森園さん(鹿屋市)

写経 東日本大震災の復興祈念と鎮魂のために、各地に「祈りの塔」が建立される。その浄財寄進のために写経をしたという内容です。写経は聞くところによると、一字一字心が落ちついていくもののようです。大震災支援は誰もが何かできないかと思ってはいるのですが、なかなか実現できない。それを写経という形で実現し、ご自分の安堵の気持とともに、被災者の心の安らぎを祈るというところに、私たちの3月11日以来の気持を代弁している好文章だと考えます。
役割分担 同じ自分の娘だといっても、姉と妹の性格も生き方も対照的であるところを、ご自分の日常と関係づけて描き分けた、要領よくまとまった文章です。「負うた子に教えられ」ではありませんが、子どもに指図されて暮らす生活もやはり幸福な毎日といえます。
「バラ祭りと友情」 バラ祭りといっても、庭の1本だけのバラのきですが、それが真紅の大輪をみごとに咲かせてくれたので、仲良し4人組でバラ見酒(?)を楽しんだというものです。会費500円でささやかなおつまみを用意したというのもほほ笑ましいですが、卒寿を超えてもこういう生活の楽しみ方ができるのは、やはり人生の達人というべきでしょう。
 この他に、嵐が来そうなので急いでごちそうを作って花見をしたという、鳥取部京子さんの「花見弁当会」と、マテ貝採りの詳細な描写が優れている、畠中大喜さんの「マテ貝採り」、それに、ご母堂のそつ種の祝いの席で、ひ孫に主役を奪われそうになったが、90歳のみごとな舞いで主役を取り戻したという、道田道範さんの「卒寿の舞」が記憶にのこりました。
 
 「はがき随筆」や「男の気持ち」などで活躍の霧島市の久野茂樹さんが、5月20日の毎日新聞で3首も撰ばれました。めったにないことでお喜び申しあげます。
  (鹿児島大学名誉教授・石田忠彦)
 

私は冷たい?

2012-06-20 18:12:31 | はがき随筆
 雨の朝、「さようなら」と言って母は逝った。
 午後は白映え、のどかな光の中で母の枕元に座った。紅をさそうと頬に触れたとたん異様な冷たさに悪寒が走った。これは母ではないと思った。妹は静かに紅筆を動かしていた。
 拒否反応と闘いながらおぞましいものに触れるように紅はけを使った私は冷たい娘だろうか。あの日から18年、今も罪悪感めいた思いが心をよぎることがある。
 あの日にタイムスリップしても同じ事を繰り返すだろう。亡きがらよりも冷たく、そして私は異常なのかしら?
  鹿屋市 伊地知咲子 2012/6/19 毎日新聞鹿児島版掲載

望みかなう

2012-06-20 17:43:17 | はがき随筆
 遠い昔、私が小4の時、休み時間に教室で遊んでいると、担任が座席替えの計画中。近づき冗談で「K君と座りたい」。K君は医者の息子で成績優秀。次の朝登校したら、なんと黒板に座席が図示。K君と2人掛け用机。先生は私の心を受け喜ぶ顔を想像された? 何も知らずK君、私の横できちょうめんに算数の計算。勉強ぶりは模範的。
 小5で転校した私はなじみの友と別れ、新校で仲間作り。K君は風の便りでエリート、大学へ進学。その後、跡継ぎをされたか音沙汰なし。童顔のK君や友人、若い先生の姿を思いうかべその頃がなつかしい。
  肝付町 鳥取部京子 2012/6/20 毎日新聞鹿児島版掲載

河野裕子さん

2012-06-20 17:36:08 | はがき随筆
 <60歳にしてこんなに若々しい相聞歌ができる。爪先立ちの妻のしなやかな動作が目に見えるようだ>と「毎日花壇特選」を私に授けて、歌人河野裕子さんは逝った。2年前の8月、乳がんと闘いながら、セミの鳴き声のするベッドの上で……。64歳だった。夫で歌人の永田和宏さんは「たとえば君」の中で「彼女のうなじが好きだった。もっと褒めてあげればよかった」と語った。冒頭の特選歌「スカートに素足で芝生踏む妻の爪先立ちの今なお似合ふ」を携えて、私も天国の彼女にお礼を言いたい。「歌の世界に導いてくれてありがとう」と。
  霧島市 久野茂樹 2012/6/18 毎日新聞鹿児島版掲載

6月に思う

2012-06-20 17:29:42 | はがき随筆
 2年前、6月は特別な月になった。娘の誕生日と梅雨だけの印象から、もう一つ大きな事柄が加わった。夫の命日である。もうすぐ三年忌を迎える。
 昨年は亡き夫の「はがき随筆」の年間賞と本社大会での代理の受賞、仲間の方たちからの追悼集の受贈、一年忌と行事が続き、気持が張っていたが、今はどうもいけない。絶えず虚無感に襲われる。一人になると闘病中の夫の言葉や表情が次々と浮かび涙ぐむ。そんな私を夫は喜んではいないと思い直す。
 梅雨のさなかでも出かけよう。きつめの結婚指輪もサイズを直さなくては。
  伊佐市 山室浩子 2012/6/17 毎日新聞鹿児島版掲載

こんなはずじゃ

2012-06-20 17:23:36 | はがき随筆
 主人に暇ができて始めた野菜作り。最初は苗物を買い集め、所狭しと植えて頑張っていた。楽しい事を見つけてくれたと喜んだのもつかの間。キャベツの青虫退治と雑草取りでだんだん足が遠のいていく感じ。
 「こんなはずじゃ」と私の1人農業が始まった。昨日までなかったツルが伸び、花が実になるのを見ていると、日に日にのめり込んでいくのがおかしい。
 収穫できるかわからないが「スイカとトウモロコシ、じじが作ったよ」とうまいとこどりで顔を出すと思うが、それでもいい。この達成感、充実感は私だけのもの。
  阿久根市 的場豊子 2012/6/16 毎日新聞鹿児島版掲載