私の動物記(3)
私の生まれ歳(1934年)の干支は戌である。子供の頃から犬が大好きだった。戦後の生活がやや楽になると、親父はさっそく犬の子を貰ってきた。毛色から「クリ」と名付けて、国民学校6年生になった私とよく近くの溜池で泳いだりした。しばらくして捨て犬の仔が弟分になり「ジョン」と呼んで弟と仲良しだった。
9歳違いの弟とジョン
河内の家には猫もいて、多い時は親子三代、色んな色の10数匹が家の中を走り回っていた。弟はタンスの上に数匹を並べて、無理にジャンプさせて飛距離を競わせた。やがてプロ野球が復活して阪神ファンの私たち兄弟は、特にトラネコを可愛がり阪神が勝つように手を叩いて祈願したりした。
増えすぎた猫は貰い手もなくなり、ついに土砂を運ぶトラックに頼んで遠くへ捨てに行って貰った。ところが何か月もあとに痩せ衰えて泥まみれで帰ってきた雌猫がいて、また猫屋敷が復活してしまった。
河内での住まい・庭だけは広かった
結婚してしばらくは池田に住んでいたが、長女が生まれるとすぐ親父が他界したので河内に帰った。猫が嫌いというよりは怖い家内の同居の条件は猫を処分することだったので、ついに動物は何もいなくなった。
建築中の我が家(1969年10月)
周囲にまだ家が少ない
1969(昭和44)年、現在の大和郡山へ転居した。まだ新しい造成地では前の小川で金魚が泳ぎ、土手ではキジが抱卵していた。
新居の庭で遊ぶ娘と息子(1970年1月)