5月1日 鈴鹿・油日岳
鈴鹿山脈の南端部、甲賀・伊賀の県境に位置し標高693m。
甲賀・油日神社のご神体山です。山頂には岳明神の祠がありますが、
山名は「山頂に降臨した大明神が油の火のような大光明を発した」ことに
由来するといいます。
15年前(1994年)の晩秋、町内のハイキング同好会例会で北側の油日神社
から登り、三国岳まで往復したことがありますが、この日は三重県側の
南登山口である奥余野公園からゾロ峠へ登り、倉部山~三国岳~忍者岳~
油日岳と北へ縦走しました。
稜線は険しい岩稜のアップダウンもあり、変化に富んで面白い縦走コース
でした。山頂の岳明神の祠に手を合わせ、県境尾根を下りましたが、最初
から滑り落ちそうな急坂続き。一段落したところで左の三馬渓に下りる道
がありましたが、そのまま県境尾根を直進して支尾根を下り、20分ほど
ロスをして公園に下りました。
ちょうど春祭りの行われていた油日神社に参拝して帰りました。
5月9日 大峰・大所山
下多古谷の奥にそびえる大峰の前衛峰で、百合ヶ岳の別名がある山です。
変愚院は2004年の2月に登ったことがありますが、♀ペンは初めて。
ハチキンさんに誘ってもらって彼女のお友達、私たち二人の4人で登り
ました。下多古谷林道終点から1346m、三等三角点の山頂を目指します。
途中でエビネランやヤマシャクヤクを始め、たくさんの花に出会いました。
山頂でゆっくりしたあと、膝が悲鳴を上げるような植林帯の急坂を下って、
琵琶の滝を見たあと登山口に帰りました。
5月15日 葛城山から金剛山へ
年に何度も登る葛城山ですが、この時期はツツジ見物の人が多いのを敬遠しいて、
実に6年ぶりに訪ねました。
歩きなれた青崩からの天狗谷道を登っていくと、一か月前は可憐な花も今は
背丈が伸びて枯れ、変わり果てた姿になっていまいした。
頂上付近からツツジ園にかけては、登山者よりもロープウェイで登ってきた
観光客で大賑わい。毎日TVで「バンバンバン」という番組の生放送がある日で
スタッフがあちこちで準備していました。私たちもツツジを見ながら缶ビール
で乾杯。
真っ赤なツツジのトンネルを抜けて、ダイアモンドトレールを水越峠に下ると、
まだ正午で、急に金剛山へも登ることにしました。
カヤンボからダイトレを登っていくと、先ほどいた葛城山頂が赤く染まって
いるのが眺められました。仁王杉近くでヤマトグサ、山頂の葛木神社では
ヤエザクラ、行者堂横ではカイドウザクラ、ニリンソウとまさに花の競演。
急坂の北尾根を下り、久しぶりに二つの山を結ぶコースを歩きましたが、
二人とも至極快調で、たっぷり新緑と花を楽しめた満足の一日でした。
5月22日 南信・霧訪山
キリトウヤマ。この山の名は小林康彦の「日本百低山」(文春文庫版)で知り
ました。塩尻・辰野両市の境にある標高1305mの低山ですが、地元では展望の
良いことで知られています。短い時間で登れて展望もよいこの山へ、松本へ孫
の顔を見に行く途中で寄り道しました。
途中「かっとり城」という山城の跡を通り、かなりの急坂続きを1時間で山頂
に着きました。山名を記した柱の側面に「日本の中心地・分水嶺」と記されて
います。二等三角点を挟む形で展望図の入った方位盤と会地社(おうちしゃ)
の石の祠がありました。特筆すべきは山頂にオキナグサの自生地があったこと
です。残念ながら曇り空で、360度の大展望は無理でしたが、それでも、八ヶ岳
や美ヶ原はくっきりと、ぼんやりと立山や空木岳もも見えてまずまずでした。
ゆっくり景色を眺めながら食事するうち、空模様がいよいよ怪しくなってきた
ので、名残を惜しみながら山頂を後にしました。
6月2日 二上山
サッチャンと3人でササユリを見に行きました。竹ノ内峠を大阪側に下り、
万葉の森に車を置いてスタート。階段道を快調に鹿谷寺に登リましたが、
周辺のササユリは去年あれほど咲いていたの、ほとんど見当たりません
でした。
尾根を登って馬ノ背からまず雄岳の神社に参拝、雌岳で早めの弁当を食べて
岩屋から万葉の森に下りました。まだ正午でした。
ダイアモンドトレールで毎日登っているという人に教えて貰った場所に、僅か
数輪咲いていただけで、年々数が減っているのを淋しく思いました。
6月25日 観音峰
今年も大峰山系のこの山に花を見に登りました。今回もサッチャンと3人です。
家から2時間。登山口に駐車して、昨日の雨でまだ湿り気が残る山道に入り
ます。水平道と急坂の繰り返しで疲れも感じないままに、休憩舎のある平に
着きました。しばらくは暗い林の中の急なジグザグの階段道が続き、20分ほど
で明るく開けた展望台に出ました。
ザックを下ろして、何はともあれベニバナヤマシャクヤクに会いに。
少し花期には遅かったようで、咲き残った花も少なかったです。ジキタリス
の花も、去年より数が少ないように思いました。それでも次第に青空が
拡がって、この時期には珍しい大展望が楽しめました。
のんびりと景色を眺めながら、ゆっくりお弁当を食べるうちに「今日は頂上
へは登らずにここまでにしよう」ということで、下山にかかりました。
8月4日 葛城山
前日ようやく観測史上で番遅かったという近畿の梅雨明け宣言がありました。
久しぶりにトレーニングに葛城山へ行きました。先月、膝を痛めて以来どうも
調子が出ません。いつもの天狗谷道を登り、ちょうど2時間でカンカン照りの
山頂に着きました。人影も少なく、静かな山でした。
近頃は山で飲むのを自制しているのですが、今日の暑さにはたまらず、♀ペン
も賛成してツツジ園の上で乾杯。もうカワラナデシコが咲いていました。
8月7日 四阿山から根子岳へ
【四 阿 山】2354m。別称の吾妻山は上州側からの呼び名で、山頂に信州と
上州の二つの祠がある神の山である。信濃毎日「信州百山」によると昭和
40年代に山麓の菅平を中心に開発が進み、ロープウェイをかける計画も
あったという。
【根 子 岳】2207m。もともと一体の四阿山とともに、四阿火山の外輪山の
一つ。四阿山は深田百名山で有名だが、こちらは田中澄江の「花の百名山」
で知られる。
この二つの山へ登ろうと、まず菅平牧場から四阿山を目指しました。前夜
からの雨は、まだすっかり止まず、鉛色の空から時折ポツポツ落ちてきます。
途中、美しい花たちに慰められながら、小四阿、中四阿と順調に登って稜線
のT字路に出ました。ここから700mで四阿山です。
岩が積み重なって城塞のような山頂には、何人か人が休んでいました。殆ど
の人は、この天候で縦走は諦めたようですが、私たちは予定通り根子岳へ。
T字路からの急な下りで本降りとなり、大すき間と呼ばれる鞍部の草原では
色とりどりの花が雨に霞んでいました。ここから火口壁の上らしい岩稜帯を
登り返して根子岳へ。
頂上は火山らしい砂礫帯で大小の岩塊が転がっていて、宝永山の頂上に似て
いると♀ペンがいいました。写真を取っただけで、雨の中を下りました。
川のようになった道を、ときどき足を滑らせながら牧場に着きましたが、
車を動かせないほどの土砂降りの豪雨になって、しばらく車の中で待機する
ほどの悪天でした。
百名山と花の山に登り、たくさんの花達に出会えました。悪天候で休憩も
少なかったのに、二人ともそれほど疲れも感じずに計画通りに歩き通せて、
まだまだやれると自信を持たせてくれた山行でした。
(しかし結局はヒザを悪化させて、それ以後、山行きから遠ざかる羽目に
なっています。)